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トビウオさん

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遺書とカレー屋の娘

13/04/30 コンテスト(テーマ):第二十九回 時空モノガタリ文学賞【 手紙 】 コメント:3件 トビウオ 閲覧数:1839

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「どうしてこんなことしたの?」
 カーテンの隙間から斜陽の差し込む放課後の教室で、谷町葵は怒りと呆れの入り混じった声を発した。僕は自分の席に座っていて、谷町葵は僕を見下ろすように立っている。彼女は左手で八十円切手と消印、それから「S県I市T町三−五 谷町葵様」という宛名書きがくっついた茶封筒をつまんでいる。右手にはびっしりと文字の詰まった一枚の白い便箋を持っている。茶封筒と便箋、どちらも近所の百円ショップで買ったものだ。それぞれに書かれている文字は同じ筆跡で、改めて見てみるとひどく汚い。チンパンジーが書いた文字みたいだ。僕が書いた文字なのだけれど。
“あなたがこの手紙を読んでいる頃には、僕はもうこの世にはいないでしょう。”
 僕らの間で揺れている薄っぺらの便箋――そこに書かれている文章は、そんなふうに始まる。それから、僕が小学生の頃、母親の財布から五百円玉を盗んだこととか、仏壇から饅頭を拝借したこととか、そういう類の罪の告白へと続き、僕が今「死」について考えているということについての簡潔な報告の後、“短かったけど楽しい人生でした”なんて、ありきたりな一文によって完結している。
 要するに、葵が手に持つペラ紙は、僕の遺書なのだ。しっかり押印もしてある。
「ねえ、なんでこんなことしたの? どうして?」
 彼女は同じ質問を繰り返す。彼女のおさげにした黒い髪の毛に夕陽がぶつかり、宝石のように輝いて見える。
「遺書を書いてみたくなったんだ」
 僕は正直に告白する。
 一週間ほど前、僕は突然遺書が書きたくてたまらなくなった。死にたいと思ったわけではない。僕は深刻ないじめを受けているわけでもなければ、世界を極端に悲観的に見ているわけでもなかった。もちろん、高校生のくせに自分の死期を悟ったわけでもない。ただなんとなく、遺書をしたためたくなって、実際に書いた。言ってしまえば、それだけの話だ。
 なぜそんなことをしてしまったのか、自分でもよくわからない。単なる悪戯でやったわけじゃない。やって良いことと悪いことの区別くらい、僕にだってつく。だけど、僕はどうしても遺書を書きたいという衝動を抑えることができなかった。
 ある種の儀式的な行動。もしくは、若気の至り。寝る前にこっそりとする自慰のようなもの。――そうとしか言いようが無い。
 とにかく僕は遺書を書き上げた。そして、遺書を書いたら誰かに見せたくなるのが人情というもので、僕はその相手に谷町葵を選んだ。
「なんで私なの? あんたの家族でも友達でも、私以外に送るべき人は沢山いたでしょ? あんたと私は仲良しでも何でもない、ただのクラスメイト。どうして赤の他人の私の家にこんなものを送りつけたの?」
 谷町葵は僕を鋭く睨みつける。彼女に見えていない部分、僕の裏側がゾクゾクと震える。
「君がカレー屋の子供だから」
 僕は答える。彼女の家は、この辺りでは有名なカレー屋なのだ。
「なにそれ、わけわかんない」
「クラスの、僕と仲良くない子だったら誰でも良かったんだ。家族や友達に自分の遺書を見せるのは何となく恥ずかしかった。だけど、僕のことを全く知らない人間じゃ意味が無い。だから、僕とあまり仲良くない同級生に遺書を送りつけることにした。君じゃなくても良かった。ただ、君の家はカレー屋で、タウンページを開けば、あるいはインターネットで調べれば、簡単に君の家の住所を調べることができた」
「だから私にこれを送ったの?」
「うん」
 嘘だ。本当は、誰でも良かったというわけではない。谷町葵でなくてはならなかった。気が強く、ガラスの破片のような鋭い美しさを持った、僕が密かに思いを寄せる、谷町葵でなくては。
「こんなものをもらって、私がどんな気持ちになったか、あんたにわかる?」
 すでに谷町葵の声から怒りの色は薄まってきていて、代わりに蔑みの色が濃くなり始めていた。僕は反省している風を装って、深く、慎重に頷いた。本当は、ほとんど話もしたことがない同級生から突然遺書を送りつけられた少女の気持ちなど、わかるはずがないのだけれど。
「本当に誰でもよかったのね?」
「うん……ごめん。心配させちゃった?」
 『心配させちゃった』。その言葉が彼女に癪に障ったらしい。彼女の眼の色から光が失せた。
「もういいわ」
 彼女は言った。『あんたみたいなゴミ虫に心配なんてされたくなんてないわ』。はっきりと顔にそう書いてあった。
「ほんと、意味分かんない。きもい。死ねばいいのに」
 彼女は辛辣に言葉を吐きすてると、僕の遺書を机の上に勢い良く叩きつけた。そして、学校指定の手提げ鞄を持って、足早に教室から出ていった。
「死にたくはないなあ」
 僕は小さな声で呟く。
 朱色に染まった教室で、僕は机の上の遺書と自分の中に沸き立つ興奮を、いつまでも眺め続けていた。


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このストーリーに関するコメント

13/04/30 クナリ

何度も「なんで(私だけに)こんなことしたの?」と問いかけられる中に、彼女の隠れた意志が、期待が、こめられていたのでしょうかッ。
自分の衝動に他人を巻き込み、なのにお話の中では結局は彼の行動は自慰で終わってしまいましたが、彼がこれからどんな感性とともに成長していくのか、見てみたくなります。

13/04/30 トビウオ

>>クナリさん

コメント有難うございます。
主人公がどんな成長をとげるのか……きっとろくな大人にならないだろうなあ、なんて考えながら小説を書きました。

彼女の隠れた意思の方は、ご想像にお任せします。

13/05/05 草愛やし美

トビウオさん、拝読しました。
まず、タイトルがインパクトありますね、これに惹かれて読み始めました。カレー屋のくだりで何々、もしかしてなんて期待が膨らみました。でも、彼は告白はしない、というよりできないタイプでしょうね。思いを寄せても告白なんてできないからこそ、こんな唐突な行為に走ったと容易にわかります。それだけに、若い彼の片思いの苦悩が良く伝わってきました。
彼を応援したくなっている私がいます。彼にとっては、余計なお世話ですよね、おせっかいは承知しています、私、大阪に住んでますから、大阪のおばさんは、こういう子供さん放っておけなくて……。苦笑

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