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W・アーム・スープレックスさん

性別 男性
将来の夢
座右の銘 作者はつねにぶっきらぼう

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パートタイマー

13/04/29 コンテスト(テーマ):第七回 【自由投稿スペース】 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:2108

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 この不思議な気持ちはなんだろう。
 と和夫は、食料品を袋につめながら、いまとおってきた三番レジをふりかえった。
 そこには、ベージュ色の制服を着た、パート従業員がいた。中年の女性で、レジでの客さばきはそつがなかった。
 和夫は、ひと月前、なにげなく三番レジに立った。彼女を前にしたとき、なにか遠い海の向こうから吹いてくる風にふれたような感覚に打たれた。異国情緒というのは、このような感覚なのだろうか。だが目の前の女性は、異国情緒というにはあまりにも、平凡な容姿の持ち主だった。
 絹川幸代。胸についた名札をみても、異国とは程遠い名前が読み取れた。
 それからというもの彼は、ほかのレジでは感じることのない、異質な感覚を味わいたいがために、この彼女のいるレジばかりで買い物をするようになった。


 ある日彼は、スーパー裏手の従業員専用出入り口に行って、パートの仕事を終えた彼女があらわれるのを待った。
 ストーカーにまちがわれるのもおそれず、彼がそんな行為に出たのもあの、不思議な感覚の正体を知りたいという、やむにやまれぬ気持ちにかりたてられたからだった。
 毎日のようにスーパーにたちよる和夫には、パートの交代時間がわかっていた。五時をまわれば、仕事を終えた彼女があらわれるはずだった。
 和夫がみているあいだにも、何人かの従業員が私服に着替えて専用出入り口から出てき た。彼女たちの時給が八百円だということを、店内の従業員募集のポスターで和夫は知っている。安い賃金で一日中働きつづけて、彼女たちの表情は一様に疲れきっていた。
 だが、まもなくあらわれた絹川こそ、だれよりもやつれてみえた。おなじ安い時給の、バイト生活を送る和夫には、まえをゆく彼女の重たげな足取りがまるで自分のもののように感じられた。
 彼は、ゆっくりと彼女のあとを追って歩きはじめた。
 彼女がいったいどこに住んでいて、どんな暮らしをしているのか、たしかめたかった。 もしも彼女が、ごくふつうの家で、ごくあたりまえの生活をしているのなら、それはそれでよかった。しかし和夫には、彼女がそのような、ありきたりのライフスタイルをしているところがどうしても思い描けなかった。
 民家の間をぬってのびる路地をつたって彼女は、だんだんと高台にむかって歩をすすめていた。苔むした石段をのぼってゆく彼女のそのさきには、たしか墓地があるはずだった。和夫が背伸びをすると向こう側にあんのじょう、黒々とした墓石の並びが見てとれた。
 ふいに彼女は足をとめた。そこは、あたりに雑草がはびこる平地で、人がなにかの用でたちどまるような場所とは思えなかった。
 和夫は、彼女がバッグからなにかを取りだすのをみた。まるで、車に乗るために、キーをとりだすようなしぐさだった。もちろん、茂みのどこにも、車らしいものは見当たらない。
 が、彼女が手にしたものを前にさしだしたとたん、前方の繁みの中に、鈍い銀色の光沢をおびた、円盤状の物体が一瞬にして出現した。目には見えなくても最初からあったものが、突然見えるようになった―――絹川幸子のまえに現前したものは、まさにそのような仕方で姿をあらわしたのだ。
 彼女はもういちど、手にしたものを、にぎりしめた。同時に、円盤状の中央が、渦をまくような動きをみせながら、だんだん開きはじめた。
 彼女は円盤のふちに足をかけると、その足に、体重を移動しかけた。こちらの和夫と、ぴたりと目があったのは、そのときだった。もともと無表情な絹川幸代の顔が、埴輪のようにいっそう表情がなくなった。和夫もまた、半端な笑みをうかべた顔で、相手をみかえした。
 絹川は、ふたたび体重を、片方の足にもどして、乗りかけていた物体から降りた。そして、和夫を手招きして、
「どうぞ、乗ってください」
 彼女を追いかけてここまでやってきた勢いに、後押しされでもしたように、和夫は自分でもおどろくぐらい素直に彼女にちかづいていった。
 しかしさすがに、円盤の手前まできたところで、彼の足はとまってしまった。
 彼女は、そんな彼の気おくれを、勘違いした様子だった。
「危害をくわえるつもりはありません」
「そんなこと、はじめから、おもっていませんよ」
「わたしが、こわくはないのですか?」
「ちっとも」
 絹川幸代は、いまの彼の言葉がうそでないのをたしかめるように、じっと彼の目をみつめた。この地球のものとは思えない科学から生まれた乗り物の所有者でありながら、人の心を見抜くのは、もひとつ苦手のようだった。
「本当に、遠慮なく、お乗りください」
「どこかへ、行くのですか?」
「結果として、そうなるでしょうね」
「どこへ、行くのです?」
「それをこれから、お話しします」
「もしぼくが拒んだら?」
 すると彼女は、どこか弱々しげに首をふった。
「それはもう、できないのです。なぜならあなたは、わたしを、知ってしまったから」
「あなたを知っている人は、ほかにも大勢いるのでは?」
「でも、だれひとりとして、あなたのように後をつけてきたりはしません」
「知るということは、そういうことですか」
 下のほうで、なにかの動く気配がした。
 あらあらしい息遣いとそのあとに、人の声が聞こえたような気がした。だれかが犬をつれて散歩にきているらしかった。
 焦れたような気持が彼女の顔にあらわれた。その気持ちが乗り移ったのか、和夫もまたいま二人がいるこの場を、他人にみられたくないと思った。まるで恋人たちのように、彼女と二人だけになりたがっている自分を彼は意識した。
「では、失礼します」
 和夫は、こんどこそ円盤のふちに足をかけた。そのふちは目に刃物のように薄く映ったが、足をのせてもびくともすることはなかった。
 円盤の中央には、イスがふたつ、ならんでいた。どちらに座れともいわれなかったので、とりあえず手前の椅子に彼が腰をおろすと、直後に彼女も横に座ってきた。たちまち二人の頭上は渦巻き状に閉じていった。それと歩調をあわせるように、二人をとりまいていたすべてのものが透明になって、円盤の周囲の木々や墓石や茂みをあらわにうつしだした。
「これでもう、だれからも姿を見られるおそれはないでしょう」
 それでは円盤は、またもとの透明の外観になったのかと和夫が思ったとき、墓石にはさまれた小道の向こうから、さっきの犬をつれた男性がちかづいてきたかとおもうと、犬も飼い主も、すぐそばを、知らん顔してとおりすぎていった。
 和夫はあらためて、彼女の横顔をみやった。
「ぼくを、どうするつもりです?」
 かすかに、彼の言葉はうわずった。
「あなたにはこれから、11010011星に行ってもらいます」
「それは、どこにあるのです?」
「地球流にいえば、ケンタウルス座の方角にあります」
「どんな星です?」
「こことほとんどおなじですわ」
「地球とおなじということですか?」
「ええ。あなたはそこで、こことおなじように暮らしていくのです」
「どうしてぼくが、そんな星の彼方に―――」
「わたしをみてしまったから」
「拒否する権利はあるでしょう」
「残念だけど、ないわ。あなたはすでに、11010011星行きの宇宙船に乗ってしまった。ここをおりるときそこは、もう地球の大地ではないのです」
「だけど、ぼくのようなしがないバイト暮らしの男が、そんなところにいったところで、その110なんとかの星にとっては、なんのプラスにもならないとおもうのですけど」
「プラスマイナスの問題ではなく、たとえばあなたがこの国の首相だったとしても、やはりあちらの星に移動しなければならないのです。わたしにも、その意味まではわかりません。だれもがそのようにやってきたのです。あなただけ、例外は認められないのです」
 和夫は、はじめのうちこそ到底うけいれない話とおもいながら耳をかたむけていた。が、そのうち、だんだんその顔が、真剣味をおびはじめた。じつをいうと、彼はまえまえから、いまの生活からの脱却を願っていた。どこか治安のいい外国にでもいって、新しい生き方をみつけたいと、のぞんでいた。そういうことができない境遇にあるだけによけい、その願望はつよかった。それがいま、ひょんなことから、実現の望みがでてきた。ケンタウルス座の彼方でもなんでも、ただ生きているだけという以外、なんの生きがいも見いだせない現状よりは、はるかにましというものだ。
 彼女の話が根も葉もない荒唐無稽と彼はうけとらなかった。なにもないところから一瞬にあらわれた円盤の存在が、その話を裏打ちしていた。彼にいっぱいくわせるために、こんな大仕掛けのトリックを用意するほど、世間は暇ではないだろう。
「あなたはどうして、わたしのあとをつける気になったのです?」
 彼女にも、好奇心ははたらくようだった。
「それは………」
 和夫はこれまでの、彼女をみるたびに感じたあの、不思議な感覚を、あまさず彼女に語った。
 遠い世界から吹いてくる風に打たれたような体感………。
「この地球にも、あなたのような感性のもちぬしはいたのですね。スーパーにくる客たちはみな、ただただ一円でも安いものをもとめてやってくるとばかり思っていました。あなたのような人は、ほんとうにまれです」
「もしかしたら、自分ののなかにひそむあなたを、ぼくが感じたからかもしれないな」
 その気持ちに偽りはなかった。スーパーのレジで彼女をひと目みたとき、彼女も自分も、この地上にあっては異邦人だという共通意識を彼は感じた。
「わたしはもう、行かなければなりません。あなたもぼちぼち、出発のときです」
「いっしょに、行かないのですか?」
「わたしはこれからも、この地で、パートとして暮らしていきます」
「あの、こんな円盤に乗るような人が、どうしてスーパーのパートなんかやるのです」
「ほかになにができまして?」
 彼女はそれを最後に口をとざすと、ふいになにを思ったのか彼の手に、楕円形のキーのようなものを手渡した。
「これの運転方法は、11010011に行くまでに習得できます。では、さようなら」
 密閉された中で、別れを告げる彼女をみて、彼は首をかしげた。がきゅうに、するすると彼女が前に移動していったとおもうと、見る間に円盤をつきぬけて姿が見えなくなってしまった。
 あれっ、とおもって和夫が前方をみると、そこには円盤がもう一台とまっていて、中央の座席から彼女がこちらを見て手をふった。円盤が分離した。和夫にはそうとしかおもえなかったが、みるまに円盤の透明度はなくなり、あの鈍い銀色の光沢が周囲をとりまいた。
 それが絹川幸代を見た最後だった。いったいどのような推進方法なのか、テレビの画面がかわるように一瞬後にはその機体は、跡形もなく消えていた。
 和夫は、自分の円盤もまた、おなじようにして瞬間移動をするのだろうかと考えながら、依然として透明をたもっている壁をとおして外をみやった。
 そこには、さっきまであったはずの茂みはなくなっていた。みえていたはずの、墓石もないのに彼は気づいた。周囲には、鬱蒼と繁った木々がとりまいているばかりで、あきらかにさっきまでいた場所とはことなっている。
 和夫はなにげなく、ここから出たいと思った。すると、円盤の天井がぽっかりあいて、新鮮な風が吹き込んできた。彼は手にしたままのキーに目をやった。円盤を操作するには、これを握りしめて、意志するだけでよかった。
 ある種の予感にうながされて和夫は、座席からたちあがった。
 円盤を出て、あるきはじめた彼は、いま眼前に広がる世界がもはや地球ではないことを知った。


「いらっしゃいませ」
 和夫は、喫茶店でウェイターとして働いていた。
 住まいは、この近所の、アパートだった。円盤には、彼がこの世界で生きてゆくための身分証明書や、当面の生活費が用意されていて、おかげでアパートもすぐ借りられた。言葉も、生活習慣さえ、もとの世界とほとんどかわらないのには驚かされた和夫だったが、あるいは彼が円盤に乗っている間にいつのまにか、この星に適用するように精神構造が組み替えられたのかもしれなかった。
 そんなことに、かまけているひまは和夫にはなかった。世界がかわったところで、なにもしないで生きていくことなどできはしない。微々たる生活費などあとてにできない。
 和夫は翌日から、仕事さがしに躍起になった。それでみつけたのがいまの、喫茶店でのアルバイトだった。
「コーヒー、お願いします」
 その彼女はいつも、丁寧な口調で注文した。
 黒い髪を素直に肩にたらした、まだ若い小柄な女性だった。ちかくの会社に勤務しているらしく、くるのは昼過ぎか、夕方五時過ぎにかぎられた。
 彼女は、ほとんど毎日店にきた。きまってひとりでやってきて、コーヒーを注文しては、およそ三十分過ごして帰っていった。
 なにかこちらを気にしているふうではあったが、つとめて和夫はしらんふりをよそおった。自分が他の天体からきていることを、だれかに悟られてはならなかった。
 夕方六時、アルバイトの勤務時間が終わると和夫は、すみやかに店から出た。
 にぎやかな通りから路地に抜け、やがて工場の廃屋の裏にやってきた。
 囲いの隙間から身をすべりこませ、雑草がはびこる工場の中で彼は足をとめると、とりだしたキーをにぎりしめて、円盤の透明バリアを解除した。一瞬後、空中に浮かぶ円盤が姿をあらわした。いうまでもなく、彼をこの世界につれてきた円盤だった。一つどころに長時間おいていて、だれかに気取られる危険を避けるためにも、やむをえず彼はこれを通勤手段に利用していたのだ。交通費はずいぶん助かったが。
 円盤は地面に着地すると、まもなく天井の中央が音もなくひらきはじめた。
 そのとき、背後でなにかの音がした。
 はっとして和夫がふりかえると、錆びたトタン塀の間からこちらをみている女と目があった。
「あなたは………?」
 たずねるまでもなく彼女が、いつも店にくるあの女性だということは明白だった。
 和夫は彼女の顔に、いつになく思いつめたような表情がはりついているのを知った。
「あとをつけて、ごめんなさい」
 彼女はトタン塀をすりぬけて、こちらに出てきた。
「でも、つけずにはおれなかったのです。………あなたには、ほかのひとにはない、なにかを強く感じるのです。途方もない距離でありながら、まるでわたしの奥底に触れるかのような、そんな不思議な感覚にひきつけられて、気がついたらここにきていました」
「どうぞ、乗って」
 和夫にはなぜか、こうなることがわかっていた。こちらに興味を抱いた時点で、彼女の運命は決まったのだ。
 倒れたポールや錆びた一斗缶を避けながら彼女はやってきた。おそらく、彼の足元に停止している円盤が、この世界のものでないことは直感的にわかっているはずだった。
 和夫は、すなおに彼女が円盤に乗りこむのをまってから、円盤を透明にした。
「ぼくの正体を知ってしまったあなたには、そのことが周囲に知れ渡らないまえに、これから他の天体にいってもらうことになります」
「―――わたし、まえからそれを願っていました」
 その一言で和夫は、あのときの自分なんかよりもずっと彼女のほうが、この世界に絶望していることを察した。ここにこなければおそからず、彼女はみずから命を絶っていたのではないだろうか。
 そうときまると、話ははやかった。
 円盤は二つに分裂して、彼女と和夫はそれぞれの円盤にわかれた。和夫がみているあいだに、彼女が乗った円盤はその場から消え去った。もうこのときには彼女は地球に瞬間移動しているはずだった。彼女はそして、地球で第二の人生を歩みはじめる。あのときの和夫のように………


 和夫の目の前で、光がきらめいた。一瞬後、そこにはひとりの人物が立っていた。
「やあ」
 和夫は、挨拶はしたものの、返事は期待していなかった。無表情な相手の目的は、ひとつだけだった。和夫はポケットから、用意していた封筒をとりだした。
 封筒には事前に、金がはいっていた。このひと月、アルバイトで稼いだ給料の、生活費をのぞいたほとんどだった。
「ちゃんと用意してあるよ」
 相手は、彼から封筒をうけとると、露骨に中身の金を数えはじめた。その相手がふたたび光とともに消えるのをみとどけた和夫は、溜息まじりにいった。
「やれやれ。こうしておれは一生のあいだ、あいつに金を払い続けなければならないのか」
 いまの人物は円盤の所有者だった。
 和夫が手渡したのは、彼が所有している円盤のレンタル料だった。地球からこちらにきたぶんと、証明書、わずかな生活費も分割で払っていかなければならない。
 一生をかけて、レンタル料を払いつづけるとおもうだけで、うんざりだった。
 地球に渡ったあの彼女もまた、これから気の遠くなるような円盤のレンタル料を稼がなければならないのだと思うと、さすがに同情を禁じ得なかった。
 そしてまた、パートの仕事をおえて店から出てきた絹川の、あそこまで憔悴しきっていた意味が、いまになって和夫にも理解できるのだった。


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