クナリさん

小説が出版されることになりました。 『黒手毬珈琲館に灯はともる 〜優しい雨と、オレンジ・カプチーノ〜』 マイナビ出版ファン文庫より、平成28年5月20日発売です(表紙:六七質 様)。 http://www.amazon.co.jp/dp/4839958211

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将来の夢 絵本作家
座右の銘 明日の自分がきっとがんばる。

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5

帰憶

13/04/29 コンテスト(テーマ):第七回 【自由投稿スペース】 コメント:5件 クナリ 閲覧数:2023

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高校二年生の夏、僕は自宅から程近いある港の近くを、朝晩にランニングするのを日課にしていた。
日本随一の貿易港へひっきりなしに着いては離れる、巨大な船達を眺めながら走るのは、爽快だった。

ある夜、いつも通りに走っていると、港の外れの岸に腰かけている男の人がいた。初老くらいに見えるその人は、暗い海を眺めている。
彼の横には、夜だというのに大きな海鳥が一羽、羽を休めていた。
「落ちたら大変ですよ。何をされてるんです」
大きなお世話ながら、僕は男性に声をかけた。
その時海鳥が、口から何かを吐いた。白っぽい棒状の、人間の指くらいの何か。指、のような物。
男性はそれを拾うとハンカチで包んでポケットに入れ、
「知人が、この海に消えましてね」
そう言う男性の頬は紅潮している。何か、浮かれているようだった。
「もう四十年以上も前になります。可愛い女の子でね、その子が帰って来るんです」
なんだ、消えたというのは海を渡ったという意味か。
「初恋のお相手ですか」
「ええ、恥ずかしながら。きれいではあったけど、実にかわいそうな子でした。美人というのは、まず不良が目をつけます。そいつになびかなければ、大抵迫害を受けることになります」
「その子も?」
「不良グループのリーダーを袖にしてから、心身共に、そいつや取り巻きに毎日のように痛めつけられていました。ろくでもない奴に目をつけられたもんです。次第に顔や体に、いくつもの傷や痣を付けられて。それでも屈服しようとしない彼女に、私はその不良グループにいながら、何もしてやれなかった」
懺悔のような独白は、僕が相槌を打つのをやめても続いた。
「彼女がリーダーの家へ力づくで連れ込まれたと聞き、私がたまらず駆けつけた時は、既に彼女は、つまり……純真を傷付けられた後でした。私は夢中で彼女を連れ出し、この港へ来ました」
「ここ、へ」
足元が、すっと冷えた気がした。
「気丈な彼女もさすがに打ちのめされていて、知ってる人が誰もいない所へ行きたい、と言うのでね。この辺は港の賑わいも届かないし、丁度いいなと。私は、この世から消えてしまいたいと呟き続ける傷だらけの彼女と、かけ落ちしても構わんと思った」
「そうしたんですか」
「いえ。ふと目を離した隙に、彼女は海へ飛び込みました。そして、叫んだ」

『他の誰もが私の受けた辱めごと私を忘れて、けれど誰か一人が私を覚えていてくれたら、その人の所へと帰って来るわ。
本当はどこへも行きたくなんてないけど、誰からも忘れられてしまったら、帰る場所なんて無いもの』……

「そしてそのまま、沖へと泳いで行ったのです。私は彼女の言葉が、追って来るな、という意味に聞こえて立ち尽くしていました。翌日、貨物船のスクリューに少女が巻き込まれ、ばらばらになったというニュースが流れました」
「……けれどさっき、帰って来ると」
「十年以上も経つと、彼女の友人も、両親さえ、彼女がいないのが当り前の生活を送るようになりました。でも、私だけは彼女を忘れられなかった。ずっと身を切るような痛みに苛まれ続け、毎日のようにこの港を訪れて、彼女を思った」
闇の中で男性は、海の向こうに目をやった。
「すると、つい先日のことです。海鳥がここに立った私の足元へ来て、げろりとやった。
見るとそれは、彼女の足の指でした。間違いない、最後の日に靴も履かせずに連れ出した時に見た、あの指。あの時のままの、白くきれいな指」
僕らの髪を、生温い海風が撫でた。誰かが触れるように。
「それから日々、彼女の体の一部を鳥が運んで来ては落としました。私はそれを持ち帰り、少しずつ組み立てています。やっと、私以外の全ての人間が、辱めごと彼女を忘れた。だから、私の下へ帰って来てくれているんですよ、私だけの下へ」
別の海鳥が、彼の脇へと降りた。僕はそれ以上その場にいる気になれず、走り出した。
彼のミスに気付いたのは、家に着く頃のことだった。

次の日、名古屋港で一人の男性の溺死体が見つかった。あの男性だな、と僕は思った。
彼以外の全ての人が彼女を忘れたからこそ、彼めがけて帰って来ようとしていた彼女。
でも彼は、彼女の帰郷に浮かれたのか、ことのあらましを僕に話してしまった。
彼女のことを心に留めている人間が、もう一人増えたことになる。これでは、彼女は帰郷を止めてしまうかも知れない。
彼はそれに気付き、今生の想いを己で台無しにしたことに絶望して世を儚んだのか、或いは彼女を自分から迎えに行こうとして海へ飛び込んだのか。
どちらにせよ、溺れて死んでしまったのだ。

その晩、僕はランニングを控えて、自分の部屋で大人しくしていた。
夜中、こつりと外から音がしたので、ベランダのガラス戸を開けた。夜だというのに小鳥が一羽、飛びすさって行くのが見えた。
ベランダには、少女のものらしき、白く細い手の指が一本、そっと置かれていた。

空には、それぞれのくちばしに小さな何かをひとつずつ咥えた小鳥たちの群れが、闇の中、こぞって舞い降りて来ようとしていた。



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このストーリーに関するコメント

13/04/30 クナリ

はぐれ狼さん>
怖いとは。
おお、怖いとは。
何よりのほめ言葉です。
鳥は好きなんですけど、ホラーの題材になるときの鳥類の感情の無い生命体な感じは怖いので、うまく伝わればうれしいです。
目とか、無感情で怖いですよね。



13/05/03 泡沫恋歌

クナリさん、拝読しました。

このホラーは秀逸ですね。
身体のパーツをひとつひとつ鳥が咥えてくるところなんて・・・
美しいようで、ゾクッと身の毛がよだつ!

この世界感はクナリさんだけのモノだ。
時空モノガタリの中で素晴らしい創作者に出会えたことを感謝します。

ありがとうございます。

13/05/04 草愛やし美

クナリさん、怖くて最後まで読めないかもと思いながら、やはり読んでしまいました。怖いもの見たさです。
なんという凄まじいお話、ここからが恐怖の始まり。読後に怖さを引き立てるこの作品は、凄いですね。説明がない怖さが読み手に襲い掛かってくるからだと思います。怖いけれど、面白かったです。

13/05/06 クナリ

泡沫恋歌さん>
ありがとうございます。
感情のないものが、生命の残滓を扱うという行為に個人的に
ゾクッ!賭する要素が詰まっているので、このような話に
してみました。
め、めっさ褒められておりまする。
過分なお褒めの言葉恐縮でありまする。
ご期待に祖続けられるよう、努力してまいりまする。


草藍さん>
ありがとうございますッ。
触れがたいけどつい自分から触れに行っちゃう、ホラーの持つ魅力を、少しでもこんなやつの投稿から感じていただければ幸いです。
お話としては、本当は、この少女が再生されてからその後の結末までを描くべきだと思いますし、構想もしたんですが、いまいち面白くなかったのでここまでにしました。
なので、この話のホラー部分については読み手様の想像力に頼る部分が大きいのです。
面白いと言っていただけて、ありがたいです。それは、読み手様のおかげです。

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