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新倉真さん

性別 男性
将来の夢
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Rain drops

12/04/22 コンテスト(テーマ):第四回 時空モノガタリ文学賞【 傘 】 コメント:3件 新倉真 閲覧数:2289

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車窓の外。ぽつりぽつりと傘を差した人が行き交う。
ぽつり、ぽつり。
雨粒が車窓にへばり付き、街頭やネオンに感応して、星の無い空に光を添えた。
昔と少しも変わる事のない風景は、無自覚なままに思い出を呼び起こしていた。
彼女といた日々……。
傘の花が街並を彩るこの季節。
 僕は嫌でも思い出してしまう。 

「―――る?ねえ、健」
 僕は夢想を止め、真沙美を見る。肩に掛かる彼女の手が僕をほんの少し揺さぶった。
「えっ?何」僕はきょとんとして訊ねた。
「夢前町だよ。次、降りるんでしょ?」
「あっ、ああ」
「ボタン押さなきゃ」
「うん……」
 慌てて、窓辺にある申告チャイムのボタンを押す。
 ピンポン。軽やかにチャイムが鳴った。『次、夢前町、停車しまぁす』
 バスを降りる。ふうぁんとクラクションを鳴らすバスを見送ると、僕達は僕が済むアパートまで歩き出す。
 僕はその合間、真沙美の言葉をBGMにして、彼女を思い出していた。悪いとは思った。かと言って、打ち消す事はしなかった。真沙美と歩きながらでも、心は彼女の隣にいる。そんな幻に取り憑かれていた。
「ねえ、聞いてるの?」彼女の声に身を竦めて、「ごめん。仕事の事考えていたんだ」と場当たり的な嘘を吐く。見透かされたのかと思ったがそうでもないらしい。彼女はまた、僕の隣で話の続きを始めた。僕は彼女を見詰める。そうして、もう戻れない過去を思うのは止めようと、真沙美に向き合う事にした。

『それはそうさ…もう会える筈もない』僕は呪いの様に繰り返していた。


ある夏の日。
会社帰りに夕立に会い、僕は本屋の軒先で雨宿りをしていた。空を眺める。鉛色の雲が立ち込めて、光を遮っていながらも、時折稲光が瞬く。げんなりした気分に肩が落ち、遣る瀬無く空の遠いところを見ていた。
その時だった。
再会は突然訪れた。
「健君?!」
「ひゃっ!!」大声に驚いて少し腰が跳ねた。
 振り返ると、そこにいたのは彼女だった。
 僕と同い年の彼女は、少し大きなお腹をしていて、幸せなのだろう。顔は少しふっくらしていた。
「奈々子…ちゃん」
昔の呼び方が出来なかったのは、僕に気遅れがあったせいだろう。
 同期で入社した彼女。洋楽が好きで意気投合した彼女。
 思い出が瞬く間に蘇る。僕が一番楽しかった頃、いつも奈々子が傍にいた。いや、彼女がいたから楽しかったのか?今となっては、それもよく分らない。
 でも、そんな楽しい日々は一年と持たなかった。彼女は学生時代から付き合っていた彼氏と結婚し、寿退社する事になった。

 送別会の日。その夜も酷い雨だった。
 皆と別れ、僕達は二人で歩いた。何をするでもない。ただ意味も無く、下らない事を話しながら。気が付くと彼女のアパートまで二〇キロの道則を歩いていた。

『また、いつか会おうね……』
うるうると揺れる瞳で彼女は言った。ノイズに塗れ、聞こえなくなりそうになりながらも、か細く僕の耳に届いたあの声。
僕はただ、頷くだけだった。時間なら腐るほどあったのに結局、僕は大事な事は何一つ言えなかった。そして、今日までというもの、ずっと、その後悔を背負っていた。

「何してんだよ?こんなところで……」
「夕立に降られちゃって……。傘が無いんだ。」
「一緒に入る?」
「いいの?そこのコンビニまでなら。傘買えるでしょ?」
「うん、助かった」
 
 彼女の旦那の事。子供の事。僕の彼女の事。仕事の事。話して歩いた。
 愚にも付かない事がほとんどだったけど、僕は僕の今を伝えたかったし、彼女の今を知りたかった。そして、そうしていながら、やっぱり最後の夜の事を思い出す。
雨はあの夜と同じようにばたばたと傘を叩きつける。
店に入って間もなく、
彼女はお握りと春雨を持ってレジに向かう。その後ろに立った僕の手はホットコーヒーと透明のビニール傘を握り締めていた。
お互いのまた、近況を話しながら、僕達は出会った場所で立ち止まる。
「じゃあ、また……」彼女は言った。
「うん……」
 
僕達はまた別れる。でも、もう後悔したくない。
「ナナぁあ!」僕は叫んでいた。
彼女は驚いて振り返る。

「あの時は言えなかったけど、愛してた」
 僕の大声に彼女ははにかむ。少し赤い顔になって僕に頷いて見せた。
「うん、知ってた」彼女は応えて大声で言った。

「ありがとう」彼女はさよならの代わりにそう叫んだ。
「ありがとう」僕も同じように叫んだ。

 微笑みあって僕達は、別々の道を歩き出した。
傘に当る大きな雨粒は、激しく傘を叩き、僕の心に穏やかな記憶を植え付けた。


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このストーリーに関するコメント

12/04/22 かめかめ

おおう。良かった。良かったねえ、主人公。

12/04/23 デーオ

いい雰囲気。最初の段落を取り払えば印象的なシーンから始まっていいと思います。

12/04/29 ゆうか♪

初めまして、拝読させていただきました。

辛い思い出が払拭されて、素敵な思い出に変わって良かった!
後味の良い作品だと思いました。

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