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kouさん

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大局の影

13/04/22 コンテスト(テーマ):第二十八回 時空モノガタリ文学賞【 浅草 】 コメント:0件 kou 閲覧数:1723

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 エンペラーシステムを生み出した広瀬絵美留の存在は明らかにされていない。精神状態を科学的に分析し、感情を数値化。人間の精神構造は全てが数値化され、職業適性、ストレス指数、衣食住に至るあらゆるものが、エンペラーシステムにより個々人を認識、判別、選定してくれる。常にスキャナーマシーンが人間の精神を読み取り、基準値以上の精神数値を叩き出しものは犯罪適性に分類され、地下深くの監獄に送られる。
 私は絵美留の元恋人である明石と接触した際に彼女の出自の末端を垣間みることができた。「左手が義手になってから彼女は変わった」
 明石の人物データを閲覧する。職業が棋士なのだ。七段の打ち手である。棋風は当日の感情に左右される、という一文が添えられていた。となると、
「彼女と出会ったのは棋士の奨励会でしてね」と色褪せた眼鏡を明石はずり上げ、「『あづま』の一人娘と聞いて僕は心が踊ったものです」と感情数値が跳ね上がる程に彼は上気した。
「『あづま』とは浅草にあるきびだんご屋?今もあるのか?」と私。「ありますよ。スーパーオーツなんて糞食らえですよ。ああ、奨励界の帰りに食べた日が懐かしいです」と明石は天を見上げ涎を垂らした。
 大半の食料を輸入に頼っていた日本はスーパーオーツなる遺伝子組み換え技術が発達し、食料生産は大幅に改善。だがその反面、農業は崩壊した。
「広瀬絵美留はなぜエンペラーシステムを生み出せたのだろう?」と私。
「わかりません」と明石は顎をさすり、「しかし、彼女は棋士としても天才でした。竜王戦二連覇が掛かるあの日、彼女は左腕を失いました。僕は事故現場に駆けつけました。彼女の顔は蒼白でした」
 記憶というのは不思議なもので、忘れさられていた事柄がワンフレーズ与えられることで思い出される。たしかにそんな事故があった。二十一歳 早熟の天才棋士 広瀬絵美留 片腕失う
「片腕を失っても棋士は続けられたのでは?」と私は身を乗り出し、「『もっと大局を見なければいけない』それが彼女の最後の言葉です」と明石。
 その四年後にエンペラーシステムが試験運転されたことを考えると、やはり天才的資質を備えているとしかいいようがない。
 「そういえば、最近夢をみませんか?」と立ち去りかけた私に明石が声を掛けた。私は首を横に振り、日差しがないとはいえ、明石には影がなかった。

 私は広瀬絵美留の事故の記事をスキャンした。三車線の道路。赤信号の横断歩道で子供が鳴いた。延々と鳴いた。信号が赤から青に変わる。私は想像する。周囲に人々はいたはずだ。「あぶないよ、あぶないよ」その一言と、抱きすくめる愛情たる親や親切心はなかったのだろうか。しかし信号が青に変わっても子供はいた。絵美留は走ったはずだ。子供を急いで抱きかかえ、軽めに投げたのかもしれない。事実、子供は軽傷を負っている。だが、絵美留は間に合わなかった。子供を軽めに投げた際に体勢を崩し、片腕だけ車に持っていかれた。その人物が今、私の目の前にいる。下町情緒溢れる仲見世通りの一角、『あづま』できびだんごを売っている。浅草寺からは遠い位置にあり、雷門側から入るべきだったと私は思った。

「わたしのことを聞き回ってるのは、あなたね」
 三十五歳になった絵美留には色気が漂っていた。すらりとした髪。血色の良い頬、ぽってりとした唇は二十代後半を彷彿とさせる。
「知りたいだけです。なぜ人間を管理、監視するシステムを作り上げたのかを」
 絵美留は串に団子をさしていた。手際良く、リズミカルに。その一本を私に差し出し、一口食べた。スーパーオーツのように無味乾燥的な味ではなく、そこに生≠感じた。
「事故の事も知ってるんでしょ?」彼女の言葉に私は頷いた。「誰もが見てみぬふりだった」
 その言葉に全てが集約されているように私は思えてならない。
「あれから十数年。目覚めてもいい頃よ」
「目覚める?」と私。
「人は誰もが思い込みの中で生きているの。あなた、影は?」
 と私は口内で噛み切れてない団子の塊がパチ、パチとプチプチのように弾ける。目の前の世界が闇に閉ざされ、本当の闇が私に訪れた。
 
 ライトアップされている。賑やかだ。五重塔が煌びやかに光を放ち、浅草寺には参拝客が列をなし、ライトアップされた光が人々に反射され、光の道を作っていた。
「大局を見た感想は?」と、すぐ横に絵美留がいた。
「なるほど、影を切り離した世界」と私。
「理解が早いのね。わたしに辿りついただけあるわ。このままいくと世界の大局は、ああなりそう。笑い、助け合える社会、そうなることを願うわ。わたしは何度でも切り替えることができる」ときびだんごを彼女は私に手渡した。
「まさか、また」と私。
「さあ、それはどうでしょう」
 小悪魔的な笑みを横目に、私はきびだんごを一口食べ、浅草寺へ向った。


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