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クナリさん

小説が出版されました。 『黒手毬珈琲館に灯はともる 〜優しい雨と、オレンジ・カプチーノ〜』 マイナビ出版ファン文庫より発売中です(表紙:六七質 様)。 http://www.amazon.co.jp/dp/4839958211 twitterアカウント:@sawanokurakunar

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将来の夢 絵本作家
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フロム アトモスフィア ―開戦の日―

13/04/22 コンテスト(テーマ):第三十回 時空モノガタリ文学賞【新人】 コメント:9件 クナリ 閲覧数:2217

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早朝の格納庫で僕が一人、自分の乗る戦闘機を見ていたら、背後から声がかかった。
「お前か。今度入隊した、スドリの息子ってのは」
シャッタを開けながら言って来たのは、ここの基地の整備長だった。
「ええ」
「エースの息子だ。期待されてるぜ」
「僕が産まれた時には、父はパイロットを辞していました」
半開きのシャッタから、曙光が僕らの足元を照らす。
「親父は、有名人だった」
「撃墜数とロマンスで、でしょう。基地近くの、丸太小屋の残骸を見ました。あそこに、……母、が住んでいたんですね」
整備長は咥えていた煙草を携帯灰皿へ突っ込み、
「マアトのことか。そう、あそこで鶏を飼って暮らしてた。溌剌として、よく笑う子だった。スドリは他の女に目もくれず、空から降りる度にあの小屋へ通ってたな」
「あの日までは、ですね」

昔。
共和国の空のエース、スドリ・カフのラストフライトは、数的不利の中で始まった。
僚機は四機。敵機は十二。奇襲を受け、味方基地のすぐ上空で始まった防衛戦。
だが、彼我では腕前に格段の差があった。戦闘開始後瞬く間に、スドリはまず敵先鋒の三機を墜とした。相手のエースが、すわとスドリ目掛けて疾駆して来る。それをかわして、スドリは別の二機を撃墜。
僚機も無傷で一機ずつ敵を墜とし、形勢は早くも決まった。焦った敵エースの隙を突き、スドリがこれを撃墜。
機銃を受けて落ちて行く敵エースの目に入ったのは、地上の丸太小屋。スドリと『丸太小屋の君』とのロマンスは、敵の間でも有名だった。
機体を制御し、丸太小屋へ落ちるようセットすると、敵エースは離脱した。腹いせ以上の意味もない凶手に、スドリが気付く。しかし、機銃では落ちる戦闘機を止められない。
スドリは決意した。自機で敵機へ体当りする。ぎりぎりまで機体をコントロールし、激突する直前に離脱する。普通なら困難だが、自分なら出来る。出来る筈。
二つの機体が急激に接近した。あと数十メートル。いける、完璧な制御。
今だ、脱出――……
その時、爆ぜる様な突風が吹いた。スドリの機体が風に叩かれて進路がずれ、慌ててカウンタを当てる。間に合うか。機体の制御に拘れば、自身の脱出はもう不可能。当てれば死ぬ。
――構うか。当てる。
その悲壮な決意も空しく、スドリ機は敵機を掠めて通り過ぎた。二機はすれ違い、猛速で離れていく。
手も足も出ないスドリの眼下、鉄塊は木組みの家に爆音と共に突き刺さった。

「マアトは命を取り留めたが、スドリはもう飛ばなかった」
「母の見舞いには幾度も父と行きました」
始終病院のベッドに横たわったまま、身動きもままならなかった、その姿。それを見つめる、父の目。愛と哀の色。
「包帯まみれで、男か女かも解らない。僕は今でも、父が母のどこを愛していたのか、解らないままです。母の声すら、知りませんから」
整備長は、新しい煙草を咥えた。
「正気を失いかけていたよ、あの時のスドリは。それ程に愛していた。どんなやり取りの結果かは知らんが、マアトの妹がお前を産んだのは、マアトの希望と聞いた。その頃やっと、スドリも少し落ち着いた」
「僕の知る父は、廃人同然です。あれを落ち着いたと?」
父は、僕が軍属になった直後に蒸発した。以来行方不明。
母はその少し前のある日の朝、今までそれだけは万全だった呼吸を静かに止めて鬼籍に入った。
「お前の、産みの母はどうしてる」
「叔母は、僕の母はマアト・カフだけだと言い残して、僕が物心付く頃に消えました」
「なぜ、軍に来た」
今までに幾度も自問したけれど、人に言われたのは初めてだな、と思った。
「色々なことが解らないままなんです。父は母のどこが好きで、母は父のどこが? なぜ父は飛んだのか。なぜやめたのか。母はなぜあんな目に逢って、なぜそれでも生きていたのか。なぜあの日に死んだのか。父はなぜ消えたのか。叔母も。恐らく誰にも説明出来ない、その答が」
機体を見上げ、呟く。
「自分も飛べば、少しは解る気がして」
「そう錯覚する奴は多い」
「それを、救いと言うんですよ」
他の整備士達が、仕事を始める為にシャッタの前へ集まり出す気配がした。
「親父の作った四番隊も今はもう無い。天才揃いだった隊員も、先の戦争で皆死んだ。空に救いなんてあるかよ」
「ありますよ。僕がいれば」
整備長が渋い笑顔で煙草を差し出してくれたので、火を点けないまま咥える。誤解無く意図が伝わったようで、安堵した。

今はもう、無い組織。
今はもう、いない人々。
今はもう、違う国。
でもその全てが、僕に繋がる物語。
だから僕がいれば、その意味は消失しない。

格納庫に、人が入って来る。重なる足音。幾つもの声。同じ数の命。まだ僕とは無関係の、けれど幾つもの意味のある物語。今日がその始まり。
鋼鉄の翼に総てを乗せて、僕の戦争が始まる。


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このストーリーに関するコメント

13/04/22 青海野 灰

さっそく読ませて頂きました。
新人パイロットという難しそうな未知の世界で、生き生きとした人物と情景を描けるのは、さすがだと思います。
「ありますよ。僕がいれば」という主人公のセリフに痺れました。かっこいい!
昔国語の授業で、「小説のクライマックスはたったひとつのセリフだ」というのを教わりましたが、このセリフはまさにそれだと思います。
主人公の後ろ姿と、格納庫に差し込む眩い光が目に浮かぶようなラストでした。
続編を読みたくなるような作品ですね。

13/04/23 クナリ

青海野さん>
ありがとうございます。
セリフは難しいですよね、なるべく短くしたいんですけど、
今回はうまくいっていればうれしいです。
生き生きとしていましたか。当然パイロットなどというお方々とは
縁もゆかりも知識もないので、なるべく自然に書ければいいなと
思いました。

はぐれ狼さん>
ありがとうございます。
自分も不安でした。とっちらからって読みづらくないかなあとか。
設定だけは用意したんですけどね、露出できませんでしたねー…。
話としてまとめられたら、続きもあるかもしれませんが、この
主人公よりスドリとかの話の方が膨らみそうですなッ。

13/04/23 草愛やし美

クナリさん、拝読しました。
パイロットの世界、過酷な時を刻みながら、ぎりぎりを生きる男のドラマというハード面に、愛するというソフト面を噛み合わせてうまいと思いました。男の生き様を息子が、見続けていく、それもまた男としての生き方なのでしょう。
キャラクターが、しっかりしているので、女の私でも画像が目に浮かびます。私も、二千文字で終わらせるのには、惜しい良作だと思います。

13/04/24 メラ

 私は「エリア88」という(空軍パイロットの戦争もの)漫画がとても好きで、何度も何度も読みました。その世界に通じる悲しさや儚さがありました。空には夢があります。例えそれが血に塗られた世界でも。

13/04/27 クナリ

草藍さん>
飛行機とか出てきて硬い感じになったらやだなーと思いながら書きましたが、ストレス無くお読みいただけましたでしょうか。
パイロットや飛行機に関する知識なんてろくに無いので、今回ちょこっと調べたのですが、その辺りを全く内容に反映させられていない辺りはさすがクナリだな、と思います。ええ。
続きについて、うれしいお言葉をいただいたのでちまちまと考え始めました。
いずれ形に出来れば、と思います。ありがとうございます。

メラさん>
無知王・クナリですらお名前を聞いたことがありますよ、エリア88。
共通するものがありましたでしょうか、とても光栄です。
空ですね、いいですよね、憧れますよね。
「空が飛べるから気持ちよさげなイメージがパイロットというものにはあるかもしれないけど、規則規則書類書類でまじ超不自由だからそこんとこよろしく」みたいなことをきいたことがありますけど、それとは別に戦争絡みで血なまぐさい話もたくさん聞きますけど、やはり憧れます。空。

13/04/28 光石七

皆さんがおっしゃっているように、これだけで終わらせるのはもったいない!
情景が目に浮かびますよ。
スドリの過去や主人公のこれからもいいけれど、整備長が主役でも話ができそうですね。
人物が皆しっかりしてます。

13/04/29 クナリ

光石さん>
実は、整備長から見た、戦死によって入れ替わっていくパイロットを俯瞰し続ける話、という視点もぼーーーんやり考えていました。
鋭いですね(^^;)。
続きを書くとしたら、こんな風に2〜3000字くらいでショートショートのようにつないでいく形でやってみたいですね。
てかそのためには、飛行機…戦闘機の勉強をしなくては……。
武装って機銃以外に装備できるのかどうかすらわからないですからね。
ミサイルと機銃って両方積めるんですか?みたいなレベルですからね(^^;)。

13/05/12 クナリ

凪沙薫さん>
ありがとうございます。
世界観については文字数の問題+あんまり説明文書きたくない、という理由で最小限にしておりますので、世界観のイメージを持っていただけたのは凪沙さんの感性のおかげです。
続きについてのお言葉も大変うれしいです。
いずれ形にできたら、読んでやってくださいまし。

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