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汐月夜空さん

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性別 男性
将来の夢 物書き
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アンブレラカフェ

12/04/22 コンテスト(テーマ):第四回 時空モノガタリ文学賞【 傘 】 コメント:2件 汐月夜空 閲覧数:2583

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カランカラン、と透き通る鈴の音と鼻をくすぐるコーヒーの香りがいつものように迎えてくれた。
いらっしゃいませ、と正面カウンターの向こうから穏やかな声がかかる。彼はこのアンブレラカフェ『雫』のマスター。二十五歳と若く、初見のお客からアルバイトと間違われるのが悩みの少し変わった男だ。モンブランのような色の抜けた髪、精緻に整った顔、『雫』の金色のロゴが左胸に映えるコーヒー色のエプロン、モデルのようにすらっとした長身に、レディスのジーパンと黒のタートルネックを好んで着る。そのあまりの似合い具合に女である私は嫉妬を通り越して羨望を抱くようになった。
「やあマスター。今日も雨が降ってるね」
「いつもありがとうございます、山田さん。大きな低気圧が近づいているようで、今週はずっと雨になるようですよ」
マスターは言いながら私に近寄ってタオルを手渡し、私の上着を手馴れた調子でハンガーにかけて、うっすらと火の焚いてある暖炉の脇の席を勧めてくれた。じんわりと暖かい空気が私を包んでくれる。
「暖炉、つけてるんだね」
「ええ、今日は肌寒いので。消えない程度に薪をくべている程度ですがどうでしょう」
「いいんじゃないか。君の言う『ノスタルジーを感じるカフェ』にストーブやエアコンは野暮だろうからな」
「ありがとうございます。いつものでよろしいですね、山田さん」
「ああ、とびきりうまいコーヒーを頼むよマスター」
「かしこまりました」
嫌味のない笑顔で応えるとマスターは、ミルで豆を挽き、サイフォンで抽出していく。
その間に私は店内を見渡す。ピアノジャズやボサノヴァの音色に雨音が組み合わされたBGMが鳴り響く店内は、私のほかに客は居ないようだった。時計を見ると午後二時。雨が降っている日にこんなにお客が居ないのは珍しい。まあ、ゆっくり見渡せるのは私にとって良いことだから知ったことではないが。
さて、今日は何にしよう。
この店には窓がなく、その代わりに四方を囲む壁にはたくさんの傘が所狭しと並んでいる。
蛇の目、16本骨、24本骨、32本骨、64本骨、花柄、動物柄、純色、パステル何でもござれな状態ではありながらも、見やすいように種類ごとに几帳面に分けられているところにマスターのこだわりを感じる。
私はその中から黒色でフリルがたっぷりとついたものを手に取った。持ち手は合成皮で覆われており、開いてみると中はグレイで、先端の方が美しいカーブを描いている。
「流石は山田さん、お目が高い。入荷したばかりのルミエーブル、バゴダスタイルのニューボンボンという商品です。いかがですか」
私の席にいつものコーヒーとガトーショコラを置いてマスターが言った。
「良いな。今日はこれに決めるとするよ」
「ええ、とてもよくお似合いです」
「ありがとうマスター。前回の傘はいつものように面の傘立てに挿してあるよ」
「フラッパーのブルーメンの音楽隊ですね。いかがでしたか?」
「悪くはなかったが、私には少しかわいすぎたな。皆に見られて恥ずかしい思いをした」
「なるほど。しかし、お美しい山田さんならば何もなくても見つめられるでしょう」
「ははは、マスターは世辞がうまいな。……うん、今日のコーヒーも絶品だ」
お世辞だなんてそんな、と笑うマスター。その背後には十を超える傘が並んでいる。
「少しは減ったかい?」
「いえ、恥ずかしながら前回から一本しか」
「それでも一本減ったのかい。すごいじゃないか」
「警察の方のおかげですよ。いくらこちらから写真を送っているとは言っても、きちんと照合してくれるんですから。すごいもんです」
「いやいや、レンタル傘営業だけでも採算が合わないのに、道端で拾った傘を無償で修理して持ち主を探すなんて中々出来ることじゃないさ」
「ありがとうございます。まあ、好きでやってることですので。私はここでこうして傘に囲まれていれば幸せなんですよ。傘というのは一生使える道具ですからね。人と傘の運命の出会いを仲立ちするのが私の生きがいなんです」
「なるほど、立派なもんだ。気分は不動産屋か」
「近いものがありますね。山田さん、おかわりはいかがですか?」
「もらおう。小さな不動産屋に乾杯だ」



鈴の音に見送られ外に出ると、灰色の空からは変わらず雨が降っている。
以前の私であれば雨を見るだけでネガティブになっていたが、今の私は違う。
毎日新しい傘を差すというのはそれだけ気分が良い。それに、私にとってはこの店に訪れること自体が楽しみになっている。この店の居心地は傘のようなものだ。降りかかる災禍から身を守るオアシスと言ったところか。マスターとの相合傘も悪くはない。
明日もまた来ようと思いながら、私は雨の中に力強く一歩を踏み出した。


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このストーリーに関するコメント

12/04/22 かめかめ

え…山田さん…女性…?

12/04/22 汐月夜空

>かめかめさん
う、わかりづらかったでしょうか。
最近の小説によく登場するかっこいい女性を思いながら書いたのですが……普通の女性の方がこのお話には合っていたかもしれませんね。

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