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草愛やし美さん

時空文学コンテスト開催100回、おめでとうございます。思えば、初めて私が、こちらに投稿したのは2012年5月のこと、もう4年近く経ったのですね。時空モノガタリさまが、創作の場を与えてくださったお陰で楽しい時間を過ごすことができました。感謝の気持ちでいっぱいです。 また、拙い私の作品を読んでくださった方々に感謝しております。 やし美というのは本名です、母がつけてくれた名前、生まれた時にラジオから流れていた、島崎藤村作詞の「椰子の実」にちなんで……大好きな名前です。ツイッター:草藍やし美、https://twitter.com/cocosouai 

性別 女性
将来の夢 いっぱい食べて飲んでも痩せているっての、いいだろうなあ〜〜
座右の銘 今を生きる  

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奪われた時間

13/04/19 コンテスト(テーマ):第二十八回 時空モノガタリ文学賞【 浅草 】 コメント:17件 草愛やし美 閲覧数:3206

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 奪われた時間は、永遠に止まったまま。彼らは、待っている……寂しさを埋めてくれる誰かを。
 
  ◇    ◇ 

「お父さん、何でそんなこと聞くのよ、友達だって言ってるじゃない」
「心配なんだ、結のことが」
「男の子だって、友達なんだから、いちいち詮索しないでよ」
 私は、父に構わず、どんどん先にたって歩き出していた。中学生にもなったというのに、父はまだ私が遊園地を喜ぶとでも思っているのだろうか。母が亡くなってから、男手ひとつで育ててくれた父に感謝しているが、限界だ。男である父には、女の子の気持ちがわからないんだ。母がいれば、私のこと理解してくれたはずに違いない。最近は、父と一緒にいると喧嘩ばかり。ぎくしゃくして、家の中は、居心地が悪い。遊園地の話が出た時に、嫌だと言えばよかった、そうすれば、こんな喧嘩しなくて済んだかもしれないのに……。父が嬉しそうに花やしきへ行こうと言い出したのは、先週のことだ。
「これ、同僚に貰ったんだ、久しぶりに行ってみないか?」 
「花やしきのチケット、幾つだと思ってるの、私、もう中三だよ」
「懐かしいじゃないか、昔行ったの覚えているか、結が迷子になって、父さん探すの大変だった」
「父さんが私の手を離したからだよ」
「あれは、母さんが亡くなってすぐだった。あれから十年早いもんだな」

  ◇   ◇

 父がいない、辺りを見渡したが、知らない人ばかり、さっきまで、遊園地にいたはずなのに、子供たちの姿が消えている。ジェットコースターから聞こえていた絶叫だけが、耳の奥に残っていた。父と口論になった私は、腹を立て、一人でかってに展望タワーに乗ったところまでは覚えているのだが……。いつの間にか、私は、薄暗い階段を意味もなく昇っていた。息が切れて倒れそうだ、足は重くもうこれ以上一歩も歩けないのに何かの強迫感に駆られ昇ろうとしていた。
「ほら、頑張らないと、望遠鏡のある十二階には行けないんだよ」耳元で囁く男の声。「入場料払ったんだろう、だのに、こんなこと強いられちまってさ、確か八銭だったっけ? あんたは子供だから半値かい」今度は女の声だ。追い払っても何人もの囁く声が追いかけてくる。私は、恐ろしくて、足を早めた。だのに、昇っても昇っても辿り着かない階段が前に立ちはだかっていた。望遠鏡なんて覗きたくもないのに、なぜ、私は、ここにいるんだろう。「あんた、ここは有名な凌雲閣だよ、浅草の十二階建てって言ったらみな一度は昇りたがるもんだよ、だからさ、昇らなきゃ損するんだ、さあ行った行った」どこからか、また、女の声が背後でした。
 男の子が、階段で蹲っている「お姉ちゃん、ぼくずっとひとりぽっちなんだ、寂しいよ、遊んで」薄暗い中で見えたその顔は骸骨だった。恐怖で後ずさりした私の体を誰かが引っ張った。数本の手が壁から突き出て蠢き、階段から引きず降ろそうと、私に掴み掛ってきた。その手を、私は必死に振りほどこうとした。
 その時だった、大きな揺れが、襲ってきた。「きゃあー、地震だ」あちこちから悲鳴がおきた。酷い揺れの衝撃で私はその場に倒れた。足元の石造りの階段が歪み、天井も壁も崩れ、破片が次々に落ちてくる。私の横を、逃げ惑う人々が、次々と階下へ落ちていく。
「助けて! 父さん」
 思わず父を呼んだ私に、青白い顔をした女が手を伸ばしてきた。「何言ってんだい、あんた、父ちゃんいらないくせに、こっちへおいでよ」手は、容赦なく私の腕を掴んだ。
「嫌ーー」
 叫ぶ私の目の前に突然、光るものが立ちはだかった。
「駄目、この子は連れて行かないで」
 懐かしい声、聞き覚えのあるこの声は、母だ! 驚いて顔をあげた私の目に、母と思しき光が、青白い手を壁に押した。やがて、幾つもの得体のしれない黒い影は、壁に吸い込まれるように消えていった。光の中から、母の声がした。
「結、早く行きなさい、あなたを待っている人の手をしっかり握って離しちゃ駄目だよ」

 気が付くと、私は、花やしきの中に立っていた。辺りは、何事もなかったように、歓声が響いている。ふと見ると、すぐ前に父の姿が見える。父の背が何となく寂し気に見え私は、思わず駆け寄りその手を握った。暖かい手だった。振り返った父は目を丸くして驚いている。
「父さんの手、離しちゃ駄目だって」
「何だ? どうしたんだ」
 父は、わけがわからず、戸惑った顔をしたが、すぐに照れたように笑った。
「母さん、ありがとう」
 私は小さな声で呟いた。

 その後、浅草の凌雲閣のことを知った──大正十二年九月一日に起きた関東大震災で、それは崩壊したのだ──あの日会った少年は、一人でどんなに寂しかったことか。あの白い手の人々は、どんなに生きたかったことだろう……その悲しみや辛さを思うと、私は、目の前にある幸せを大事にしなければと思う。


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このストーリーに関するコメント

13/04/21 ohmysky

これはとても良い話ですね。完成度が高い作品です。
白昼夢に切り替わる間の取り方と、現実に戻る自然さ、伝えたいメッセージが自然に伝わりました。
すごく内容の濃い、長い文章を読み終わった充実感がありました。
心を動かされる物語と言うのは、文章量じゃないんですね。
改めてそう感じさせる作品でした。ありがとうございました。

13/04/21 ドーナツ

拝読しました。胸に迫るものがあります。
特に、震災は、明日は我が身なのね。

最期の言葉、目の前にある幸せを、、、は今を生きる私たちがしっかり胸に刻まなければならない言葉だと思います。

浅草公園の写真、すごね。
よく見つけたと感激です。

13/04/21 鮎風 遊

そうですか、こんなとらまえ方もあるんですね。

きっと世の中いろいろな因縁で助けられてるのかも。

13/04/22 くまちゃん

じ〜〜んときました。
大切な人の手は離してはなりませんね。
介護で疲れた心が癒されました。

13/04/22 泡沫恋歌

草藍さん、拝読しました。

浅草に高い塔があったことは知っていましたが、凌雲閣というんですね。
何んとも禍々しい感じで怖さが伝わってきました。
最後にはお母さんの霊が助けてくれて良かったです。

13/04/29 そらの珊瑚

草藍さん、拝読しました。

凌雲閣のことは知りませんでした。
いつどこで災厄にあうかわかりませんね。亡くなった人がこうして守ってくれていて、わたしたちの日常があるのかもしれない、と思い、いろんなことに感謝したくなりました。

13/04/30 光石七

史実も交えて、素敵なお話にまとめられる技量に感嘆します。
教科書で言葉としてしか学んでいないことにも、どれだけ多くの悲しみや苦しみがあったか、もっと自覚しないといけないと思わされました。

13/05/01 草愛やし美

お読みいただきました皆様、ありがとうございます。先月より、体調を壊しまして、コメントへのお返事が遅れましたこと、申し訳ありません。ようやく、少しずつ回復してきました。

13/05/01 草愛やし美

ohmyskyさん、コメントありがとうございます。
作品を通じて伝えたいことを理解してくださったとのお言葉、本当に嬉しいです。母と娘、父と娘、男女の違いがあっても家族を思う愛は同じだと思います。

13/05/01 草愛やし美

ドーナツさん、ありがとうございます。
いつ起きてもおかしくない状況に今の日本はあります。日本だけでなく最近は地球そのものが異常だと感じて怖いです。何かあってからでなく、普段から人と人の繋がりを大切に、助け合う心を忘れないようにと強く思っています。浅草の地震後の画像は、関東大震災災害写真資料として、自然災害情報室公報サイトからお借りしてきましたものです。

13/05/01 草愛やし美

鮎風遊さん、読んでくださってありがとうございます。浅草の十二階建てのことは、かなり前にテレビの何かの番組で見て知りました。今回、浅草をテーマに決まった時、どうしてもこの凌雲閣のことを書きたくて、いろいろ調べました。これが、現存していましたら、スカイツリーと並び、きっと注目されたことだろうと思いますと、震災で失ったことが残念でなりません。

13/05/01 草愛やし美

くまちゃん、介護で大変な時に、お立ち寄りくださってありがとうございます。今、大切に思うことが少しでも伝わればと書きました。コメント感謝しています。無理をして、お疲れ出ませんようにご自愛くださいね。

13/05/01 草愛やし美

泡沫恋歌さん、コメントありがとうございます。
凌雲閣という名前は、お恥ずかしいことですが、私も今回書くことになって調べて初めて知りました。十二階建ての凌雲閣は、様々な飾り付けがされていたようで、夢のような塔だったそうです。今、残っていれば、貴重な文化遺産になっていたと思うと、とても惜しいことだと思います。

13/05/01 草愛やし美

ななさん、お立ち寄りくださってコメントありがとうございます。ななさんの作品を読ませていただき勉強したいと思っています。ぜひ、作品をこの時空に載せていただきますようにお願いします。

この作品は、二週間ほどかけ史実など調べて書いた私の創作によるオリジナルなもので、決して模倣などしていません。私は趣味で創作を楽しんでいますが、今まで、模倣といったことはしていないと断言します。

13/05/01 草愛やし美

そらの珊瑚さん、コメント嬉しいです。
亡くなった人々は、きっと生きている私たちを見守っていてくださっていると私も思います。何が、大切なのか、何を必要としているのか、違う世界から見れば、私たちに見えていないものが、わかるのではないかと思います。

13/05/01 草愛やし美

光石七さん、お読みくださってコメントまで、書いてくださってありがとうございます、感謝しています。
七さんのおっしゃるように、教科書に載っている史実にも様々な人間ドラマがあったことでしょうね。そこから、昔の人々が伝えてくださることはとても貴重なこと、まだまだ、私たちの知らないことがたくさんあるかもしれませんね。

13/08/05 kotonoha

草藍さん、拝読しました。
この小説は入賞していますね
おめでとうございます。

お盆の月に読ませていただいて良かったと思いました。
日頃何も思わないで生きていますが私たちは過去の皆さんから守られて生かされているのですね。ほのぼのとした気持ちになりました。
今日はお墓参りをしてきます。ありがとうございました。

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