1. トップページ
  2. 忘れられない瞳

aloneさん

好き勝手に小説を書き散らしています。

性別 男性
将来の夢
座右の銘

投稿済みの作品

2

忘れられない瞳

13/04/18 コンテスト(テーマ):第二十八回 時空モノガタリ文学賞【 浅草 】 コメント:3件 alone 閲覧数:1554

この作品を評価する

 とても小さい頃、私は父の手にひかれて、雷門を訪れたことがあった。
 初めて見た雷門の巨大な赤提灯は、私の想像をはるかに超えた大きさをしていた。
 あの下をくぐっていく時、もしあの赤提灯が落ちてきたら僕はどうなってしまうのだろうか。
 そんな変な想像をして、ひとりで変に緊張してしまったのを今でもよく覚えている。
 しかし、雷門の思い出として最も胸に刻まれたのは赤提灯ではなく、その左右に立つ二体の像であった。
 右に雷神、左に風神。その立ち姿はまるで地獄の番人かのようであり、当時の私は見た瞬間、恐怖心に取り憑かれた。
 緑一色の身体、赤一色の身体。その異様な出で立ちに、私は桃太郎に出てくる鬼の姿を重ねた。もしかすると取って食われてしまうのかもしれない。おどおどとした瞳を彷徨わせていると、金色に縁どられた二つの瞳と目が合ってしまった。不気味は閃光を放つその瞳は、私から視線を外すことなく、私だけに狙いを定めていた。
 私は竦み上がり、その場で固まってしまった。
 人々が次々に門をくぐり抜けていく中、私は立ち止まり、必死に父の手を引っ張った。
「嫌だ! 入りたくない!」
 悲痛な叫びをあげながら、私は人ごみの中で泣きわめいた。
 父は急に泣き始めた私の対処に困り、ひとまず雷門から離れた場所へと私を連れて行った。
 道の外れにぽつんと生えた木の下で、私は泣きじゃくっていた。父は私の隣で佇み、胸ポケットから取り出した一本のタバコを静かに味わっていた。
 父の方から流れてくるタバコの香りが、私の鼻をくすぐった。
 垂れる鼻水と涙の混ざったものをすすると、同時にタバコの香りが鼻孔を抜け、体内に入り込む。それは父の香り、父のにおい。嗅いで気分が良くなるような良いにおいではないが――それどころか嫌悪感を抱く類のものだった――、その時は、不安が蠢く心の中に不思議と心地よさをもたらしてくれた。
 気づくと涙は引いており、私の心は安らかさを取り戻していた。父の方を見上げてみると、父も私の方を見返し、タバコの火を地面にこすりつけて消した。
「もう大丈夫か?」
 父の声は低かったが、安心感を覚える優しげなものでもあった。私は充血したように赤くなった瞳をぱちくりとさせながら無言で頷いた。
 私は父の手を握った。大きくてごつごつとした手。当時の私の手は父の手にすっぽりと包みこまれた。
 ふたたび雷門の前に向かうと、二体の像がそれぞれ金色の瞳を私に向けた。私は金色の瞳と目を合わせないために顔を俯けていたが、二体の像の視線はしっかりと感じられた。
 胸の奥で、また不安が膨らみ始めた。やはり怖い。恐ろしくてたまらなかった。
 そんな時、小さく震える私に気づいたのか、父が私の手をぎゅっと握ってくれた。
 不安などの気持ちすべてが、父の温かな手に包み込まれたような気がした。不思議と不安は潮が引くように消えていき、胸には穏やかさだけが満ちていた。
 私は俯いていた顔をあげ、父の顔を見た。
 顎にわずかに剃り残された髭のある、締まらない横顔。けれど、そんな父の顔が、とてもかっこよかった。

 私は吸っていたタバコの火を地面で押し消した。
 今まで遠く懐かしい思い出に向けていた瞳を下ろし、息子の顔を見る。
 息子は泣いて赤く腫れた瞳を私に向けていた。そんな息子の小さな頭を撫で、私は言葉をかける。
「もう大丈夫か?」
 息子は無言で頷いた。視線は私に固定しているように外れることはなかった。
 私は手を息子の前に差し出した。
 息子が私の手を取り、私は息子の小さな手を包み込む。
 とても小さな手。わずかに震えているのが感じ取られた。
 私は息子の手を優しく握りしめる。言葉はいらない。あの時の私のように。
 私の手の中にある小さな手から震えが消えた。
 私は息子の手を引き、歩きだす。行き先は思い出深い雷門。今でも二体の像が、私たちのことを見守ってくれている。


コメント・評価を投稿する

コメントの投稿するにはログインしてください。
コメントを入力してください。

このストーリーに関するコメント

13/04/30 光石七

幼い頃の父との思い出と、それをなぞっているような現在。
優しい気持ちになれるお話でした。

13/05/01 alone

>光石七さんへ
心が温まる話を狙ったので(少々あざとい気もしますが)、読後に優しい気持ちになられたのは良かったです。
感想ありがとうございました。

13/05/01 alone

>光石七さんへ
心が温まる話を狙ったので(少々あざとい気もしますが)、読後に優しい気持ちになられたのは良かったです。
感想ありがとうございました。

ログイン