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yoshikiさん

面白い作品を知り、自分でも書いて見たくなって何年も経ちました。よろしくお願いします。 2010年 小説現代S&Sコーナーに初めて送った作品が掲載されました。作品名『幽霊の見える眼鏡』 とにかく面白いものが書いていけるといいなと思っています。 イラストはエアブラシと面相筆で昔描いたものです。

性別 男性
将来の夢 楽隠居
座右の銘 不可思議はつねに美しい、どのような不可思議も美しい、それどころか不可思議のほかに美しいものはない。アンドレブルトン

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人生の台本

13/04/17 コンテスト(テーマ):第六回 【自由投稿スペース】 コメント:2件 yoshiki 閲覧数:1752

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 高野雄太は久しぶりに自分の部屋の掃除をしていた。掃除機をかけガラス窓を拭く。一通り掃除が済むと、今度は押し入れの整理に取り掛かった。押し入れの中にはめちゃくちゃに物が放り込んである。それを引っ張り出しながらせっせと物を整理していると、中から古びた本が出てきた。妙な事にそれがまったく見覚えがない本であった。まさか、以前の住人が忘れていったものだろうか?
 その本は辞書のように厚く重く、こげ茶色の革製の装幀がとても珍しかった。最近ちょっと忘れっぽくなったので自分で買って忘れていたのだろうか? まさかと思う。暫らくそれを手にしたままじっと眺め、そっとページを捲ってみる。と、一ページ目は白紙で、二ページ目から見た事もない文字の羅列だ。ヘブライ語か、アラビア文字か。もっとも学歴のない雄太にはそんな文字など解かるはずもなかった。言えるのは、こんな読めもしない本を雄太は買わないだろうという事だ。
 雄太は二十二歳の会社員で現在アパートに一人住まいである。十八歳の時、地方から単身上京してきた。
 ――古本店にでも持っていけば金になるかなあ――  彼はそんなことを漫然と考えながら、何の気なしに本を擦ってみた。すると部屋に突然、煙がもうもうと立ち込めた。いったい何事かと焦って窓を開けようとすると、瞬く間に煙は消え、そこに変な男が胡坐をかいて座っていた。
 雄太は尻餅をついた。あまりの驚きに息が止まりそうになった。
「俺様を呼んだか?」
 その声は低音でなにか凄みのある、人間離れのした声音であった。
「あ、あんた誰だ」
 雄太の声は思わず上擦っていた。
「俺様は悪魔だ!」
 現れたのは黒いマントを羽織った男だった。ごつい体つきの色の浅黒い、鼻は大きくでんとすわっていて、肉厚の唇に異様に大きな目玉がギロギロ光っている。
「あ、悪魔さんですか」
 いつの間にか雄太は悪魔をさん付けでよんでいた。
「悪魔さんが何でここに。なにか後用事ですか?」
 悪魔はその質問をまったく無視するとその茶色の本を手にとって言った。
「この本がなんだか、おまえに解るか?」
「いえ、その、あの」
 たいそう驚いて雄太の呂律がまわらない。
「それは人生の台本だ」
「人生の台本」
 思わず復唱する雄太だった。
「芝居に台本があるように、人生にもちゃんと台本が用意されておる」
 悪魔の太い声には威厳があった。
「そしてお前は今、千載一遇の好機に恵まれようとしておる」
 なんのことやら解らない雄太は、ただ眼をぱちくりさせた。
「いいか、よく聞け。人の一生はすべてその本に記されてあるのだ。全ての人々の運命がここに細かく書き記してある」
「こんな小さな本にですか?」
「この本はそのごく一部だ。お前の運命の書かれた部分をわざわざ持ってきておる」
「えっ、それじゃ僕の一生がもう決められている。という事ですか?」
「然(しか)り、おまえは察しがいい。知りたいか中身を。お前の未来の姿を」
「ええっ、知りたいです」
「知る覚悟はあるのか、」
「は、はい。でも知らないほうが良いことも世の中には」
「ずばり言っていいか」
 悪魔の語気が強まると雄太が少し弱腰になった。
「ち、ちょっと待ってください。心に準備ってものがあります」
「おまえは一生うだつの上がらぬ平社員だ」
「えーっ。ああ。言っちゃった。聞かない方が良かったですよ」
「おまえは今に仕事上で取り返しのつかない過ちをおかす。それがもとで窓際に追いやられ、給料泥棒と陰口をきかれ、まわりの誰からも軽蔑され、生涯女には恵まれず、やがて脳卒中でお陀仏だ」
 悪魔は不敵な笑みさえ浮かべていた。雄太はすでに蒼い顔だ。
「おまえを看取る者は無く、葬式には誰一人来ない。遺骨は無縁仏の雨ざらしだ」
「や、やめてください。なんて悲惨な運命なんだ」
 雄太が絶望的な顔をした。悲嘆にくれている。
「悪魔さん。最初あなたは好機とか何とか言いませんでしたか。それのどこが好機なんですか。酷いじゃないですか。あんまりだ」
「まあ、話は最後まで聞け。俺様は神より偉大な悪魔だ。ここに台本を修正するペンがある。俺様の魔力をもってすれば修正可能なのだ」
「それはどういう意味ですか?」
「運命を変えられると言ったんじゃ。例えばこんなのはどうだ。この先お前は仕事上素晴らしいアイデアを次々に出し、三流会社から一流企業に引き抜かれ、瞬く間に幹部に推薦される。そして周りからは有能な人間として評価され、麗しき令嬢をものにし、行く先々で先生と慕われ、晩年は役員じゃ。週一回の出社で法外な給料をもらい、有り余る金で豪遊する」
「素晴らしい未来ですね。悪魔さん」
「運命の変更を望むか」
「は、はい。望みますとも。ぜひに望みます。悪魔様。ぜひにお願い申し上げます。ようやく僕にも好機の意味がわかってきました。修正のほうをお願い致します」
「わかった。それでお前、地獄の沙汰も金次第という諺を知っているか」
「は、はい。それで」
「有り金残らず出せ。預金があるだろう。それを全部貰う」
 雄太は暫らく考え込んでしまった。
「嫌ならよい。俺様も忙しいんだ。好機は一度のみじゃ、帰るぞ!」
 帰ろうとする悪魔を雄太が引き止めた。
「わかりました。この場で修正していただけるなら出しましょう」
「そうだろ。先のことを考えれば賢明な者はそうするじゃろう」
 雄太は預金通帳と印鑑を悪魔に渡した。悪魔はなにやら呪文を唱えながら、ものの一分で台本のページを修正した。
「完了した。おめでとう! 只今よりお前の新しい人生が始まったのだ。尚この本はもらっていく」
「ありがとうございます悪魔様」
 悪魔を見送る雄太は終始ニコニコしていた。

 その日の夜の事である。夕飯を有り合わせのもので済ませた雄太は机に向かい、なにやら手紙を書きだした。
 ――その文面とは。

 前略、母さん。雄太は東京の会社で元気にやっております。編集社の仕事はとても大変ですが遣り甲斐のある仕事であります。ところでこの前手紙を出したばかりで、励ましの手紙も読んだばかりなのですが、きょうとても凄い事がありましたので、また筆をとった次第です。実は驚きなのです。本当の驚きなのです。
 きょう僕のアパートに悪魔がやってまいりました。そして僕にこう言うのです。人生には台本があり、人の一生はすでに決められている。そういう運命論を僕に語るのです。そしてお前の前途は良くないから、金を出したら良い未来に台本を書き換えてやろう。そう言う話を悪魔はしました。とても面白く僕はその話を聞きました。そして僕はたちどころにこれが詐欺の一種であることを看破いたしました。だって部屋に立ちこめた煙は花火の臭いがするし、男のメイク顔はどうみても悪魔には見えません。これは昨今、東京で多くの被害があるオレオレ詐欺の亜流、あるいは催眠商法に近いものだと僕は推察しました。
 しかし僕は男の着ている黒い洋服のポケットから、ナイフの柄が飛び出しているのを見逃しませんでした。これは迂闊なことは出来ないと思い、とりあえず男に騙されるふりをしようと思いました。すると男は益々その演技に熱を入れ、僕を説得しにかかりました。いや、これはとてもすばらしい構成力、演技力で、正直感心致しました。そして僕もまた演技をしました。ちょっと間抜けな人物を演じたのです。そして最後に僕は貯金通帳と犯行を男に渡しました。
 御心配はいりません。渡したのは過去に使っていた通帳で残高は無く、印鑑は三文判です。今頃悔しがっていることでしょう。これも彼の人生の台本なのでしょう。僕は彼を警察に訴える気がしません。だって考えても見てください。今時に悪魔なんて子供だって信じやしませんよ。

 母さん。眠くなってきたのでここで筆を置きます。明日も仕事です。この夏には一度彼女を連れて帰ります。ではそれまでお元気で。父さんにもよろしく。
                            草々
                          二月十日 高野雄太


                     了


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このストーリーに関するコメント

13/04/19 名無

細かい仕込みの割にあっさり正体がバレてしまった悪魔さんが、可笑しいやら哀れやらで楽しく拝読しました。 詐欺には冷静な対処が一番ですね。

13/04/20 yoshiki

名無さん。コメントありがとうございました。

随分手の込んだ詐欺ですが、さすがに悪魔を信じこませるのは難しい。

雄太をだれか有名な探偵の若いころにしてもよかったかな、なんて考えてます。(*^_^*)

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