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かめかめさん

http://ameblo.jp/kamekame1976/ ブログデシセイカツバクロチウ

性別 女性
将来の夢 印税生活
座右の銘 ハワイに行きたいと思ったら、一歩踏み出さないといけない。 ハワイは向こうから近づいてこない。

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南極より愛をこめて

13/04/16 コンテスト(テーマ):第二十九回 時空モノガタリ文学賞【 手紙 】 コメント:0件 かめかめ 閲覧数:1930

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夫が浮気している。
以前ならどこへ誰と何をしに行くのか小学生のように話していた夫がここ最近、隠れてコソコソと外出する。
あの手紙のせいだ。
水色の封筒、差出人の名前はなく消印はいつも読めない。
夫は封筒を手に取るとソワソワした様子でトイレに篭る。由佳は夫の態度が変わっても知らんぷりした。そして冷静に観察を続けた。
「動かぬ証拠を掴まぬ限り、夫はどんな嘘でもつく」と言うのが母の遺言だったからだ。母は亡くなるまで父の女遊びに苦労させられ続けた。

夫が長期出張に行っている間に水色の封筒が届いた。
由佳は迷わず中を覗いてみることにした。
鍋に湯を沸かし封筒の糊付けしてある部分に湯気をあてる。そうすると糊がキレイに剥がれる。これも母から伝授された技である。
さあ、どんな甘い戯言が書いてあるか、それとも卑猥な言葉の羅列か?
と構えて封を開ける。
中に入っていたのはカード一枚。
「Qb8」
と書かれていただけ。
由佳は拍子抜けしてポカンと口を開けた。
なんだ、これは?これではまるで暗号だ。暗号が郵送されてくるなんて、映画じゃあるまいし。
ふと、夫の様子がおかしくなったころのことを思い出した。めずらしく酒に酔って帰宅した時につぶやいた言葉を。
「そうだ俺、子どものころスパイになりたかったじゃないか……」
そう言うと一人でケラケラ笑ってそのまま眠り込んでしまったのだった。
その時はただのウワゴトだと聞き流していたが、まさか、まさかまさか……
「……産業スパイ……?」
由佳は、そっとカードを元通り封筒に戻すと、開封したことがわからないようにキレイに糊付けした。

数日後、何食わぬ顔で他の郵便物とともに、帰宅した夫に手渡した。
束の中から水色の封筒を見つけた夫はイソイソとトイレに篭もった。
あくる日曜日、夫は由佳が買い物に出てすぐに家を出た。
由佳は玄関が見える位置に隠れて夫を待っていた。買い物と見せかけるための買い物かごを抱えたまま夫を尾行した。

夫は駅へ向かい上りの電車に乗った。由佳は隣の車両、夫の死角になる位置に立った。
三つ先の駅で夫は電車をおりた。由佳もIC乗車券を使い駅を出る。尾行しやすい世の中になったと亡き母も喜んでいるだろう。
夫が向かったのは駅から数メートルしか離れていない3階建てのビルだった。看板には『末松山文化センター』と書いてある。
エレベーターに夫が乗るのを確認してから、由佳はビルに入った。エレベーターは2階に止まっている。
エントランスにある案内板で確認すると2階は貸会議室で本日の予定は一件『クイーニング同好会』だけだった。
由佳は階段を駆け上がった。壁のかげに身をひそめながら首だけ出して左右を見ると、ひとつの扉が閉まったところだった。

由佳は駆け寄り買い物かごからコップを取り出すと、扉に押し付け耳を寄せた。部屋の中で夫が話しているのが聞こえる。
「大変なことになった。Qb8だ」
「大変じゃないか!それで、どうするつもりだ!?」
男が叫んだ。どうやら室内には他にも数人いるらしい気配がする。
「Nxb8しかない……」
「そんな!それは……」
「それ以外の手はない。俺は犠牲をはらいすぎた」
「しかし、それでは死を覚悟するというのですか!」
死?まさかそんな……。由佳の背筋を冷たいものが駆けあがる。
「それしか。死んで次に期待をかけるしか……」
「いやよ、あなた!私をおいて死なないで!!」

ドアを開けて転がるように室内に乱入した由佳を、夫と3人の男がポカンと見つめた。
「由佳……。どうしてここに?」
「あなたの後をつけたの!あなたスパイなんてやめて!死ぬくらいなら私と一緒に逃げましょう!」
由佳は必死の思いで叫んだ。が、男たちは唖然としたまま固まったままだ。夫もマヌケ面のまま突っ立っている。

「奥さん?もしかして、ご主人あての手紙、読まれました?」
夫の隣に立つ白髪頭の紳士に問われ、由佳は神妙にうなずく。
「ふっ………ふっふっふっふ」
紳士がうつむいて笑う。ああ、秘密を知った私は殺されるのかしら。由佳はコップを握り締めた。
男たちは一人、また一人と笑い出し、最後には室内は大爆笑に包まれた。夫すら笑っている。
「なに?なんなの?なんで笑ってるの?」
「由佳、この手紙は棋譜だよ。チェスの次の手が書いてあるんだ」
「ちぇす?」
今度は由佳がぽかんとした。
「そう。俺のチェス友達が南極観測隊に選ばれたから、郵送でゲームを続けてるんだ」
由佳はまだ信じられないという表情のままだ。
「だって、あなたチェスができるなんて一言も……」
「え、だって君がボードゲーム嫌いだって……」
「ボードゲームって人生ゲームくらいしか思わないわよ!」

ふと由佳の脳裏に母の遺言が蘇った。
「結局、夫婦は死ぬまでわからないものよ」


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