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W・アーム・スープレックスさん

性別 男性
将来の夢
座右の銘 作者はつねにぶっきらぼう

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ウーバの手  連載第一回

13/04/15 コンテスト(テーマ):第六回 【自由投稿スペース】 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:1861

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カイトは空の上から、あるものに目をとめた。
「視力拡大」
 彼の声に、即座にウーバは反応した。
 視力は一気に十倍まして、いままであいまいにしかみえなかった水打ち際が、くっきりととらえられた。
 たしかにそこに、人影がうかがえた。
「ウーバ、あそこに―――」
「そうおもうなら、いってみなさい」
 耳のマイクを通して、あいかわらずウーバのそっけない返事がかえってきた。
「ようし」
 カイトは体を大きくひるがえすと、三百メートルの下降をこころみた。
 空気を切り裂くキーンという音が、湖をとりまく険しい崖の周囲に響き渡った。
 接近するにつれ、カイトの胸は高まった。
 もしかしたらこんどこそ、まだ一度もみたことのない、自分とおなじ人間にであえるかもしれない。
 そんな期待にかりたてられてカイトは、まっしぐらに崖の下まで接近した。
 最初に、人の頭らしいものがみえた。くびれた胴体、腕や足らしいものもみえる。
「人間だ!」
 歓喜のあまり彼は、耳もとでがなりたてるウーバの警告を無視した。
 いきなり、人間とおもっていたものの下からごぼこぼと液体が盛り上がってきた。その瞬間、ウーバがカイトの足を最大限跳躍させたので、彼の体はたちまち何メートルもジャンプした。
 空中に飛びあがったカイトは、その高さからようやく、それが途方もなく巨大な怪物の口で、人間とみえたものがじつは怪物の舌の上の、人間まがいの突起物だとわかった。
 ウーバはカイトを、怪物の脅威から安全な高さまでさらにあがらせると、彼のヘルメットの耳元から、きびしい調子で語りかけた。
「あぶなかったわ。もうちょっとであなた、怪物の罠にはまるところだったのよ」
 カイトは、そのウーバの言葉をわざと無視して、
「あれは、なんだい?」
「新種の生き物のようね。わたしの記憶にもデータはないわ」
「ミュータントか?」
「かもしれない」
「いいかげんだな」
「それよりカイト、わたしの忠告に耳をかさなかったのは、なぜ?」
「だって、あのときはほんとに、人の姿にみえたんだもん」
「わたしはあなたの目に、あの人間もどきを拡大してうつしてみせたのよ。あなたさえ冷静だったら、あれが餌をおびきよせるための罠だということぐらい、わかったはずだわ」
「おれは人間だ。興奮にわれをわすれることだってある。アンドロイドのおまえとはちがうんだ」
 きっかり一秒間の沈黙のあとに、ウーバはいった。
「大切な命よ。粗末にしないで」
 いいすぎたかなと、カイトは反省したが、声にだしてまではいわなかった。
「ウーバ、どこかでやすまないか」
「いいわね」
 ウーバは、こんどはこころよく、彼を安全な場所まで移動させた。
 そこは、角張った岩がいびつにつみかさなりあってできた自然の塔だった。高さは百メートルちかくあり、ウーバはそのなかほどの、岩と岩の間のくぼみに着地した。
 すぐに彼女は、カイトの体をとりまいていたパーツを解除した。伸縮自在のパーツは、かすかに擦過音をたてながらみるまに彼の肉体からはなれると、それはふたたび集合し、接合しあって、ものの十数秒でウーバそのものの体を作り上げた。
 ウーバの姿が完成してゆく様子を、間近から観察していたカイトは、これが自分を赤ん坊からそだてあげてくれたアンドロイドだということをいつものように再認識した。
 いまみえるウーバの胸のふくらみに、いまでもふと触れてみたくなるときがあるのもきっと、彼女の人工母乳によって育てられた記憶にうながされるからなのだと、カイトは漠然と思った。
「ああ、さっぱりした」
 わざとらしくカイトは、手足をおもいきり伸ばした。じっさい、何種類ものパーツにがんじがらめになっているのは、窮屈このうえなかった。しかし、それによって地上のあらゆる危険から保護されているのだとおもうと、文句はいえない。
「ひゃあ、高いところだな」
 崖の下を、首をのばしてのぞきこんだ彼は、怯えた声をだした。パーツによって、もっと高い上空を飛んでいるときは、ぜんぜん平気だったのに。
 しかし彼にも、ここのような場所でないと、身の安全が保たれないのはよくわかっていた。地上の、安定した環境ほど、ぶっそうなところはない。そんなところにいたらいつ、どんな獰猛な生き物に襲撃されてもおかしくなかった。
「こんなところにほんとうに、人間なんているのだろうか」
 自分がこうして、外敵だらけの世界にあってなんとかいままでやってこられたのも、それはウーバという強い味方がいてくれるおかげだった。人間がいかにひよわな生き物であるかは、自分をみればよくわかる。こんな人間が、あの危険にみちあふれた地上で、どうして生きていくことができるだろう。
「でも、かならずどこかにいるはずよ。あなたがここにいるように」
 それはもう耳にたこができるほど、聞かされたウーバの口癖だった。そして彼女はそのあとに、必ずつぎの言葉をつけくわえるはずだった。
「あきらめなければ、ぜったいにみつかるわ!」
「でも、これまで何年もさがしまわったけど、ただのひとりだって、であったためしはないじゃないか」
「ひろい地球よ、わたしたちがいくら飛び回ろうとも、すみからすみまで調べつくせるものではないわ」
 そのとき、突拍子もない音がカイトの腹からきこえた。
「ウーバ、腹がへった」
「ちょっとここでまってて」
 たちまちウーバは崖の上から空中に身をおどらせた。
 カイトがみたときにはすでに彼女の姿は、眼下にひろがる樹海の濃い緑のなかに消えていた。


 2
 カイトはできるだけ岩の奥に身をひそめて、彼女のかえりをまつことにした。
 自分の身に危険がせまれば、たちどころにウーバはもどってきてくる。その確信があればこそ、彼はそれほど不安におちいることなくいれた。
 そのとき、上のほうでなにかの物音がした。
 風のせいかと、カイトはおもった。がつぎにきこえた、なにかがこすれあう、不安を誘う耳障りな響きに、彼は表情をこわばらせた。
 カイトはすばやくあたりに目をはしらせた。しかしどこにも、武器になりそうな石はころがっていない。
 彼の口からおびえたような吐息がもれた。
 と、相手はそのすきをつくかのように突然,岩の間からのっそりと姿をあらわした。
 手も足も、人間のそれとよく似ているが、指先にはみるからにするどい爪が生えそろっている。
「きみがここから景色をながめるのは自由だけど、あまりこちらにはちかづかないでくれ」
 得体のしれない生き物にでくわしたら、なんでもいいから話しかけろと、ふだんからウーバにいわれていたことをおもいだしたカイトは、そのとおりにした。言葉をもたない相手なら、それだけでたじろく場合がある。
 しかし相手はたじろぐどころか、むしろかえって勢いづいて、ぎょろりとした目をぎらつかせながら、こちらにに迫ってきた。
 カイトはあわてふためいて後退した。十メートルちかくある岩のすきまの端のほうは、極端にせまくなっていて、あるいはそこにもぐりこめばという希望に彼はすがりついた。
 カイトは、岩のすきまにに身をこじいれた。
 相手は、奇妙に先細りした顔で、カイトをのぞきこんだ。そして両腕をぴんと横に伸ばした。その手足に膜のような翼がひろがったとおもうと、吹きつける風を巧みに利用するようにして、ふわりと宙にうかびあがった。
 相手はそのままからだの向きをひるがえすなり、足の爪をひろげてカイトにむかってきた。
 とっさにカイトは両腕をつきだして、追い払おうとした。そのとき相手の足のさきがふれた岩から、ぱっと小石が飛び散った。それをみたカイトは、ぞっとふるえあがった。あんな足で一撃されたら、ひとたまりもないだろう。
 生きた心地もなくカイトは、岩の奥にからだをむりやり押しつけた。
 そばにウーバがいたら、こんな窮屈な状況にはならなかったにちがいない。そうおもうと、彼女にたいする恨みと、自分に攻撃をくわえる相手への恐怖がいりまじって、もうどうしょうもなくなって、腹の底から大声をはりあげた。
 とたんに、相手は大きく後方にとびさがった。その顔が、苦痛にゆがんでいる。
 おれはいま、なにかをしただろうか。
 おもわぬ相手の反応に、カイトはいまの自分の行為をふりかえった。自分はただ、大声でわめいただけだった。
 彼はもういちど、あらんかぎりの大声を出した。
 するとまた、相手はさらに遠ざかった。そしてもう、こちらにくる意志をなくしたのかそのまま、空のかなたに飛び去っていった。
「やるじゃないの」
 ウーバが岩のなかのカイトをのぞきみた。
「なんだ、もどっていたのか。もうちょっとで、やられそうだったんだぞ」
 不服そうに口をとがらせる彼に、
「自分の力で、困難を克服することは、まんざらでもないでしょ」
 カイトはふくれっ面のまま、
「いまのやつは、なんだ。はじめてみるやつだが」
「大声には弱いみたいね」
「おかげで喉がひりひりするよ。食べ物は調達してきたのか?」
 ウーバは胸をあけると中から、樹海で捕獲してきた一匹のいやに耳の長い小動物をとりだした。
「うさぎよ。食べても安全な生き物だわ」
 彼女は、ぐったりしたうさぎを、岩の上によこたえると、右手をのばした。指のさきから、ぼっと炎がふきだし、ウサギを焼きはじめた。数分後にはもう、カイトはほどよく焼きあがったやわらかい肉を、うまそうに頬張っていた。
 その彼がきゅうに、しみじみした様子で手にした肉塊をながめるのをみて、ウーバが、
「どうかしたの?」
「いや、もしかしたら、さっきのあの生き物も、だれかをたべさせるために、おれを襲ったんじゃないかとおもえて――」
「生きていくために、だれかが犠牲になるんだわ。あなたはこのうさぎからもらった命を、せいいっぱい生きていけばいいのよ」
 カイトは、気をとりなおして、ふたたび肉を口にはこんだ。
 ウーバがのばしてきた手のさきに、彼は口をつけた。指をすうとそこから、新鮮な水が口に流こんできた。ウーバがどこかの流れからくみあげてきた水を体内で浄化したものだった。彼女の体はさながら、彼の生命維持のための、貯水タンクのようなものだった。


 3
「それにしても、ほんとうにいつになったら、人間にめぐりあえるんだろう」
 満たした腹をさすりながらカイトは、あたりの広大な世界をみわたした。
 樹海のはるかかなたに、建物らしいものの輪郭がぼんやりみえた。廃墟となった都市だった。
 そのような廃墟は、地上のどこにでもみることができた。彼がまだ小さかったころの記憶では、廃墟のしめる割合はいまよりもっと広範囲にひろがっていた。しかしいまは、樹海のほうが勢力をひろめていて、建物群はだんだん拡大する一方の植物にのみこまれていくように思われた。
 人間が戦争で破壊した死の都市を、みかねて自然がうめつくそうとしている。
 樹海にとりかこまれた廃墟をみるたびにカイトは、いつもそんな感慨にうたれた。
 世界をむちゃくちゃにしたまま、この地上から退場していった人間の生き残りを、いったいどうして探さなきゃならないのだと前に、カイトはウーバに問いただしたことがあった。
「その答えは、カイト、あなた自身がみつけてちょうだい」
 そんな無責任な!
 と、そのときはウーバに咬みつきそうになった彼だったが、アンドロイドにこたえを求めることがそもそもまちがっているとちかごろおもうようになってきた。人間の問題は、人間の自分が解くべきなんだ。
「ねえ、ウーバ。一度あの、廃墟にいってみないか?」
「その理由は?」
「勘なんだ」
「勘………」
 ウーバは、きっかり二秒間の沈黙にふけった。
「あそこに、人間が、いると思うの?」
「そんな気がしてならない」
「じゃ、行きましょう」
「あっさり認めるんだね」
「人間の勘という、きわめてあいまいなもので、どんな結果が出るか、たしかめるのもわるくないわ」
「きわめてあいまいで、わるかったな。さっそく、でかけようぜ」
「だめよ」
 当然のようにウーバはとめた。パーツで動いたあとは、蓄積した乳酸を除去するためにも、最低でも二時間以上の休息が必要だった。
「しょうがない」
 ふてたように彼は、岩の上にごろりと横たわった。
 が、いきなり米つきバッタのようにとびおきたと思うと、空にむかって腕をふりまわした。
「ウーバ、あれ!」
 空いちめんに、こまかくちぎれた布きれのようなものがひろがっている。胴体の側面にひろがる膜をみるまでもなく、さっきの生き物が、仲間をつれてまいもどってきたのは明白だった。
 これだけの数をまえにしては、大声ぐらいではどうにもならない。
 カイトにもそれだけはわかった。
 はやくも、何匹かがよりあつまって、カイトのいる岩の塔に接近してきた。
 その連中が、あるところまでくるなり突然、まるでなにか固いものにぶちあたったかのように後方にはねかえった。あとからくる連中もつぎつぎと、はねかえされるのがわかった。
 ウーバが岩の塔の周囲にシールドをはりめぐらしたことを、ようやく落ち着きをとりもどしたカイトはしった。
「ウーバのシールドには、どんなやつだって入りこめやしないぞ」
 まるで自分のことのように彼は、有頂天になった。
 ウーバのほうは、わき目も振らずに、強烈なエネルギー波を出し続けている。非常なエネルギーのロスをまねくシールドの使用はいわば最後の手段だった。五分が限度で、すでに彼女の機能は低下しはじめているはずだ。さいわいなことに、目にみえない障害に恐れをいだいたのか連中は、はやばやとあきらめたように石の塔からはなれはじめた。
 ウーバはそれを確認すると、シールドを解除した。
「早いとこここから、離れたほうがよさそうね」
「あいつらまた、襲ってくるだろうか」
「襲ってこないと考えるのは危険よ」
 それは彼女のいうとおりだった。危険はないなどと思ったら最後、ここではいくら命があっても足りないことは、カイトも十分心得ていた。
 その彼も、まさかいまおもったことがすぐ現実のものになるとは、さすがに思っていなかった。
 足首にぎゅっとなにかがからみついたのは、目の下になにかのうごくのがみえた直後のことだった。
 下にひっぱる強烈な力に抵抗もできないまま彼の体は、大きくバランスを崩して岩の上から空中に飛び出していた。
「わあっ!」
 もんどりうって落下するカイトの目に、自分の足首をつかんでいるあの膜をもった生き物の姿がとびこんできた。シールドにはじきとばされた一匹が、岩をよじのぼってきたのだ。
 カイトはそいつともみあうようにしながら、まっさかさまに落下をつづけた。
 もうだめだとおもったとき、きゅうに肩に衝撃がはしり、がくんと彼の体は宙に停止した。あと地面まで数メートルというところだったので、彼の下にいたやつはたまらず大地にしたたか激突して完全にのびてしまった。
 カイトはそのまましずかに、地面に着地した。
「たすかったよ、ウーバ」
 そういってカイトは後ろをふりかえった。
 しかしそこには彼女の姿はなかった。
 手首から先の手だけが、空中にうかんでいた。
 カイトは岩の塔をみあげた。
 はるか上からウーバが、こちらをみおろしている。シールドで使い果たした大量のエネルギーが自動充電されるまでのあいだは、その場からうごくこともできない彼女が、とっさに腕をきりはなして、彼の命をすくったのだった。おそらく切り離す寸前に、体内のすべてのエネルギーを手にあつめたことはまちがいない。いまのウーバは、木のように動くことができないはずだ。
「ウーバ、おれのことなら心配するな。おまえがもとにもどるまで、なんとかやっていくから。だけど、それはいったい、いつになるのだろう………」
 とたんにこころぼそくなってきた彼の耳もとに、
「あと二日間」
 と手首に仕組まれたマイクから、ウーバの声がした。
「二日か」
 彼はいまいちど、空中にうかんでいるウーバの手をながめて、この手があるかぎり、なんとかなると自分にいいきかせた。
「カイト、なにかがちかづいてくるわ。すぐにそこから離れて」
 手はそういうと、彼に逃げる方角を指さしてみせた。カイトはすなおに、その忠告に従うことにした。
 

 四
 肉厚の植物が折り重なるように群生する樹海の下は、じっとりと湿って熱く、走り続ける彼のからだからたちまち汗がふきだした。足元からつぎつぎに、あわててとびだしてくる小動物に、彼はなんどもおどろかされた。いつ、もっと巨大で獰猛なやつがとびだしてくるかもしれないと思うと、逃げながら彼は泣きたい気持ちになった。
 その恐怖は、数秒後には現実のものとかわった。
 いきなりカイトの足が、ぬるぬるしたものにとらわれて、大きくまえにすべった。そのまま彼はざぶざぶと水のなかにはまりこんでしまった。沼だろうか。さいわいそこは浅く、たちあがった彼の膝辺りまでしか水はなかった。
「カイト、まえよ」
 するどいウーバの声に、はっとして彼は眼前をみやった。
 いきなり、星がせまってきた。そうみえたのは錯覚で、そいつは星の形をした怪物だった。無数の細かい足の中心には、丸い口のようなものがついていた。それがいっぱいにひらくと、なかから鋭いキバがむきだしになって、カイトにむかってきた。
  カイトは、とっさに後ろにさがった。とたんに足がすべって、水の中に尻もちをついた。その彼めがけて、おどろくべきはやさで星の怪物が襲いかかってきた。
 ウーバの手が固いこぶしとなって、怪物になぐりかかった。
 その手は怪物の体にめりこみ、つきぬけた。しかし、穴があいたところは、みている間にまわりからもりあがってきた肉で、みるまにもとどおりに復元されてしまった。ウーバの手はそれからも、めまぐるしくとびまわっては、怪物に攻撃をしかけた。
 が、なんど打撃をあたえて、穴をあけても、またすぐもとにもどってしまうのだった。
 ウーバの手はいったん怪物からはなれると、カイトにむかって、
「カイト、強い電気をながすから、水から出て」
 しかし水は奇妙にねばって、彼のからだをとらえてはなさなかった。
「だめだ、うごけない。ウーバ、このままで、電気をながせ」
「そんなことしたら、あなたまで感電死してしまうわ」
「どうしたらいいんだ」
 とほうにくれるあまりカイトは、まぢかかでおこったなにかを叩き折るような音に、まったく気がつかなかった。
「これにつかまれ」
 その声とともに、カイトは背中に、なにか堅いものがおしつけられるのを感じた。
 みるとそれが人の腕ほどの太さの木だとわかると、彼は夢中でそれにしがみついた。木は、強い力がくわわって、ずるずると彼を地面のほうにたぐりよせはじめた。
 カイトがすっかり水からあがったとき、いきなりまぶしい光が水面でさく裂し、白い煙にとりまかれた怪物の全身がはげしく痙攣しはじめた。ウーバの手が放った電気に感電したのだ。
 やがて怪物はばったりと水面に倒れた。
 カイトがその、もはや動くことのなくなった、いくつものあしにかおおわれた生き物を、ふしぎそうにながめていると、
「ヒトデの怪物だ」
 低い声が、そう教えた。
 いまはじめてカイトは、へし折った木で自分を沼からひっぱりだしてくれたものに目をむけた。
 おもわず彼は、あっと声をあげた。
 なぜなら、目のまえにたっているのは、二本の足と、両腕をもち、体のいちばん高いところに頭をつけた、自分とおなじ姿のもちぬしだった。
 人間………。カイトはしかし、その結論を下すのに、ためらった。なぜならいま目にしている相手は、青みがかった肌をしていたからだ。
「ウーバ、ウーバ。みえるか。これ、人間だろうか?」
 彼女の返事はどこからもなかった。
 彼は、沼にたおれたままの、巨大なヒトデのそばまでこわごわ歩みよった。
 まったく動く様子のないヒトデを、うらがえそうと、その星の一辺に手をかけたものの、びくともしなかった。
  いきなり彼の背後から、さっきの木がぬっとのびてきて、ヒトデの下にぐいとこじいれられた。
「手伝おう」
 そういうと彼は、足をふんばるなり、木のさきを肩にかけてえいと身をおこしすと、そのまま力をこめてまえにすすむにつれ、ヒトデはしだいにおきあがってきて、やがて腹をみせて裏返った。
「あった、あった」
 ウーバの手は、怪物の体にもぐりこむようにして突き刺さっていた。
 カイトが両手でひきぬこうとしたが、むりだとわかると、また彼が、横から手をさしのべてきた。ふたり力をあわせてようやく、ウーバの手はすっぽり抜けた。
「ウーバ、きこえるか?」
 よびかけても、返事がない。カイトはそれからも、ウーバの名を呼びつづけた。
 怪物を倒すために使った電気に、手のほうもダメージをうけたのだろうか。
 彼は自分の手を、ウーバの手の中にさしいれた。それはいつもパーツとして、はめているのだった。
「使えるぞ」
 彼はうれしそうに指をあけしめした。
 落ちていた岩のかけらを拾うと、にぎりしめる指に力をこめた。バキバキと音をたてて、岩は砕けおちた。
 その様子を横からみていた彼の口から、おもわずおどろきの吐息がもれた。
「それはおまえの武器か?」
「まあ、そんなところかな。さっきは、あぶないところを、ありがとう。おかげで、命拾いしたよ。ぼくは、カイトっていうんだ」
「ミドウだ」
「ミドウ、きみは、どこからきたんだ?」
 本当は、きみは人間かときくつもりだった。が、相手の、猫のような目をみると、そこまでつっこんだといかけができなかった。
「ここから西へ、一キロほどいったところからきた」
「仲間はいるのかい?」
「いる。おまえは、仲間はいるのか?」
「うん。いる」
 うそはいってなかった。岩の塔の上には、たしかにひとり、味方がいるのだ。
 ミドウは人間なのだろうか………
 それをたしかめるには、なにをきいたらいいのだろう。
 カイトが参考にするのは、これまでウーバからきかされてきた、人間の情報だけがたよりだった。
「これから、どこへいくつもりだ?」
 ミドウがきいた。こんな危険なところを、ひとりで。と、つけくわえたかったのではないだろうか。
 カイトは長い間考えてから、答えた。
「しらべているんだ」
「なにを?」
「この地上にすんでいた、人間ののこしたものを」
「人間の、のこしたもの………それは、なんだ?」
「それがなにかは、まだみつけてないから、わからない」 
 いつのまにかウーバの口ぶりがうつっていることに気づいてカイトは、おもわず吹き出しそうになった。
「いくらおまえにその手があっても、ひとりで樹海をいくのは、かんがえものだぞ」
 それはカイトが一番しっていた。ウーバのパーツを全部見にまとっていたとしても、百パーセントの安全が保障されるわけではなかった。
「だけど、しかたがない」
「なんなら、おれたちのところに、こないか?」
 そこがはたして安全かどうか。いや、それどころか、このミドウにしても、まだ敵か味方か、はっきりしないのだ。
 いつまでもだまりこくっているカイトをみて、ミドウはそっけなく、
「いやなら、こなくていいんだぜ」
「いくよ」
 ミドウがなにもので、なにをたくらんでいるかはわからなかったが、自分ひとりではなにもできないことをカイトはしっていた。ウーバが回復するまでの二日間さえしのげば、あとはなんとかなる。彼は決心した。
「よし。それじゃ、いくぞ」
 ミドウはさきにたって、あるきはじめた。

                           次回に続く


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