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堀田実さん

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浅草の偶然な煙突と数学的な救い

13/04/14 コンテスト(テーマ):第二十八回 時空モノガタリ文学賞【 浅草 】 コメント:0件 堀田実 閲覧数:1688

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 世の中に絶望した青年・潔志朗は東京の浅草という下町に住んでいて、あとの人生をどうやって死んでいくかを考えながら毎日過ごしていた。まだ19歳になったばかりなのに20歳までには死ぬと決め込んでいた彼は早くも人生の総決算をはじめようとしているのだった。
 上野にあるショッピングセンターでロープを買って上野恩賜公園の雑林でこっそりと首を吊って死ぬか、身元がわからないように所持品をすべて処分したあと線路に飛び込むか、あるいは両足に重石をくくり付けたまま思い切って隅田川に飛び込むか、色々な方法を考えながら毎日を過ごしていた。
 潔志朗は同郷育ちの尊敬する芸人ビートたけしが語っていた「いつも生きることと同じように死ぬことを考えながら生きてる」という言葉に感銘を受けてそれを実践しているだけだった。ごはんを食べる時も死を思いながら食べて寝るときも死を思いながら寝た。しかし若い時の習慣は心に根付いてしまうもので、彼の場合は生きるよりも死ぬことを考える時間の方がずいぶんと長くなってしまっていたのだった。
 というわけで今日も彼は生きながら死ぬことを考えている。どうせなら華々しい死に方をしたいという思いと、ひっそりと猫のように死んでいきたいという思いが交錯して余計彼を悩ませた。その無駄な悩み癖のためにがんばって作った友人もすぐに気味悪がって離れていってしまうし人生つまらなかったが、いつか人は死ぬのだから次第にそんなことはどうでも良くなっていた。
 浅草という都心にありながら家賃わずか4万円という倉庫のように汚く狭いアパートで暮らしていると、類は友を呼ぶというが、ここに集る住民はすべからく潔志朗のようにおかしくて滑稽な人間たちであるということがわかる。40すぎになっても緑のモヒカン頭の男や、何も食べてないように痩せている骨男、それにいつも頭にフケを乗せ鋭い体臭を撒き散らす不潔男、まるで見世物小屋の奇人のような住民たちが集っているのだった。
 ある日共同キッチンでモヒカン男に出会うと潔志朗は「どうせ死ぬ身。今日でこの男に会うのも最期だ」と思いながら死ぬ決心をした男の余裕のある笑みを浮かべて会釈した。すると何かを感じ取ったのかモヒカン男は言った。
「俺たちは夢のために生きてるんだ。そして夢のために死んでいく。世界はまるでおとぎばなしのようさ」
それから話は30分以上続いたが結局は同じ話を繰り返しているだけだった。
 次の日、同じようにキッチンで湯を沸かしていると骨男と偶然出くわした。笑みを浮かべながら会釈すると何かを感じ取ったのか骨男は言った。
「俺はどれだけ食べないで生きていけるか実践している。人は修行を積めば太陽の光だけで生きていけるようになるんだ。」
それから話は1時間ほど続いたが危ない宗教に誘われることはなかった。
 また次の日には体臭男と出くわした。彼が近寄るとただちに周囲の空気が変わるのですぐにわかったが、当人は自身の体臭に気づいていないようだった。会釈すると彼は言った。
「ボクは正直に生きるようにしてる。自分に嘘はつかない。ボクはお風呂が面倒だし外に出るのも面倒だって思うからしない。でもこれがボクの個性だし本心なのに誰も認めてはくれないんだ」
彼は嘆いたり怒ったりしながら言うのでトイレに行くふりをして逃げた。

 ところが次の日になると彼らはみんな姿を消した。まるでちらかった子供の部屋を綺麗に掃除したみたいに、しーんと辺りは静まり返ってネズミの歩く足音すら聞こえなくなった。「どうしたんだろう」と、気になって外に出てみてもそこには静かな世界が広がっているだけだった。まるで潔志朗だけを残して世界中の人すべてが天国に昇ってしまったように誰もいないしただ奇妙に銭湯の煙突から湯気がひらひらと揺らいでいるだけだった。
「願いが叶ったんだ」その時潔志朗は思った。「人間なんて哀れなだけだって、生きていても意味がないって思ったから神様が願いを叶えてくれたんだ」
 そして潔志朗は煙突を登りはじめた。煙突にかかる足場を一つ一つ踏みしめながら上へと進んでいった。そしてついに頂上に立つと空を見上げて言った。
「これでやっと心置きなく死ねる。僕が死ぬと誰かに迷惑がかかるのが嫌だから死ねなかったけど、これで葬儀代も遺体撤去費もかからない」
そういうと煙突の中に飛び込んだ。
 しかしそれはすべて彼の思い過ごしだった。なんとアパートを出てから銭湯の煙突を上るまでの11分間、彼視界に入るすべての人間が一切外出していない、ただ数学的に偶然な瞬間なだけだった。彼が煙突を飛び降りた刹那すべての音は元に戻り日常を取り戻していた。ただ一つ変わった事は、世界の中の極一部である彼の体が燃焼して灰になったということだけである。


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