mikkiさん

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12/04/21 コンテスト(テーマ):第三回 時空モノガタリ文学賞【 端午の節句 】 コメント:2件 mikki 閲覧数:2271

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がちゃり

音が玄関から聞こえて、鍋から顔を上げる。
チャイムを押してくれればいいのに。

「ただいまー」

ようやく聞きなれた声。
一緒に暮らして早四ヶ月。
知り合ってようやく一年半。

「おかえりなさい」

台所の脇の廊下をまっすぐに歩く。こちらを見ることなんてない。
私も鍋に視線を戻す。

友達と集まっているときに
『お見合いして専業主婦になるの』
とか言ったらみんなに羨ましがられた。
それで、最終的には『杏奈はお嬢だからね』。

頭痛に片眉をあげながらお煮しめをつつく。菜箸の先っちょをなめて、みりんと醤油を加える。隣のコンロでぶつぶつ水泡に押されては浮く生姜焼きを裏返す。奥のコンロで味噌汁が茶色いメレンゲになって溢れてくるのを慌てて止める。
頭が痛い。
すでにテーブルに着く彼。テレビではバラエティ。

「お、美味そうだね」

「いただきます」

両手を合わせて、彼が箸を取る。
食欲のない私はなんとなく食べているふりをしながらそれを見ている。
おかずを取り、白飯を口に運び、テレビに視線を向け、笑う。

家政婦ならマシだ。
ここにいる私はなんだろう。家事ロボット?

頭が痛い。

「いってきます」

翌朝いつも通り彼が出かけていく。
ふと靴箱の上の飾りが目につく。
四月も終わりだというのに桜のガラス細工が置きっぱなしになっていた。
掃除機をかけ、洗濯機を回し、戸棚から大きな箱を取り出す。
中には季節毎の飾りが入っている。
三月はお手製のひな人形。その隣に桜をしまい、陶器で出来た鯉のぼりを玄関に飾る。

洗濯物を干す。
そうすると引っ越しの片づけが済んだばかりの部屋はきちんと整列していて、私なんていなくてもいいのだと言う。
私はリビングで膝を抱えて丸くなる。

頭が痛い。


「ただいま」
フライパンで熱したバターが黒くなっているのにはっとする。
慌ててサーモンを投入したがどうも黒くなってしまう。
奥のコンロでオニオンスープがぐらぐらゆだっている。右側のコンロではブロッコリーがお湯の中で激しく踊っている。
向こうでテレビの音がする。

私は、頭痛の向こうで耳鳴りを聞く。

こんなんじゃだめだ。また、嫌われてしまう。

広々としたリビングで、膝を抱えたまま横になる。
私はいるんだろうか。本当にここに存在してるんだろうか。
杏奈、なんて可愛い名前を付けて、両親は私をお人形のように可愛がった。
自分たちの好きな服を着せ、付き合う友達も制限した。
門限は八時。逆らったことなど一度もない。
社会的にも地位のある、立派な父。完璧に家事をこなす母。
鏡を見て、思った。
私、お父さんとお母さんの望んだ子供でいられてる?
両親に嫌われるのが怖くて、いつもにこにこしていた。
特別美人でも、頭がいいわけでもない。
立派な両親に、私という娘は、釣りあえてる?

怖い。

それは脳みそから一粒ずつこぼれては、胸に波紋を広げてきた。

一年半前、父と母が私を座らせて言った。「そろそろ結婚した方がいいだろう」

私、なんかしでかしちゃったんだ。
もう嫌われたしまったんだ。
それじゃぁ私なんて、私なんて、私なんて、
「杏奈!」
激しく揺すられて目が覚める。
「どうした、震えてる。どこか痛い?病院行こう」
「いい!!」
抱きあげられる。
「いや、やめて!」
病院、病院、父のいる、病院…
思い出す。何度も頭痛と倦怠感で検査を受けた。何度調べてもどこも悪くなかった。
…精神的な、ものだった。
「やめてやめてやめて!」
父の落胆した顔。
怖い怖い怖い…
抱きあげられたまま大暴れをして、彼はついに玄関で私を下す。
「どうした、辛いなら先生に診てもらって方が…」
「なんでもないの、どこも悪くなんてないの、いつものことなのヘーキなの!」
ぎゅぅっと急に抱きしめられた。お尻の下でフローリングが冷たい。
「…知り合って、間もなく結婚してしまったけど、杏奈は僕の家族だよ」
心臓が重なってるのを感じる。
「無理しなくていい。いつも頑張ってるのを知ってるから」
「…だって、家事が、私の仕事よ?」
「仕事ったって、家政婦さんじゃないんだ。好きなペースでやればいい」
涙で玄関の扉がにじんだ。
「もうすぐGWだし、旅行に行こう」
「うん」
「館林で鯉のぼりの里っていうのやってるんだ。昔見に行ってね」
「うん」
「…忘れてたよ。玄関を見るまで」
視線を動かすと陶器の鯉のぼり。
「こどもの日って、GWにあるんだな」
微かに笑った胸の振動が、ゆっくりと伝わってくる。


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このストーリーに関するコメント

12/04/22 かめかめ

ええ旦那さんやあ。
時間がかかっても、きっと杏奈は健康になると思えます

12/05/10 ゆうか♪

拝読させていただきました。

複雑な心理状況を「静」と「動」を使ってうまく書き分けてあると感じました。
最後のシーンで、ほっ♪と。

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