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小さな無情

13/04/12 コンテスト(テーマ):第二十九回 時空モノガタリ文学賞【 手紙 】 コメント:1件 多々 閲覧数:1552

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 ―今日は、学校の現代文の授業で『セメント樽の中の手紙』を読みました。―

「ぷろれたりああと。」
新しい単語との出会いに、口の中で呟いて思いを馳せる。プロレタリアート。

 ―プロレタリアートとは、労働者階級、無産階級のことだそうです。私たちの生まれるずっとずっと前、プロレタリアートの上にはブルジョアジー、有産階級と呼ばれる市民がいました。それを自覚し、感情を表現したものがプロレタリア文学なのだと授業の中で先生が言っていました。他にもまだ言っていたけれど、ペンが追い付かなくて。ノートに書くことができたのはここまでです。あまり覚えていないので詳しい説明を書けなくてごめんなさい。話を戻すと、『セメント樽の中の手紙』はプロレタリア文学なのだそうです。―

「笠山さんまだ授業のノート見てるの、ミカ今日寝ててノート取ってなあい。」
キーホルダーの沢山ついた鞄を肩に掛けて立ち上がったミカちゃんが、私のノートを覗き込んで言う。ノートから顔を上げてミカちゃんの顎の辺りに目をやる。薄桃色の綺麗な形をした唇の両端が上手に上がっている。返事をしないでいるとつまらなそうな顔をして、短く折ったスカートを翻して行ってしまった。ミカちゃんは、美人だ。無邪気で綺麗な人だ。

 「ぶるじょわじい。」
今日習ったもう一つの新しい単語を呟く。ブルジョワジー。

 ばたばたと廊下を駆けていくミカちゃんとその友達の姿を眼で追いかける。
「あ。」
その中の一人と目が合った。その子が隣の子に語り掛け笑う。教室のドアから見えなくなった。
「見てんじゃねえよ!」
見えなくなった瞬間、大きな声が聞こえた。侮蔑と笑いを含んだその声は私と目が合った子のものだった。くすくすと笑いあう声が聞こえる。ちょっと、聞こえるよ。いいよ、どうせなんも言ってこないし。笑いながら会話する声が聞こえる。

―『セメント樽の中の手紙』は、無産階級の女の人が恋人がセメントになってしまったと手紙を書いて出す話です。そちらの学校でも同じ教科書を使っているといいのだけど。…とにかく、話の中の無産階級の女の人は手紙を出すだけです。声もあげず、同じく無産階級のセメントになってしまった恋人がどうなっていくのか見たいと願うだけです。無産階級の人にとってそれが当たり前で、プロレタリアートとしての自覚も要求もないのだということなのだと思いました。―

 引き出しの中の荷物を丁寧に鞄に仕舞い、後ろの席を振り返る。少し前まで、私の後ろの席には友達が座っていた。

―セカイには、階級があります。有産階級はミカちゃんたち。善であれ悪であれ、セカイに何かを生み出せる力を持っています。私たちは無産階級です。声はセカイには届きません。ミカちゃんたちのような綺麗な顔も、上手く立ち回れる要領も、男の子たちの目を惹いて離さない引力も持っていません。
 私の親友は学校へ来なくなりました。『セメント樽の中の手紙』を読んだ日、私はこの手紙を書いて机の引き出しに入れておくことにしました。私は明日転校します。転校することは誰にも言っていません。言う友達を私は持っていません。
 先生へ聞いたところ、この机はいらない机をしまってある倉庫へ運ばれるとのことでした。手紙が入っていることを気付かれないまま何年も時間が経って、手紙の入った手紙が海外の貧しい学校へ寄付されてしまえば良いと思います。
 もう気付いたかも知れませんが、これは私からの『セメント樽の中の手紙』です。クラスというセカイのプロレタリアートからの手紙です。読んでいるあなたがブルジョアジーでないことを祈ります。読んでくれてありがとう。見つけてくれてありがとう。―

 
書き終わった手紙をテープでしっかりと引き出しの中の天板に貼り付ける。
席を立つと、私はその小さな無情だらけのセカイを後にした。



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このストーリーに関するコメント

13/04/12 堀田実

多々さん
読ませて頂きました。
いや〜、発想が面白いですね。
クラスの中に階級を見るという点では話題になった『桐島、部活やめるってよ』に似てると思いました。
最近の若い人はこういう世界の見方するのかなぁと思いながら読んでました。
「ぷろれたりああと」っていう音としての響きと意味と主人公を取り巻く現実の重なり合いが良かったです。

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