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そらの珊瑚さん

🌼初めての詩集【うず】を上梓しました。  (土曜美術出版販売・現代詩の新鋭シリーズ30) 🌼小説や詩、短歌などを創作しております。 🌼作品を置いています。よろしかったらお立ち寄りくださいませ。 「珊瑚の櫂」http://sanngo.exblog.jp/14233561/ 🌼ツイッター@sangosorano 時々つぶやきます。 🌼詩の季刊誌(年4回発行)「きらる」(太陽書房)に参加しています。私を含めて10人の詩人によるアンソロジー集です。アマゾンでお買い上げいただけます。      ✿御礼✿「馬」のオーナーコンテストにご参加いただきました皆様、ありがとうございました。

性別 女性
将来の夢 星座になること
座右の銘 珊瑚の夢は夜ひらく

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7

浅草心中

13/04/12 コンテスト(テーマ):第二十八回 時空モノガタリ文学賞【 浅草 】 コメント:11件 そらの珊瑚 閲覧数:2587

時空モノガタリからの選評

最終選考

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 かえで姐さん、と呼びかけるとうっすら両の目を開けるものの、黒目の焦点は定まらず、くうを泳いでいる。もはやあちらの世界を映しているのやもしれない。
「絹です。早く元気になってくださいませ」
 思えばまだ私がかぞえで十(とお)の禿(かむろ)の頃、かえでは吉原随一と歌われた美貌の花魁であった。客のない夜は同じ布団で姐さんの腕に抱かれて眠り、どれだけ母のいない寂しさを紛らわせたかしれない。
 まったく理不尽なこと。あんなに美しく優しかった姐さんが、今は暗い北向きの湿った布団部屋でやせ衰え、もはや、明日をも知れぬ命なんて。吉原のあるここ浅草は元は湿地帯を埋め立てた地で、年がら年中じめじめしている。
 きっかけは堕胎であった。どうせ産んでも育てられない命なら、と吉原では日常茶飯事の出来事であったが、姐さんはそのあと床につき寝付いてしまった。
 おそろし。身寄りのない吉原の女郎が死ねば、浄閑寺へ葬られてお仕舞。通称『投げ込み寺』墓に参る人もなく死んだあとも孤独に過ごす。おお、いやだ。私は絶対ここから出てみせる。
     ◇
 おまえも籠の鳥なのだねェ。羽根はあるのに自由に飛ぶことは許されない。私はりゅう様からもらった南蛮渡来という赤や黄、緑のきらびやかな鳥に話しかける。綺麗なべべを着て着飾り、吉原という籠の中でしか生きられない女郎もしかり。
札差(ふださし)のせがれ、富屋龍之介。勇ましい名前に不釣り合いな優男で、私の間夫(まぶ)。初めての恋だった。りゅう様の前だけは、私はひとりの女になった。男を喜ばすための手練手管、これみよがしのよがり声、そんな嘘八百を忘れることが出来た。これが、私の真実。私の恋。私は恋の悦びを知ってしまった。そんな風にして裕福な家に育ったりゅう様と恋仲になったのが一年ほど前。親に身請けを頼んでみると約束したのがひと月前。それからとんと音沙汰がない。さては親から金を引き出す算段に失敗したか。そもそも身請け話など口からでまかせだったのか、とっくに私のことなど忘れて他所の店で遊んでいるかもしれない。金払いのよい見栄えのするりゅう様が女にもてないはずはなかった。ギリギリ……。歯ぎしりして自分うちに沸き起こる黒いものをこらえる。そうでもしないと目の前の鳥の首を絞めてしまいそうだった。このままでは狂ってしまうかもしれない。いや、いっそその方が楽になれるのではないか。なんと恋とはおそろしいもの。
 それからしばらくのち、やっとりゅう様が訪ねてくれた。面差しはすっかりやつれている。「りゅう様、何かありましたの?」それがよくないことであることは聞かずともわかった。「大変なことをしでかした。親父を、親父を殺めてしまった」親殺しは死罪。
「おれはもうおしまいだ」青ざめて泣く、その男の顔を心底美しいと思う。女郎なんて替えのきく玩具じゃないか、と父親になじられ、私を身請けする話など鼻であしらわれ、そんならと、店の金を盗もうとしているところを見つかった。最初に刃物を持ち出したのは父親だという。揉みあっているうちに何をどう誤まったのか、気づいたらそれは父親の腹に深くささっていた。嗚呼苦労知らずのボンが、私のためにとんでもない罪を背負い込んでしまった。
 どうせ死罪になるのなら、ふたりで死にましょか。あの世で幸せになりましょう。愛しい男のためにこの命を捨てることになんのためらいもなかった。私は針箱から赤い糸を取り出し、自分とりゅう様の小指とを白くなるまできつく結んだ。
 おあつらえむきに月のない夜だった。手に手をとって店を抜け出し大門をくぐる。浅草土手を転げるように走る。夜風が甘い香りを運んでくる。それはどこから吹いてくるのだろう。一年中花が咲き乱れるというあの世だろうか。死出の旅というのに不思議と怖さはなかった。東屋の所有する猪牙舟(ちょきぶね)が今戸橋のたもとにつながっている。河原で大きめの石ころをいくつか拾い、ふたりして着物の袂へ入れてから舟に乗り込み、隅田川を下った。
 海へ出るとりゅう様は私をしっかりと抱き舟べりを蹴った。絹。りゅう様。どぼん。そのまま暗い海を落ちていく。苦しくなって吐いた息が光輝く玉のように浮かんでいく。なんて綺麗。その時だった。りゅう様が私を投げ、ひとり海面へと上っていく。袂から石を投げ捨てながら。指先に痛みが走る。みればゆわいた小指が引きちぎれ、代わりにそこから赤い血が糸のように立ち上っている。私の小指を連れてりゅう様が離れていく。しょうもない、やっぱりボンだわ。あとほんの少しだけなのに。苦しさを我慢できなかったのね。それでもそんな男をやっぱり愛しいと思う。
──先に行ってお待ちしています。ああ、やっぱりあの鳥を殺めておくんだった。ひとりで待つのはさみしい、じゃ、ない、か……。


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このストーリーに関するコメント

13/04/12 そらの珊瑚

イラストはQさんからお借りしました。

✽禿……遊女見習いの十歳くらいの童女のこと。

✽間夫……遊女の情夫。

✽札差……米の受け取り・運搬・売却による手数料を取るほか、蔵米を     担保に高利貸しを行い大きな利益を得た。

13/04/12 草愛やし美

そらの珊瑚さん、拝読しました。

結ばれるはずのない恋と覚悟していた身に、降って湧いたような夢話。諦めたはずなのに、望みを持ってしまった女が悲しすぎます。最後のオチが効いています。

儚く、そして残酷なまでに美しい世界。2000文字なのに、その切なさをたっぷり描ききった秀作だと思います、ありがとうございました。

13/04/12 泡沫恋歌

珊瑚さん、拝読しました。

なるほど、女郎と間夫の壮絶な恋物語でした。
私も以前に花魁物を書いた時に心中について調べました。
遊廓では心中が多くて、特に客の道連れ心中が多いので女郎はそれに
脅えていたらしいです。
失敗したら、晒し者にされますからね。

時代小説いいですね。とても良い雰囲気だったと思います。

13/04/12 クナリ

一つ一つの段落は長めなのに、一人称の言葉のリズムがすごくよく、あれよあれよと読み進められました。
主人公は、思い切りがよく、情も深い、とても魅力的な女性ですね。
最後に男に恨み言のひとつも言わない潔さが、とても印象的でした。

13/04/13 そらの珊瑚

草藍さん、ありがとうございました。

哀れな遊女が、恋によって身を滅ぼしてしまう、それは不幸なことなのでしょうが、本人にとってはたったひとつの幸せな出来事だったのではと思います。

13/04/13 そらの珊瑚

恋歌さん、ありがとうございました。

無理心中みたいなのも結構あったようで。
拭いても拭いても取れない血飛沫の部屋、みたいなホラーな話に
ことかかない世界ですね。

13/04/13 そらの珊瑚

クナリさん、ありがとうございました。

一人称で書くときは、どれだけ乗り移って書けるかが勝負だと思っています。なのでリズムがよいと言っていただけて嬉しいです。
最期はどうしようかと迷いましたが、恋の魔法がかかったまま、旅立させてあげました。魅力的な女性と言われて、きっと喜んでいます。

13/04/21 鮎風 遊

浅草らしい、なにかテンポの良い話しでしたね。
新鮮な言葉が一杯で、面白かったです。

13/04/22 くまちゃん

なんて悲しい最期でしょうか。
無念の気持ちで逝くなんて 嫌でござんす!
せつないお話ですね。

13/05/07 そらの珊瑚

鮎風さん、ありがとうございます。

うじうじと悩まない、きっぷのよさと申しましょうか、そんな絹のようにテンポよく書けていたとしたら嬉しいです。

13/05/07 そらの珊瑚

くまちゃん、ありがとうございます。

もしかしたら絹はこうなる結末をどこかで予感していたのかもしれません。それでも恨むことさえしない、彼女の美学だったのかもしれないと思います。

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