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クナリさん

小説が出版されました。 『黒手毬珈琲館に灯はともる 〜優しい雨と、オレンジ・カプチーノ〜』 マイナビ出版ファン文庫より発売中です(表紙:六七質 様)。 http://www.amazon.co.jp/dp/4839958211 twitterアカウント:@sawanokurakunar

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将来の夢 絵本作家
座右の銘 明日の自分がきっとがんばる。

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Solitary desertion

13/04/11 コンテスト(テーマ):第二十九回 時空モノガタリ文学賞【 手紙 】 コメント:13件 クナリ 閲覧数:3405

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あの日から、何年経っただろう。
あの古い水族館が取り壊されると、私は地元の情報誌で知った。
遂にあの手紙が窮屈な暗闇から開放されると思うと、つい、羨ましい、と思った。

私が高校生の時だった。
私と級友のチナツは、それぞれの彼氏だったアキラとトワ君と共に、四人で日曜日にあの水族館へ遊びに行った。
なぜあんな寂れた所を選んだのかは覚えていない。ただ、楽しくて仕方が無いような所へ行くのは、あの時のチナツには耐えられなかったのだろうとは思う。
チナツ達とは現地待合せだったので、行きの電車の中はアキラと二人だった。
「トワ、別れることにしたらしいぜ」
突然車内でそう言われ、私は激しく動揺した。
「何で」
「トワが真面目だからだろ。あいつ、他に、さ」

駅に着き、水族館で四人が揃うと、私は平静を装いながら皆と入場した。
他のお客はほとんど見当たらない。レンガを模した水色の壁を伝い、青魚ばかりの水槽をなぞって、どこか会話を空回りさせながら私達は歩く。
その嘘くさい平穏を変調させたのは、チナツだった。
「二人ずつ、別れて回ろうよ。一時間後に集合で」
それで私達は、二人ずつ左右に分かれて歩き出した。
「チナツは別れたくないらしいけど、トワはもう決めたってよ。きょうだって俺らをダシに無理矢理引っ張り出されたみたいだし」
トワ君達と離れてからアキラが言い、何も言えないでいる私に、更に続けた。
「俺らも今日で別れようぜ。そしたらトワ、多分お前に告白するよ。良かったな」
思わず足が止まる。もしかしたら、鼓動さえ。
「何も言うなよ。お前、自分で思うより解り易いんだよ。嘘もほんとも、聞きたくないから言うな」
そう言って、アキラは早足に道の先へ消えた。私は体の力が抜けて、横のベンチにくらくらと座った。
と、聞きなれた声が届いた。チナツ達だ。ベンチの少し脇の壁沿いに、二人でいる。丁度柱の陰になった私には、気付いていなかった。
「これ、読んで」
そう言ってチナツは、薄ピンクの封筒をトワ君に差し出した。
「言いたいこと、全部書いてあるから。メールで書こうとしたら、書き直せるもんだからきりが無くて、結局手紙にしちゃった。あたしの気持ちがちゃんと伝わったら……、できれば考え直して欲しい」
トワ君が受け取る。
「ちょっと、顔洗ってくるね」
チナツが離れて行く。泣きに行くのだろう。
トワ君は少しの間封筒を見つめていた。
ここのレンガ状の壁には幾つか合わせ目があり、そこはごく細い隙間が空いている。トワ君はその隙間のひとつに、封筒を差し込んだ。
ピンクが完全に水色の中に埋まった。これでは建物が取り壊されない限り、誰の目にも触れないだろう。
その時、私とトワ君の目が合った。彼は表情も変えずに、チナツが行った方へ歩いて消えた。
一時間後に合流した時には、全員が何食わぬ顔をしていた。

現地で解散し、私とアキラは同じ電車に乗って帰った。アキラが降りる駅に着くと、彼は赤い目をして、
「今までありがとな」
そう言い、人波に消えた。ドアが閉まり、車輪が回り出す。
あっけなく一日は過ぎていくのに、私達の感情は水族館の中に囚われたままだった。
私は、私を好きな人といれば幸せになれると思ったから、アキラと付き合った。友達に幸せになって欲しいから、トワ君を諦め、チナツを応援した。全員がそれで、幸福を手にするはずだった。
なのになぜ、今、誰も幸せではないんだろう。
トワ君が私に告白するというのは、本当だろうか。そうしたら、私は今より幸せになれるんだろうか。
自分の幸せの糸が、誰かの不幸せに直接繋がっていて、その間に何も無いせいでごまかしようが無いなんて、絶望的すぎる。
いや、何も無い訳じゃない。邪魔なことに、心だけはそこにある。
何も無ければ諦めがつくのに、よりによって心だけしか無いなんて。

封筒を壁の隙間に入れたトワ君を見た時、私は、彼を軽蔑するべきだと思った。そんな人間は嫌いだと思おうとした。
けれど、壁からの反射光で淡い青に染まった彼の指先は、ピンクの封筒に映え、とてもきれいだった。その時彼の頬を伝った傷のような涙も、どうしようもなくきれいだった。
好きになるべき人を好きになれず、嫌いになるべき人を嫌いになれない。幸せになろうとすると不幸が着いて来て、不幸を追い払うと一番欲しい幸福も消える。
だからこの日、四人が四人とも泣いていた。
電車のドアに映った私の頬も、薄情で無力な涙が伝った。
その後、トワ君が私に告白することは無かった。

あれから月日は過ぎ、あの手紙も解放される。
けれど私はこれから先も、きっと幸福に出逢う度、あの日の狭間に置き去りのままの、私達の涙にも出逢うのだろう。
それは、あの、きれいな青白い人影の記憶と共に。
今日までがそうだったように、これからも、ずっと。



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このストーリーに関するコメント

13/04/11 光石七

誰も悪いわけではないのに、なぜかうまくいかないのが恋愛ですね。
切なさが胸に迫るお話でした。
誰の目にも触れないまま数年置き去りにされた手紙が、4人の関係を象徴しているように思いました。
でも、手紙は解放されても涙の記憶はなくならない。
主人公が忘れることはないでしょうが、乗り越えられるだけの幸せに出会えたらいいなと思いました。

13/04/12 鹿児川 晴太朗

拝読いたしました。

2000文字でこれだけ真に迫るリアルな恋愛模様を描写することができるのはすごいと思いました。無理矢理なハッピーエンドになることはなく、けれど手紙を中心に綺麗に物語がまとまっていて、とても素敵だと思いました。
そして「自分の幸せの糸が、誰かの不幸せに直接繋がっていて――」という表現に、妙に説得力を感じました。とても重厚な表現で好きです。

13/04/12 草愛やし美

クナリさん、拝読しました。

お互いが、お互いを思いやりすぎて……、手紙がその心を封じ込めてしまったかのように感じました。クナリさんの表現のうまさに、何度も唸りながら読み終えました。(笑)
2000文字という制限された文字数なのに、恋に戸惑う若者たちの、心の軌跡や時の流れなどが集約されている、いい作品だと思います。

13/04/12 泡沫恋歌

クナリさん、拝読しました。

こういう繊細な心理描写が上手いですね。
読まれなかった手紙・・・それは、読まない方が良い手紙だと思う。
傷口を広げるくらいなら、触らない方がいいんですよ。
終わった感情はどんなに努力しても元には戻らない。
この四人のフラグは最初から「不幸」が立っていたんでしょうか。

13/04/12 クナリ

光石さん>
なんででしょうねー、上手くいかないんですよねー。
恋だの愛だのは、ものを見る基準が善悪とか良不良では、永遠に正解にたどり着けないんでしょうねー。
死ぬまで失敗していくような気がしますねー。
まあ、「成功」「失敗」でくくろうとするのが間違いなんでしょうねー。
わかってるんですけどねー。
……何、このレス(^^;)。
なお、この主人公、手紙に羨望のまなざしを向けていますが、「モノに嫉妬する」はリアルのクナリの悪癖です(病気)。

鹿児川さん>
ありがとうございます。
リアルでしたかッ。
楽しんでいただけて何よりです。
「自分の幸せの糸が〜」と「好きになるべき人を〜」の独白は、ちょっと邪魔かなあと思っていたのですが、評価していただけてうれしいです。
人の迷惑にさえならなければ、みんな自分の想いに猪突猛進できるんですけどね。やんなっちゃいますね。


草藍さん>
ワーイめっさ褒められてるー。
ありがとうございます!
もう、煮え切らないティーンエイジャを書く時が一番楽しいですからね。
メールだと大まかな内容くらいはタイトルと冒頭表示で見えてしまいますが、手紙は開けない限りまったく中身がわからないので、より強く「読まん!」という受け手の意思が表示できるアイテムだと思いました。
もう、もやもやした十代を書くのに最適!(←おい)

13/04/12 クナリ

泡沫恋歌さん>
お褒めの言葉うれしいです、ありがとうございます。
書いてる人間はがさつなので、文章上はがんばって繊細に表現して以降と思います。まる。
このトワみたいな人がいたら、最低だけど勇気はあるなーと思います。
自分の傷口なら、いっそ広げてその奥が見たくなるんですけどね。
恋愛感情が冷めても、それでも大切な相手というのはいますから、その人の傷は小さいままにしてあげたいですよね。
…たぶん、クナリの中で、「恋愛」≒「不幸」なんですよ。
好きな人と結ばれても、そのせいで生まれる不幸もありますし。
…ヤだな(^^;)。

13/04/13 そらの珊瑚

クナリさん、拝読しました。

4人の糸がなぜかうまく結ばれなかったのですね。読まれることのない手紙が暗い壁のなかに何年も置かれているって、切なさをさらに盛り上げていると思いました。。
ところどころに散りばめられた詩的な表現も素敵でした♪

13/04/13 クナリ

そらの珊瑚さん>
はい、上手く結ばれませんでしたッ…。
読まれない手紙、切ないですよねー……。
切ない系の話を書くときは、無粋さが読むときに邪魔にならないように、なるべくきれいな文体にしようとしているので、上手くいっていればうれしいです。


13/04/14 クナリ

はぐれ狼さん>
タイトルについては、ちょっと意訳気味に「置き去りの孤独」くらいで読んでやってください。
一応辞書引いたんですけど、ニュアンスがこれで正しいのかはわからない…「頭がよくて賢い」にクレバー(ずるがしこい)を使っちゃいけないと知ったのは高校でてからですからねッ…。

毎回毎回、テーマを主眼ではなく脇役に使っているものですから、自分でもこんな盛り込み方でいいのかなあと不安にはなるんですけど。
でも、そういう時の方が読んでくださった方からはほめられることが多かったりして。
難しいですね〜。

13/04/15 クナリ

メガネさん>
ありがとうございます。
読後感については、意外にほめられることが多いので、何気に自分の長所なのかなと思っております。勝手に。なのでうれしいです。
片仮名の名前については、読み方をスッと伝えたいからなんですよね。
たとえば「千夏」と書くと「チナツ」か「チカ」かわからないので。読み方をかっこ書きするのも何だか邪魔っぽいので…。
生意気ですみません…。ご指摘、ありがとうございました。

13/05/28 クナリ

凪沙薫さん>
ありがとうございます。
自分も凪沙さんの『カフカ』を読んで、美しい文章を書かれると思いました。
その凪沙さんにそう言っていただけて、光栄です。
自分では書き終わった後、「地味だッ…」と思っていましたので、そのように評価していただけてうれしい限りであります。

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