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名無さん

名無 ななと申します。よろしくお願いします。 スマホからの投稿なので、読みにくかったら申し訳ないです。

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父への手紙

13/04/09 コンテスト(テーマ):第二十九回 時空モノガタリ文学賞【 手紙 】 コメント:4件 名無 閲覧数:1812

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 病室に、白々とした春の陽が射し込んでいる。桜は満開を少しすぎ、若葉が出番を今か今かと待ち構えている。芽吹きの季節とあちこちで浮かれる声が聞かれるが、この部屋は、季節などどこ吹く風と停滞している。せめて空気だけは循環させようと彩花は窓を開けた。
 この大部屋を使っているのは、今は一人だけだ。彩花の父、康之。父の為に、彩花はこの病院に通ってきている。
 窓から入る風を、しばらく頬にうけてから、彩花は振り返った。そこにはベッドに眠る父がいる。せっかく来たのに寝ているのかという落胆はない。何故なら、父は脳死と呼ばれる状態だからだ。起きあがることもなければ、喋ることもない。
 父がこの状態になってから、約二ヶ月が経とうとしている。バイクでの通勤中、自損事故で脊椎を激しく損傷したのが原因との医師の説明だった。父はまだ45才。突然過ぎる、早すぎる、と嘆いた彩花たち家族は、相談の結果、三ヶ月だけ、植物状態のまま父の生を保つことを選んだ。もしかしたら目覚めるかも、という期待は持てないと医師には言われたが、はいそうですか、とは割り切れない。

「お父さんへ 」
 彩花はベッド脇の椅子に腰掛け、スクールバッグから取り出した手紙を読み始めた。一月程前から、こうして父に手紙を書いては、枕元で読み上げることを日課にしていた。入ったばかりの高校生活のこと、家族のこと、とりとめのないことを手紙に認めた。わざわざ手紙に書いたのは、顔を見ながら話しかけると泣いてしまいそうだったからだ。
「お父さん、実は私、彼氏が出来たんだよ。きっとお父さんが元気だったら、隠してたとおもうんだけど…。だって初めて彼氏が出来たら、その人のこと殴るって言ってたもんね」
 勿論殴るというのは冗談だったのだろうが、今なら、殴られてでも紹介したかったと思う。もう出来ないことが多すぎる。父の顔をどんなに見つめても足りない。
 頭に包帯を巻いて痩せこけた父の顔を眺めていると、なんだか不機嫌な顔をしている気がしてくる。 彼氏の話しなんかするからだろうか。
「彼氏はね、舜っていう名前なの。一つ上の先輩だよ」
 ピクッ。
 彩花はぐっと父の顔に近寄った。瞼が動いた気がしたのだ。しばらくじっと見ていたが、やはり動かない。風のせいだろうか。
 いや、もしかして本当に奇跡的な復活を遂げるのでは。父は体の丈夫さをいつも自慢していた。「お父さん、お父さん」何度も声をかけ、人工呼吸器等が外れないよう気を付けながら肩を叩いてみた。反応はない。
 やはり見間違いか…それかもしかして。彩花は父の耳もとに近づき、囁いた。
「舜ってとっても優しくて、私、舜が大好き」
ピクピクッ
「頼りになるし、サッカー部のストライカーで凄くモテるし」
ぐっ 指が動いた。あと一息。
「私、高校卒業したら舜と結婚するね!」

カッ!目が見開かれた。
「お父さん!気が付いたんだね!」
まさか本当に目を覚ますなんて、信じられなかった。目を開いたらままぼんやりとしている父を抱き締め、慌ててナースコールを押した。
「お父さん、私だよ彩花だよ。分かる?」
 父はじっと目線だけをこちらに向けて、慌ただしく動く医師や看護師の隙間からこちらを見ている。彩花が顔を近付けると、微かな掠れ声で言った。
「幸せになれ」と。

 父はそれきり目を閉じ、二度とまた開けることはなかった。


 彩花は父の葬儀で、棺に今までに書いた父宛の手紙を一緒にいれた。余りに短か過ぎた奇跡の瞬間だった。けれども、何よりも父が彩花の幸せを祈ってくれることが、本当に嬉しい。最期の声と微笑みが彩花の脳裏に焼き付いて、これからの支えとなるだろう。
 彩花はそれからも父宛の手紙を書き続けた。天国の父が、また何かの拍子にカッと目を見開いて、自分達のことを見守ってくれるような気がしていた。


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このストーリーに関するコメント

13/04/09 光石七

拝読しました。
彩花への愛情からわずかな時間だけ意識を取り戻したお父さん、最後のひと言にすべてを集約して伝えたのでしょう。
手紙はきっと天国で読んでくれているのではないかと思います。

13/04/10 W・アーム・スープレックス

植物状態に陥った人は、周囲の状況がもしかしたら理解できていても、それを伝える手段がないという場合も、いろいろな事例からみて、あるようです。そういうときの本人のもどかしさはないでしようね。幸い作中の父と娘は、さいごに通じ合うことができました。辛いことの後には、たのしいことも待っている。彩花もそれを信じて生きていってほしいです。

13/04/11 名無

光石七様
ほんの僅かな時間でも、残して逝く者と残された者双方が、少しでも救われていたら良いなあと思っています。暖かいコメントありがとうございました。


はぐれ狼様
ちゃんと纏めれてますか? 良かったです。
コメディチックな部分を読み取ってくださって嬉しいです。あまり重くなりすぎないようにしたかったので(*^^*)


W・アーム・スープレックス様
コメントありがとうございます。
今回は植物状態のことについてあまり触れませんでしたが、そこに纏わる葛藤なども色々あるのでしょうね。その辺りをもう少し深く書ければ良かったなと思います。

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