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堀田実さん

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親不孝

13/04/09 コンテスト(テーマ):第二十九回 時空モノガタリ文学賞【 手紙 】 コメント:6件 堀田実 閲覧数:1780

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 瑠介は母親のことを本当の母親だとは思っていなかった。生まれた時から片時も離れたことがないにも関わらず、家族といればいつも気苦労ばかりで何の安息もない。一緒にいて楽しいと思ったことはないし、ましてや何か注意されることもない。幼い頃は頭を叩かれたり悪いことをしたら叱られた記憶はあるが、体罰が囁かれるようになったからなのか、それとも性格が丸くなったのか、瑠介が中学生になる時にはほとんど注意される事がなくなった。
『あなたは両親から愛されていると思いますか?』
学校から家庭環境に関する調査用紙が配れた時には瑠介はためらわずに「はい」と記入した。それは素直な気持ちからだったし、家族のことが嫌いなのにも関わらず両親から愛されていないとは一度も思ったことがなかった。この心境は彼自身不思議だったが、自分は愛されているにも関わらず飢えているのだと思った。
「ただいま」
 家に帰ると親の気遣いが疎ましい。まるでどう接していいのかわからない動物を見るような目線で、上目遣いで眺めてくる。何を考えているのかわからない、当たり前だ、今はもうほとんど話すことがなくなったんだから。朝起きれば朝食を用意してくれているし、登校する時間には弁当がきちんと作られているし、帰ったら夕食もお風呂も用意されている。あとは寝るだけで瑠介の家庭での一日が終わる。
 それが母親の愛情表現なのだとはわかっている。何も言わずに、恩着せがましくもなく当たり前のことが用意されていて一日、一ヶ月、一年と過ぎていく。まるで以心伝心。彼自身寝るところにも食べるものにも困ったことはない。裕福ではないにも関わらず、きちんと三食食べていける環境にはあったし、家族の方針として、子供には経済的な事情は見せないようにという暗黙の了解があった。表向きにも裏向きにも殆ど家庭における問題は見当たらなかった。
 それにも関わらず、瑠介は満たされていなかった。何かに飢えているみたいにいつも苦しかった。家庭に愛情がないことで飢えるならともかく、親の愛情に満たされているにも関わらず飢えを感じることが不思議でならなかった。
 「これが生きることの苦しみなんだ」彼にはそう納得するしか方法がなかった。「僕は今とても幸せなのに、ご飯も食べれてゲームもネットもできるし、不自由なものなんてひとつもない。なのに死にたい」
 
 それから10年。瑠介は大学を卒業すると同時に逃げるように一人暮らしをはじめた。ほとんど家出に近い状態だった。何も告げずに、瑠介は忽然と姿を眩ました。大学時代に貯めた貯金でアパートを借りて一通りの家電もそろえた。やっと経済的に自立できると思うと、両親がいることのありがたみを感じるよりも喜びの気持ちの方が大きかった。
 未だに何に苦しんでいるかはわからない。この平和な社会の中で不幸を感じる要素は何一つなかった。一人暮らしをはじめても生活に困ることはなかったし、普通にやっていれば解雇されて路頭に迷う心配もなかった。
 一人暮らしをはじめてから一年が経った頃にふいに手紙が届いた。差出人を見れば母親の名前が書かれていた。住所を教えていないのにどうやって聞きつけた? もう母親のことを忘れはじめていた頃に届いた手紙に、瑠介は嫌悪感すら覚えた。
 封を開けないまま数日が過ぎた。友人に紹介された自動車部品工場での仕事も順調にいっていたし昇給があると聞いて喜んだ。機嫌がいいまま家に帰ると手紙を開けてもいい気がした。どんなに上目遣いをするように瑠介の身を心配する内容が書いてあっても今日なら苛立つ心配がないと思ったからだった。しかし、封を開けてみるとそこには『Happy Birthday!』の文字が書かれていた。

『瑠介へ、元気にしていますか?お母さんは生まれた時あんなに小さかった瑠介が一人前に自立するほど大きくなったことを思うと嬉しくなります。今度の4月8日は瑠介の24回目の誕生日ですね。連絡がなくて少し心配です。暇が出来たら家に遊びに来てください。また瑠介の顔が見たいです。 お母さんより』

 それでも瑠介は帰ろうとは思わなかった。彼らとまた一緒にいることを思うと苦い記憶が戻ってくるようにもどかしかった。
「あんなの母親じゃない」瑠介は思った。「もう関わりたくない」
 風に当たろうとベランダから外に出ると春の風がゆっくりと流れていた。近隣のマンションの縁石に咲いた桜の花びらがちらほら舞っている。子供のはしゃぎ回る声がコンクリート製の外壁に反射しながら響いてくる。
「何でこうなんだろう」瑠介にはまだわからなかった。「子供はあんなにすくすくと元気そうに育っていくのに、いつか僕みたいな親不孝になったりするんだろうか」
そう言って太陽の光を手に当ててみる。


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このストーリーに関するコメント

13/04/09 光石七

拝読しました。
愛されているのに満たされない、その感覚わかります。
瑠介は多分本物の愛を求めているのではないかと思いました。
親の愛が偽物というわけではありませんが、本質、完全を見分ける感性が人一倍敏感なんでしょうね。
「親不孝じゃないよ」と気付かせてくれる人に出会えたらいいですね。

13/04/10 堀田実

>光石七さん
ありがとうございます。
そこまで読まれるとは思ってなかったのでビックリしました。
読解力凄いですね(笑)
人によってはただの我がままな奴としか映らない主人公を書きました。実際そうだとも思います。
母は母なりの愛を示そうとしているんですけど、それは「愛さなければいけない」っていう義務感(現代的なモラル)だったりする場合もあるとか、肉親でありながら精神的な疎遠さがある親子関係の不思議さを描いたつもりです。
コメントありがとうございました。

13/04/11 クナリ

安直ないい話になるのではなく、複雑な感情の一人もつれが最後まで続くところが魅力的でした。

13/04/11 堀田実

>クナリさん
ありがとうございます。
結論どうするか迷いながら書いてたのでひとまずまとまってたみたいで良かったです。
本当はもっといい話にするはずだったんですけど、かけませんでした汗

13/05/06 汐月夜空

拝読しました。
最期まで曖昧なのがリアルで良いなあと思いました。
瑠介と似たような感覚はよく感じていますので、すぐにお話に入り込めました。
ただ、私なら手紙を見た時点で帰ってしまいますね笑 常日頃から母に対する恩を感じておりますので。

親からの愛で満たされない人間は、それを当然だと思っているからだというのが私の思いです。
それがいかに特別で大切なものなのかを知れば、人はびっくりするほど簡単に親からの愛で満たされることが出来ます。
ただ、それが出来ないから、たった一人の運命の相手を求めるような特別な恋愛をしたがるのかなあ、とも思いました。

13/05/07 堀田実

>汐月夜空さん
>親からの愛で満たされない人間は、それを当然だと思っているからだというのが私の思いです。それがいかに特別で大切なものなのかを知れば、人はびっくりするほど簡単に親からの愛で満たされることが出来ます。

目から鱗でした。
もう何もいえません。というか、完全に結論ですね。
いつか物語の続きを書くとしたら…絶対使います汗。

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