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kouさん

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あなたに微笑む

13/04/08 コンテスト(テーマ):第二十七回 時空モノガタリ文学賞【 財布 】 コメント:1件 kou 閲覧数:1715

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 数ヶ月前が嘘のように白い世界が色づき、桜の花びらが舞い落ち、財布が落ちてきた。
 私は思わず立ち止まる。否が応でも柔らかい風に運ばれた桜の花びらが群を形成し、私の頬を撫で付ける。ほのかに桜の蜜の匂いがするのは気のせいだろうか。そんなことを言ってる場合ではない。ヤマザクラが等間隔で植えられている並木道で桜の花びらが舞うのはわかる。それが自然な行為であり、桜に性別があるのかは知らないが、彼ら彼女らも生きている≠フだ。 
 私の第一の使命は落ちた財布を拾うことだ。決して善人ぶってるわけではない。誰かが落としたかもしれないじゃないか。でも、上から落ちてきたよな。
 はて?
 私は桜の花びらに埋もれた財布の場所まで爪先立ちで向かう。なぜ爪先立ちで向かうかというと、落ちた桜の花びらの傷みを最小限に食い止めたいからだ。それが礼儀ってものじゃないか。満開だけを楽しむのではなく、舞い落ちた花びらも生きているのだ。私はそう思っている。
 私は桜の花びらに埋もれていた財布を拾い上げる。それはピンク色の長財布だった。材質はエナメル質か、もっと上等なのか定かではないが、手触りが良い。左隅にヤマザクラの刺繍らしきもがあった。
「あんた、能動的か、それとも受動的に生きてるのか?」
 声がした。ヘビースモーカーにありがちなしゃがれ声。
 私は声の方向を緯度、経度を想像上で把握し、北緯三十五度ぐらいだろう、と予測を立てる。が、外れた。
「こっちじゃよ」
 私は右方向に視線を向けた。そこには白髪全開の老婆が胡座をかいてヤマザクラのてっぺんに座っていた。
 思わず、「やりますねえ」と私は驚きの声を上げ、「最初の質問に答えんさい」と老婆が解答を急かす。
 いきなり、能動だ受動、だと言われても困った。しかし答えは簡単だ。私の人生は決まって、「受動的に生きております」と丁寧に解答を示した。
「じゃろうなあ。あんさんつまらんのお。その財布、わっしの力作なんじゃが、あんさん使ってみい。おもろいで」
「おもろい?」と私。
「人生、苦労の反転は、オモロいじゃ。終わったら、戻しときんしゃい。あんさんに微笑みを」
 私は財布を見つめ、老婆に質問をぶつけようとした。しかし、老婆の姿はなかった。あるのは頭上そびえる穏やかな太陽と、頬を打ちつける桜の花びらの連射だった。
 いやいや、老婆よ。全くもってこの状況に微笑むことはできないのだが。

 あれから三日が経った。携帯が鳴る。私は出た。
「もしもし」
「もるもる」と声の主に聞き覚えがあった。突然、気持ちが冷めたの、と別れを切り出してきた元彼女だ。なので私は無言。
「もしかして、怒ってる?だよね。でも、やっぱあなたがいい。わたしったらどうかしてた。どんなときでも優しく、親身になってわたしのことを考えてくれたのは、あなただけだってことに気づいた。もう一度やり直したい。無理かもしれない、でも、もう一度、二人で微笑みたい」
 彼女の言葉に嘘はなさそうだ。いや、まてよ、女という生き物は嘘がうまい。男というのはころっと騙されてしまう。しかし、私は彼女の最後の言葉が胸に振動しいてる。二人で微笑みたい=Aと。
「とりあえず映画でも観にいこう、そしてカフェでバターたっぷりのパンケーキでも食べよう」
 気づけば、微笑む方向で、私は話を進めた。老婆よ、これが能動か?私はピンク色の財布を意味もなく撫でた。温かい気持ちになった。

 さらに三日が経った。ピンポーンとインターホンがこの世の終わりのように鳴り響く。私は玄関を開ける。そこには上司が立っていた。
「君には本当に申し訳ないことをした。許してくれ。先方が君の立案したプロジェクトを気に入ってくれてね。ダメ出しをし没にしたわたしを許して欲しい。この通りだ」上司が頭を下げた。そうだ、そのせいで私は別の部署に飛ばされるに至ったのだ。リーマン社会は恐ろしい。
「どうか、頭を上げてください」
「微笑もうよ、空高く」最後の言葉は意味がわからなかったが、最初の言葉に深く私は共鳴した。なので私は上司に握手を促し、がっちりと手と手を絡めた。仕事で微笑むさ。今という時から。

 一週間前と同じように桜並木は桜吹雪が活性化していた。そこには十代のカップルがびっちりと寄り添い桜を愛でていた。私はその場を通り過ぎようと思ったが、会話が耳に入った。
「ヤマザクラの花言葉って知ってる?」と男。「わからないよ」と女。
「あなに微笑む、さ」と男女は見つめ合う。それに呼応してか私はピンク色の長財布と見つめ合う。老婆の力作は私に、微笑み、をプレゼントしていた。私の人生はつまらないものだと思っていた。だが、オモロいじゃん。
 私は、ヤマザクラによじ登り、ピンク色の長財布を比較的太めの枝に乗せた。微笑みも返して。


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このストーリーに関するコメント

13/04/08 kou

重要な一字を抜かしてました。削除でお願い致します。お手数お掛けして申し訳ございません。

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