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光石七さん

光石七(みついしなな)です。 子供の頃から空想(妄想?)が好きでした。 2013年から文章化を始めました。 自分では気付かないことも多いので、ダメ出しを頂けるとありがたいです。

性別 女性
将来の夢 可愛いおばあちゃん
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祖母のハガキ

13/04/08 コンテスト(テーマ):第二十九回 時空モノガタリ文学賞【 手紙 】 コメント:11件 光石七 閲覧数:2003

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 大学3年の秋に祖母が亡くなった。当時私は広島で一人暮らしをしていた。入院する前から危ないかもしれないと言われていたので覚悟はしていたが、やはりショックだった。父から電話連絡を受けるとすぐに飛行機の時間を調べ、友人に講義の欠席を連絡して荷物をまとめた。飛行機の中で、バスの中で、帰省のたびに目にするいつもの光景が、ひどく色褪せて見えた。
 祖母は化粧を施され、いつもより若くきれいだった。だが、顔に手を触れるととても冷たかった。どうして起きないのか、私の名前を呼んでくれないのか、認めたくない現実がそこにあった。私が帰省すると誰よりも喜んでくれていたのに。
 葬儀のことはよく覚えていない。だが、火葬場で煙突から立ち上る煙を見ながら、「人間の終わりってあっけないんだな」と思ったことは覚えている。
 祖母にとって私は自分の手元で育った初めての孫だった。私にとっても祖母は一番最初の遊び相手であり、就園前は最も長い時間を一緒に過ごす人だった。夜も母ではなく祖母と同じ部屋で眠った。お化けが怖くても、祖母が隣にいることで安心して眠れた。実家を離れるまで、私は祖母の部屋で就寝していた。私が中学で仲間と衝突して部活を辞めた時、何も言わずお茶とお菓子を用意してくれた祖母。大学進学のために私が家を離れる時、一番最後まで手を振ってくれたのも祖母だった。
「美紅ちゃんの花嫁姿を見んとね」
そう口癖のように言っていたのに……。まだ彼氏も紹介してないよ? おばあちゃん、早すぎるよ。
 広島に戻る前、祖母の遺品の整理を手伝った。
「これ、いつも喜んでたよ」
母が見せてくれたのは、クッキー缶にきちんと整理されたハガキの束だった。私が広島から祖母に出したものだと察しがついた。電話もしていたが、祖母はもう耳が遠くて会話にならないことが多かった。広島で元気にやっていることを知らせようと、10日に1度ほど他愛もないことをハガキに書いてはポストに投函していた。それを大事にとっていてくれたのだ。日付順に並べられ、几帳面な祖母の性格が表れているように感じた。
 広島のアパートに戻り、私は散らかった棚を整理し始めた。奥に1枚のハガキがあるのをみつけ、引っ張り出した。
『元気ですか。いつも手紙ありがとうございます。帰つてくるのヲ楽しみにしてますヨ』
お世辞にも達筆とは言えない。促音の「つ」が大きかったり、誤字もある。だが、昔習った文字を懸命に思い出しながら祖母が書いてくれたものだ。実家で一緒に暮らしている時は祖母が字を書くところを見たことがなかったので、受け取った時、正直驚いた。祖母からもらった手紙はこのハガキだけだ。私はハガキフォルダーを買って祖母からのハガキを入れた。
 あれから何年経っただろうか。私がお嫁に行く気配は未だない。
「美紅ちゃんは片付けが下手やっでね」
祖母の嘆きが聞こえてきそうだ。だが、あのハガキフォルダーだけはいつも目につく所に置いてある。


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このストーリーに関するコメント

13/04/08 こぐまじゅんこ

光石七さま。

拝読しました。
私は、核家族で育ったので、こんなおばあちゃんと一緒に暮らせたらよかったなぁ・・・、と思いました。
胸にじーんとくるお話ですね。

13/04/08 光石七

>こぐまじゅんこさん

ありがとうございます。
私の実体験をもとに書いたのですが、本当に自慢の祖母でした。
自分のことをネットで公表されて、今ごろ天国で照れているかもしれません(笑)

13/04/08 W・アーム・スープレックス

作中の「人間の終わりってあっけないんだな」に、すべてが語られているように思いました。それだけに生前のお祖母さんと主人公との親密な間柄がみえてくるようです。
お祖母さんの死と向かい合うことによって、この一作が生まれたのですね。つまり、お祖母さんが、光石さんに、この作品を書かせたということになるのでしょうか。

13/04/08 光石七

>W・アーム・スープレックスさん

コメントありがとうございます。
祖母との思い出はたくさんありますね。
「手紙」というお題でふと思いついたのが祖母からの手紙だったのですが、なるほど、祖母に書かされたと言えなくもないですね。
あまり目立つことはしたがらない、照れ屋の祖母でしたが、私に何か伝えたかったのかもしれません。

13/04/09 草愛やし美

光石七さん、拝読しました。

幼い頃、一番身近にいてくれた人は、特別な存在になります。
人間は、四歳くらいまでにその人自身が決まるという説から、私は、そう思っています。美紅ちゃんに、生き方を教えてくれたおばあ様の優しさがとてもよく伝わってきました。
七さんが、プロフィール欄の将来の夢のところに、「可愛いおばあちゃん」と書いていらっしゃるところからもおばあ様の人柄がわかります。

13/04/09 yoshiki

読ませていただきました。

久しぶりに亡き祖母のことを思い出してしまいました。そして父や、叔父の事までも蘇えります。人の命とはとてもはかないものだと思います。

きっとやさしいおばあちゃんだったのでしょうね。伝わってきました。

13/04/09 光石七

>草藍さん

素敵なコメントをありがとうございます。
祖母と一緒に暮らせてよかったと、心から思います。
優しいけれども甘やかすばかりではなく、悪いことは厳しく叱ってくれました。
祖母に教えられたことは今でも私の中に息づいています。


>yoshikiさん

ありがとうございます。
亡くなった方は私たちの心に生きているし、いつも見守ってくれているのだと信じています。
祖母を褒められるととてもうれしいです。

13/04/10 名無

お祖母様からのハガキは、短くてもたくさんの想いが込められているんでしょうね。ハガキを大事にしている優しい美紅ちゃんを、天国で誇らしく思ってらっしゃるのではないでしょうか。素敵なお話ですね。

13/04/10 光石七

>名無さん

ありがとうございます。
祖母に誇れる生き方をしているか、身が引き締まります(苦笑)
短い文章にどれだけ祖母の心がこもっているか、改めてじんときます。

13/05/06 汐月夜空

とても素敵なお話でした。読めて良かったです。
いまだにこのような経験をしたことのない私にも、じんわりと響く暖かさが感じられました。
祖母からもらった一枚のハガキ。
思えば私もハガキではなくても、メモ書きのような紙をいただいたことがありました。その紙には『お母さんを守ってあげてね』と書いてあり、一緒に渡されたお年玉の5000円がいつもよりも大切なものに感じました。
やはり、書く、という行為は特別な思いがこもるものなのだろうなあ、と素直に思うばかりです。

13/05/06 光石七

>汐月夜空さん

ありがとうございます。
おばあちゃんが語る言葉ってすごく温かくて重みがありますよね。
それを文字にされると、一層深く心に残ります。
汐月さんのおばあ様も、そのひと言にいろいろな思いを込められたのではないでしょうか。
汐月さんのエピソードを教えていただき、ありがとうございます。

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