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カラス

12/04/21 コンテスト(テーマ):第四回 時空モノガタリ文学賞【 傘 】 コメント:0件  閲覧数:2790

時空モノガタリからの選評

最終選考

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大粒の雨が降り注ぐ都会の午後。

私は、とある雑居ビルの屋上にいた。
何をするでもなく、ただぼんやりと通りを行き交う人々の姿を眺めていた。
雨の日にここから眺める景色は、この上なく美しい。
アスファルトの上を色とりどりの傘の列が右へ左へ流れていく。
まるで花が咲いているようだ。
晴れた日には決して見ることができない光景だ。
私はこの景色が好きだった。

いつものように通りを眺めていると、ふいに背後の方で誰かが扉を開ける音がした。
突然の音に驚いた私は、思わず扉の方を振り返った。

そこには一人、小汚い中年男が立っていた。

男は、フラフラした足取りで私の方に近づいてきた。
徐々に距離が近づくにつれ、男が何か独り言を言っていることがわかった。

「ちくしょう。馬鹿が。くそったれ。」

男は、お経を唱えるかのように不平不満を延々と漏らしていた。かなり泥酔しているらしく、全身が酒臭かった。
男はこちらに近づいてきたかと思えば、私に目もくれず隣に立って通りを覗きこんだ。
どうやら、この男の関心は私ではなく別のところにあるようだ。
私は、もう少し観察してみることにした。

男が突然通行人に向けて大声で怒鳴りだした。

「俺の人生を返せ!」

私は肩をびくっとさせた。通りでは、先ほどまで綺麗に流れていた傘の動きがピタリと止まっていた。彼らは大声の主を探しているようだったが、およそ見当がついた様子で、程なく傘の列は流れ始めた。
彼らの反応の薄さに苛立った男は、フェンスに身を乗り出し、さらに怒鳴った。

「お前らもいずれ俺と同じようになる!会社にこき使われるだけ使われて、歳をとればゴミのように捨てられる!女房には毎日罵られ、子どもには無視をされるんだ!それがお前らの末路だ!ざまあ見ろ!」

男の言葉に反応する者は誰一人としていなかった。
もはや社会からも見捨てられたこの男は、さすがに諦めた様子でフェンスから降りると、その場に座り込んだ。
酔いのせいか男の目は真っ赤に充血し、また、少しばかり潤んでいるようにも見えた。
しばらくすると、男はまたブツブツと呟き始めた。

「こんなはずじゃなかった。定年まで無難に働き、退職金をがっぽりもらって老後はゴルフ三昧のはずだったんだ。それがなんだ、このザマは。こんなことなら若い頃に起業して社長にでもなりゃ良かった。」

私は、自分の過去を恨むことほど情けないものはないと思っている。良くも悪くも自分で選んできた道なのだ。今更悔いても何も始まらない。それに、この男に一言言ってやりたい。お前のような人間が起業したところで同じ結果になるだけだ、と。しかし、下手なことを言って絡まれるのは嫌なので、私は心に留めておくことにした。

男の独り言は続いた。
「この歳で今更どうやって仕事探せっていうんだ。ゴミでも漁れってか。これじゃあカラスと同類じゃねーか。」

なぜ、カラスなのか理解できなかったが、「現状のお前はカラス以下だ」と思った。異常な人間かもしれないと恐れていた私が馬鹿らしく思えた。

男は突然何かに気づいたかのような表情をした。
すると、次の瞬間すくっと立ち上がり、素早く屋上のフェンスを乗り越えた。男はおぼつかない足でビルの縁に立ち、血走った目で通りを見下ろした。
道行く傘の列が再び止まった。それまでと様子が違うことを察したらしい。

最悪の結末が脳裏をよぎった。
これまで静観していた私も、この異常な事態に黙っていることはできなかった。

「おい、何を考えているんだ。こっちへ戻ってこい。」

私の声は男の耳には届いていないようだった。
男は空を見上げると、静かに口を開いた。

「俺はカラスと同類なんだよ。ってことは、空だって飛べるだろ。見せてやるよ。」

そう言うと男は両腕を翼のように広げ、こちらを振り返った。
その時、男は初めて私を見た。
男の目は覚悟に満ちていた。

「やめろ!」

私は渾身の力で叫んだ。
しかし、言い切った頃にはすでに男の姿はなかった。
数秒後、大きな衝撃音と共に群集の悲鳴が聞こえてきた。
通りを見下ろすと、花のように美しかった傘の列は四方八方に散らばり、かわりに先程まで目の前にいた男がうつ伏せになって倒れていた。
私が愛した景色は、もうそこにはなかった。
男の最期を見届けた私は、静かにこの場所を立ち去ることにした。
もう二度とここに来ることはないだろう。


同じ頃、地上では通行人の一人が雑居ビルの屋上の方を見上げていた。
中年男が飛び降りたあたりから、一羽のカラスが飛び立っていく姿が見えた。
そのカラスは、どこか寂しげだった。


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