1. トップページ
  2. 真紅に染まる財布

地ー3さん

小説を読んだり書いたりしているただの大学生 ロマンを追い求めている

性別 男性
将来の夢
座右の銘 小さくとも名を残したい

投稿済みの作品

1

真紅に染まる財布

13/04/07 コンテスト(テーマ):第二十七回 時空モノガタリ文学賞【 財布 】 コメント:1件 地ー3 閲覧数:1690

この作品を評価する

 薄暗い夜の道で一人の青年が歩いている。人通りは他に無く、いるとすれば街灯に集まる虫くらいのものだ。
 時刻は既に夜の十二時。昨日であり、今日であり、明日である、とても曖昧な時間。そんな時間に秋津浩人は苛立っていた。
「くそッ!」
 苛立ちの原因は金だった。浩人はついさっきパチンコで有り金を使い果たしたのだ。残金は千五百円。これで今月を過ごさねばならない。
 完全なる自業自得。分かっていても、いや、分かっているからこそ余計に苛立ってしまう。
 親や友人に借りるか、飛び込みの短期バイトを探すか、当面の生活費をどのように工面するか浩人は頭を悩ませた。
 その時、街灯が照らすアスファルトの上でそれを見つけた。
 白い革製の長細い財布だ。道端に落ちているが安物では無さそうな雰囲気を漂わせている。もしかしたら大金が入っているかもしれないと思えるぐらいの逸品だ。少なくとも浩人自身はそう思えた。
 生活費を失った浩人はこれ幸いにと財布を拾い上げ、中身を検分する。期待通りに大金が入っていればこのまま失敬するつもりだ。
「……ありゃ?」
 だが、浩人の身勝手な期待に反して財布の中身は何も無かった。硬貨や紙幣、カードの類も一枚たりとも入っていないのだ。すっからかんである。
 棚から牡丹餅を期待していた浩人は財布の中身の有り様に肩を落とした。
「お兄さん。今、その財布の中身ネコババしようとしたでしょう?」
 突然の声に浩人はビクッと身を震わせた。振り返ると少女が一人、夜の闇の中に立っていた。腰まで届く長い黒髪に人形のような可愛らしい顔立ちをした小柄な少女だ。歳は小学校高学年と言ったところか。夜の暗さに抗うような純白のワンピースを身に纏っているためか異様な存在感を放っている。
「おいおい、人を泥棒扱いしないでくれよ。あ、もしかしてこれ君の財布かい?」
 嘘だ。浩人は財布に中身が入っていたら間違いなく盗んでいた。しかし、それをこんな子供にバカ正直に答える必要は無い。
 それに夜遅くに出歩いているような子供に関わるのは御免被る。何か厄介事になったら目も当てられない。
 この財布があの女の子の物なら返す、違うのならばもう一度その辺のアスファルトの上に捨てる、それだけだ。
「おまけに嘘まで吐いた」
 しかし、浩人の問いに答えず少女は自分の言葉を続ける。何か楽しいことを見つけたのか、上機嫌に言葉を紡いでいく。両手を広げてくるりと一回転。ワンピースの裾がふわりと浮き上がる。
「ネコババ未遂と嘘つき。ああ、これはどうしようもない。どうしようもないほどに――」
 少女はそこで言葉を切り、顔を伏せた。長い前髪が少女の顔を覆い隠す。
 ここにきてようやく浩人の頭の中に警鐘が鳴り響いた。
 この少女はどこかおかしい。性格に問題があるとかそんな次元では無い。存在自体がヤバイと本能が語りかける。
 浩人が言い知れぬ恐怖を感じたその時、少女はゆっくりと顔を上げる。彼女の瞳が垂れる前髪の合間からこちらを捉えた。その瞳は赤く、朱く、紅く、血のような色をしている。
 そして少女の口元がニヤリと歪む。
「罪だわ」
 瞬間、浩人は凍りついた。
 自分が持っていた何も入っていない財布。その中に自分の腕が吸い込まれているのだ。
 あまりに現実離れした光景であるため声が出ない。しかし、失われていく腕の感覚が、肉体の一部を奪われるという恐怖感が、紛れも無い現実だということを浩人に伝えた。
「ああああ!?」
 だが、これが現実だと理解したところで浩人にはどうする事も出来なかった。財布は浩人の手首を、上腕を、下腕を、瞬く間に飲み込んでいく。
 一縷の希望に懸けて、浩人は財布を持っていない方の手を少女の方へと伸ばす。
「助け――」

 白の財布は浩人を喰い尽すとアスファルトの上にポトッと落ちた。浩人の肉体全てが財布の中に吸い込まれるまで十秒もかからなかった。たったそれだけの時間で秋津浩人という存在が消失したのだ。
 アスファルトに転がる財布がブルブルと震え出した。まるで料理を咀嚼し、自分の中へ飲み込むように。
 そして、震えが収まる頃には染み一つ無かった白の財布はまるで血に濡れたような赤に染まった財布へと変貌していた。
 その様子をうっとりとした表情で眺めていた少女は赤の財布の元までゆっくりと近づくと、それを拾い上げた。
「罪を背負った罪人には罰を。当然の事だよね、お兄さん?」
 真紅の財布を胸に抱き、少女は嬉しそうに笑う。愉悦に浸り、顔を歪ませて夜の闇に溶けていった。


コメント・評価を投稿する

コメントの投稿するにはログインしてください。
コメントを入力してください。

このストーリーに関するコメント

13/04/07 光石七

拝読しました。
怖いけれど、こういうお話好きです。
少女は財布の化身でしょうか?それとも主でしょうか?

ログイン