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クナリさん

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将来の夢 絵本作家
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深夜想曲

13/04/07 コンテスト(テーマ):第五回 【自由投稿スペース】 コメント:0件 クナリ 閲覧数:1992

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私が中学生の時、キリコという級友がいた。
屈折しがちな私とは正反対の性格で、正義感が強く、少しおせっかいな面もあった。

級友と言っても特別仲良くは無い私達だったが、ある日、授業用の教材を運ぶ為、二人で廊下を歩いていた時のことだった。
「最近、親戚が亡くなるのが続いてさあ」
キリコが話しかけてきた。
「お祖父さんとか、お祖母さんとか?」
「そう。寂しいんだよね。
魂とかって、家の仏壇にいるのかなあ。それともお墓なのかな」

……。
どうだろう。

その時、向こうから歩いてきた担任の先生とキリコがすれ違い切れずに肩を当ててしまった。
軽い悲鳴を上げたキリコの手から教材が落ちる。
「ごめんなさい、先生」
「いや、大丈夫。こっちこそ、ごめん」
ぶつかった拍子に、先生がいつも持ち歩いている、大き目のお守り袋も落ちてしまっていた。
紐が緩んでいたせいか、中身が少し覗いた。
ジッパの付いた真空用のビニール袋の中に、白い固体と粉の様なものが入っている。
「それ、何が入ってるんですか?」
「ああ、昔飼っていた猫の遺骨なんだ。成仏してくれているといいんだけどね」
「お骨なんて持ち歩いてるんですか?」
キリコが尋ねる。
「亡くなった人達の魂って、成仏した後でも、なんとなく、骨に少し宿っている様な気がするんだよ。 僕が勝手にそう感じているってだけだけどね。出来れば、いつまでも一緒にいたいじゃない。だからついね」
そう言って先生は歩いていった。
「私、今の話、先生の気持ちが分かる気がする」
そうキリコがつぶやいて立ち尽くしている間に、私は彼女の落とした教材を拾い上げ、もう行こうと促した。

そう、亡くなった人は皆、成仏してくれれば良い。
生きている人の思い出の中でだけ、元気でいてくれたなら。
しかし、そうも行かない誰かもいる。

■■■

音楽室の幽霊の噂は以前から聞いていた。
ピアノが好きだった女生徒が一人、昔、この学校にいた。
非常に伴奏が上手で、将来を嘱望され、恋人までいたのに、踏切で飛び込み自殺をしてしまったらしい。
彼女は今でも音楽室で、物悲しい曲を奏で続けている……。

キリコから、幽霊を見に行こうと誘われた。
人に嫌と言えない私の性格を見抜かれていたのだと思う。
先生の猫の話を聞いて以来、元々の性分もあり、彼女は死してなお思いを残す者達を放って置けなくなっていた。

家を抜け出した真夜中、学校に忍び込み、音楽室に二人で近づく。
……。

確かにピアノのメロディが聞こえて来る……。

意を決して音楽室のドアを開けると、制服を来た女の子がピアノの前に座っているのが見えた。
背筋が冷たくなった。
きれいな子だというのは分かる。
しかし、この世のものではないことも見て取れた。

ただ、外見の他にも気になる所があった。
ピアノの音は途切れず流れているが、なんというか、下手なのだ。
ギクシャクしていて、旋律が美しくない。
噂は尾ひれが付いていたのかな、と思いキリコを見ると、彼女は幽霊に近づいて行く。
恐ろしくはあったが、一人で突っ立っているのはもっと怖いので私も付いて行き、とうとう二人して震えながら、幽霊まで目と鼻の先の距離に着いた。
見た目は美しい少女だ。癖の無い黒髪が肩の下まですっと伸びている。
思わず見とれてから、あることに気付き、悲鳴が喉元まで込み上げた。

幽霊の両手には、指が無かった。
無指の手のひらを鍵盤に押し付けるようにしながら、それでも音を紡ぎ続ける。
やおら、キリコが私の肩先をつついた。
彼女を見ると、私の背後の空間に視線を向けたまま、凍り付いている。
キリコの視線の先を追い、私の体も固まった。

そこには、制服を着た、男子学生が立っていた。
彼もまた、生きた人間ではないことが感覚的に分かる。

悲しそうな目で、少女の幽霊を見つめている。
少年は右目の下に、涙みたいな形のほくろがあり、本当に泣いている様に見えた。
彼は右手に、血の付いた小型ののこぎりを持っている。
そして、彼の左手を見やると、白い小枝の様なものを十本ほど束にしてきれいに重ね、丁寧に手のひらに載せていた。
あれは何だろう、と目を凝らす。
あれは……

あれは、指だ。
恐らくは、この少女の。

それに気付くと急激に恐怖が増し、全身が総毛立った。
ここは……危ない!

私達は同時に悲鳴を上げ、音楽室から転がり出た。
校舎へ侵入する時に使った裏口へ向かって走りながら、キリコが早口で言った。
「何あれ!男の方、あの人は……!」
「分からないよ!何でかなんて!」
裏口を駆け抜け、学校の敷地から飛び出した。
それから、幽霊のことを思い返す。
どう見ても、あの二人は無関係ではない様子だった。
「キリコ、あの男の子の霊、女の子の恋人なんじゃないかな」
「え?だって切った指、持ってたよ。恋人にそんなことする?」
ひざに手をつき、荒い息を吐きながら、私は答えた。
「あの女の子の体の中で、一番価値があって、美しい部分だったのかも。それを、自分のものにしたかったんじゃないかな」
そう思わせるほどに、少年の幽霊の態度は、指への慈しみに満ちていた。
屈折した者の気持ちは、屈折した者には分かる。
同じ様なことを、私も考えたことが有ったから。
「……分からない。そんな考え方も、そんなこと言うあんたも」
ピアノを弾く為の指を失い、また、恋人からの仕打ちそれ自体にも絶望し、彼女は自殺したのではないだろうか。だとすれば、あの少年が殺した様なものだ。
いや、もしかしたら、指が手に入って用済みになった少女を、踏切自殺に見せかけて、彼が……。
広がる妄想を口に出す暇も無く、キリコは別れの挨拶もせずに去っていった。
彼女が自分の家とは別方向に向かって歩いて行ったのは分かった。

■■■

翌日から、キリコは失踪した。
どこから話が漏れたのか、キリコは音楽室の幽霊に取り憑かれて自殺したのではないかという噂も流れた。
しかし、もしキリコがもうこの世にいないとしても、それは多分少女の幽霊とは無関係だと、私は思う。

恐らく彼女はあの日、自分の家ではなく、ある誰かの家へ向かった。
あの少年の幽霊の顔立ちに、私達は覚えがある。
彼の面影を、一目見ただけでそれと分かるほどに色濃く残す、ある人の所へキリコは向かったのだ。
その人は今も生きているけれど、昔死んだ少女のことを忘れられないで、その想いが生霊の様に音楽室に残り、少女を見つめ続けている。
キリコはその誰かを、きっと問い詰めてしまったのだ。

『それは本当に猫の骨なのですか』……と。
キリコがその後、その誰かに何をされたのかは、分からない。

キリコがいない他はいつも通りの、朝の教室。
ホームルームの時間になった。
担任の先生が教卓の前で、私達に起立を促した。

先生の右目の下のほくろは涙の形をしていて、まるで泣いている様に見えた。





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