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浅草サンキュー!

13/04/03 コンテスト(テーマ):第二十八回 時空モノガタリ文学賞【 浅草 】 コメント:0件 おでん 閲覧数:2042

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 いらないと言ったのに、わざわざ仕事を休んでまで見送りにきた。新幹線がずるずると動き始めると、母はあろうことかそれを数歩追いかけてきた。恥ずかしさに耐えられなくなった私は、窓に頭を持たれて寝たふりをきめこんだ。なので、母がどこまで私を追いかけたのかはわからない。でも、ホームを滑るように出た新幹線のボディが、春の陽の光を浴びて金色に光り輝いていることは、まぶたの裏に伝わるぬくもりから容易に想像ついた。

 母方の祖母の営む店は、浅草の仲見世と呼ばれる商店街の一郭――雷門と浅草寺を結ぶ道のちょうど真ん中辺り――にあった。
 遠くから盗み見る祖母は白い割烹着に身をつつみ、いかにもな土産物屋をしていた。記憶の中の祖母よりも、実物の体は大きかった。軒先に吊るされた提灯みたいなまるまるとした顔。声を張って呼び込みをするわけではなく、ただにこにこしながら通りを見つめるその様は、ある種の玄人臭を漂わせている。
 
 目の前を行き過ぎた二人の外国人が、祖母の店に立ち寄りなにやら話しかけていた。祖母がこういった事態に慣れていないのは、遠目からでも明らかであった。周りの店に助けを求めているが、いずれの店もみな接客中であった。
 私はいてもたってもいられず、岸から向こう岸まで川を渡るようにして人混みをかき分け、祖母の店まできた。
「ゆいちゃん……」
 私の姿を見つけた祖母は、霧のようにぼやけた声を漏らした。こちらを振り返った外国人のカップルは、コンニチハと、カタコトの日本語を口にした。
 それから私は、彼らが何を求めているのか、たどたどしい受験英語で尋ねてみた。しばらくしてこのカップルは、祖母と店の写真が撮りたいのだということが分かった。
 そのむねと告げると、祖母は割烹着のポケットに手を入れ、
「好きにしたらいいって、伝えとくれ」と言い、またこうもぼやいた。
「ほんと、この人たちの考えることは分からないよ」
 写真を撮り終えた外国人たちは「サンキュー」と指たてて、何も買わずに足早に帰っていった。

 その日の晩。ちょろちょろと湯のみに入れられたお茶は、音を聞いているだけで舌の上がしびれた。祖母の家、つまり人の家は、独特の匂いに満ちている。
 ふいに祖母は口をひらいた。
「将来は、なにかなりたいもんとかあるのかい?」
 尋ねられて、まだなにもないと素直にこたえた。
「じゃあ、通訳さんなんてどうだい。さっきのはおばちゃん、びっくりしちゃったなあ」祖母は蜜柑の皮をむきながら続けた。「ほんと、あの美津子(母)の子とは思えない頭のデキだよ」
 それを聞いて私の頭の中には、駅のホームに立つ今朝方の母の姿が思い描かれた。想像の中の母は、祖母と仲良く喋る私を見つめてどこか哀しげな表情を浮かべている。途端に私は、十五歳にもなって猛烈なホームシックに襲われた。そして、母の悪口をやめない祖母に対して、怒りがふつふつと沸き上がってきた。
「あんたのお母さんはな、母親として甘いところがあるよ。だから亭主に逃げられちまうんだ。女ってものはね、我慢をなによりも優先させなきゃいけない時があるんだよ」
 私は勢いつけて立ち上がり、まくしたてるように返した。
「だったらおばあちゃんだって、浅草の土産物屋として甘いところがあるんじゃないの。あのくらいの英語、ちゃんと理解できなきゃ駄目じゃん!」
 呆然と目を見開いたままの祖母を直視していることができず、私は隣の部屋に行き、勝手に布団を敷いて中にもぐった。ふすまの隙間、祖母のいる部屋から漏れ入る光は、それからしばらく消えることがなかった。

 翌日はいつものように訪れた。今日中に帰らなくてはいけない私は、どのタイミングで昨晩のことを謝ろうかと頭を悩ませていた。一方で祖母は、そんなことまるで気にしていないかのよう明るく振る舞っていた。
 帰り際、私はたくさんのお土産を両手いっぱいに持たされた。店を離れてまで駅に見送りにきてくれた祖母は、割烹着姿のままだ。
「じゃあねゆいちゃん、気をつけて帰るんだよ」
 ごめんなさいが、喉のすぐそこまできているのになかなか出てこない。私はそんな情けない自分が悔しくて、ぽろぽろ涙をこぼした。
「おばあちゃん、あのね、昨日のね……」
 嘔吐きながらもあと一息のところで、しわくちゃの手が私の頭にそっと置かれた。
 そして祖母は、私の目をじっと見つめながら言った。
「遠いとこ、わざわざ会いにきてくれて……サンキュー……。またいつでもおいでな」
 照れくさそうにニッと笑う祖母に、私は抱きついた。電車の発車するベルが鳴っても離れたくなかった。都会はすぐに次の電車がくるから大丈夫だ。割烹着に染みついた醤油の匂いをかぎながら私は、祖母のたどたどしいサンキューを、ひたすら頭の中で繰り返していた。 (了)


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