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sucreさん

混沌としたもの きれいなもの 記憶 なまなましい感情 声として説明できない想い 気持ち そういうあらゆるものを 小説として 言葉に 落としてゆきたいと思っています

性別 女性
将来の夢 小説家
座右の銘 フリをして人を想うことはできない。 愛することはとても痛みを伴うもので、 同時にとても努力が必要なんだ。

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ミズノオリ

13/03/31 コンテスト(テーマ):第四回 【 自由投稿スペース 】 コメント:0件 sucre 閲覧数:1303

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水の檻みたい。
そう言うと彼は「や、そんな綺麗なもんじゃないでしょう、男の部屋なんて」と苦笑する。
たしかに男の人の部屋はーーと言っても見たことがあるのは先輩のこの部屋だけだけどーーものすごくきっちりと綺麗か、ものすごく乱雑か二極化している。
ここは、そのどちらでもない。
ベッドサイドにところどころ置かれた本、パイン材のシェルフにぎっしりと詰まった多国籍のCD、無造作に椅子に掛けられた服。そのどれもが等間隔で、部屋の中で静かに息を潜めている。
おまけに彼は時計の秒針の音があまり好きじゃないのでこの部屋には時計がない。
先輩とじゃれていると時を忘れてしまう。この部屋は水の檻だ。
とろとろと流れる水は指の間を通り抜けてゆくけれど水の感触は、濡れた手につめたい感触は、残る。
そう、今日のように。




「……ん」



目を覚ますと昨夜の酒鍋のホットプレートと、わたしが酔いつぶれる前に「さあ、おまえたちの持ち下ネタを肴に飲むぞー! これからは男の時間だー!」と意気込んでいた小湊先輩を筆頭とした央くんと匠くん、佐野先輩は姿をすっかり消していた。
白いリネンのカーテンの隙間からエゾカラマツの枝のように朝日が手を広げている。頭が痛い。
昨夜の服のまま起き上がろうとして、ふとお腹から腰に柔らかい水色の毛布が掛けてあるのに気が付いた。
ああ、だから寒くなかったんだ。心がすぐに温まる。
昨夜央くんが腕をふるった狭いキッチンの方から丁寧に落とされた香ばしい匂いが空気に混じって運ばれてきて、紺と白のボーダーの長袖に黒いカーディガン、カーキ色のパンツを合わせた先輩がコーヒーを啜りながら部屋に入ってきた。



「…あ、起きた? おはよう」
「おはよ、う、ございます」
「もしかしてうるさかった? ごめんね」
「や、大丈夫です。頭痛くて目が覚めちゃって。すいません、わたし自分ではそんなに飲んでなかったつもりだったんですけど…そういえば、先輩たちは?」
「央と匠は朝一の補講と講義で急いで帰ったよ、再留年が掛かってるから。佐野と小湊はバイトだって。二日酔いはもしかしたら匠が持って来た日本酒がちょっと度数が高かったからかもしれないな。あれは女の子に飲ませる酒じゃなかった」
「佐野先輩、しょっぱなからべろべろでしたもんね」
「自分の持ってきた酒で自分が酔ったら世話ないよ、まったく」
「ふふふ」



そういえば匠が出掛けになんだか勝手に二日酔いに効くお粥作って行ったんだけど、食べる?と彼に訊かれて頷いた。
胃の中はすっかり昨夜のお鍋の余韻もなく空っぽだった。
ほんのりと梅の香しい味がする熱々のお粥を食べ終わるとうすら寒かった2人の首には薄い汗が張った。
食後に温かいほうじ茶を飲んだ。




「…美味かった」
「ですね。さすが自炊の匠」
「あんまり褒めるとあいつ調子に乗るよ?」
「授業中も基本的にいつも調子に乗ってますよ、匠くんは。他の子たちが笑いすぎて講義にならんって教授がぼやいてましたもん」
「やっぱりか。…俺、あいつといると喋りたくなくなるの」
「え。だからいつも黙ってるんですか?」
「だって、あいつうるさいでしょう」
「確かに」




そういえば、こうしてくっくっくと笑うこのひとの表情をまっすぐ正面からはっきり見たのはこれが初めてだと気付いた。いつも横か、斜め前からしか見ていなかったから。
煙草を吸っていいかと訊かれたのでどうぞと勧めるとベッド脇の窓からすぐに風が入り込んだ。




「そういえば、わたしに毛布掛けてくれたのって先輩ですよね?」
「どうして俺だと思うの?」
「匠くんは酔いつぶれた女の子に気遣いとかまずありえないし。央くんは暴走した佐野先輩を押さえるのにいっぱいいっぱいだったと思うし、そもそも語り酒だし。したら残るのは先輩しかいないような気がして」



柔い布で織られたようなしろい煙が舞って、途端に部屋の中が逆光になったようで思わず目を細めると



「優しいから?」
「え」
「優しいから、俺だと思ったの?」
「…優しいからとかじゃ、ないです。先輩ならそうするんじゃないかって、ただ」
「…俺、そういう君の素直な所すごくいいと思いますよ」
「先輩は」
「うん」
「優しいって、思われたいですか?」
「好きな子には優しいって思われたいのが人の性だよ」
「…よ、ってるんですか?」




水の檻の中で。
きみはばかだね、そう言って先輩は煙草を揉み消すとそっとわたしの小さな鼻の上にキスを落とした。


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