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クナリさん

小説が出版されました。 『黒手毬珈琲館に灯はともる 〜優しい雨と、オレンジ・カプチーノ〜』 マイナビ出版ファン文庫より発売中です(表紙:六七質 様)。 http://www.amazon.co.jp/dp/4839958211 twitterアカウント:@sawanokurakunar

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将来の夢 絵本作家
座右の銘 明日の自分がきっとがんばる。

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孤独な呼吸が終わるまで

13/03/29 コンテスト(テーマ):第二十八回 時空モノガタリ文学賞【 浅草 】 コメント:7件 クナリ 閲覧数:2606

時空モノガタリからの選評

最終選考

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下町情緒が溢れていた僕の故郷は、今では世界随一の高さの電波塔が立ち、古い町特有の青黒い陰も次々に駆逐されている。
しかし夕暮れ時になると、その電波塔に西日がぶつかり、濃く長い闇の帯が一筋、町に落ちる。
まるで黄泉へ続く道の如きそれを見る度、僕は今でも姉と歩いたあの暗い隘路を、後悔と共に思い出すのだ。


昭和後期、僕が小学生の時、井戸鬼という妖怪の噂が出た。古井戸に住み、雨の日に姿を現す。井戸を覗く子供を中へ引きずり込み、ナタで足の肉を削ぐ。逃げられなくなった子供は、水底へ連れ去られ、二度と見つからないという。
丸井戸など町中どこにも無かったが、それでも井戸鬼の噂は二つ年上の姉のクラスでも有名だったらしい。

大雨が一過したある日の夜、まだ小雨が降る中、小学生の僕は姉と帰途についていた。
学校に忘れ物をした僕に、姉が付き合ってくれた帰りだった。
母子家庭だったせいか、姉の面倒見は良かった。ただ姉は父無き家の中で、責任感からか家族への献身が度を過ぎるきらいがあり、そんな姉に正直僕は少し辟易していた。時には正直、うっとうしいとさえ感じていた。
夜道を怖がる僕の隣を、そんな姉は僕よりもびくつきながら歩いていた。
「雷が鳴ると嫌だなあ」
「姉ちゃん、雷が恐いの?」
「……悪い?」
その時雷鳴が轟き、姉が悲鳴を上げた。
近道をしようと、大通りから裏道へ入り、僕らは狭い路地を急いだ。
その時僕は、井戸鬼の噂を思い出していた。雨音以外にはほぼ無音の寂しい裏路地のどこかに、化け物が潜んではいないかと空想する。か細い街灯の明かりの下、濡れて黒く変色した民家の木戸や壁板が気味悪く、恐怖を煽った。
途端に、姉の姿がふっと消えた。僕は仰天し、急いで辺りを見回すと、
「ここ、ここっ」
と、足元から声が響く。
姉は道に空いた丸い穴に落ちかけ、両腕を地面について上半身だけを地上に出した格好だった。
マンホールだろうか。でも、近くに蓋は見当たらない。
下水は増水しているはずだ。危ない。僕は姉を引っ張り出そうと手を差し出した。
その時だった。

すん。

と、何か柔らかいものを鋭く裂くような音が聞こえた。
同時に姉が「うっ!」と呻き、穴の中の自分の足元を見下ろした。
何が見えたのか、暗くて僕の位置からは分からなかったが、姉は驚愕に目を見開いていた。

すん。

「痛ッ!」
「姉ちゃん、どうしたの?痛いって?」

すん。
すん。

「あ、あっ!」
音に合わせて響く姉の声。
その顔は雨に濡れていたが、どうやら涙も流している。
「今引っ張るから」

すん。
すん。
すん。

「あ、あッ、来ちゃ、見ちゃ駄目」
「なんで?この音、何?」
姉は一時、僕の目を見て黙った。それから息継ぎも惜しむかの如くまくしたてた。
「この路地の先に信号があるからそこまで走っていくのよ。姉ちゃんは後から行くよ、だから振り返らずに走りなさい。早く!」
姉の過去に無い剣幕に気圧され、異様な状況が気になりながらも、僕は素直に従って走り出した。
背後からはあの音が聞こえてきた。

すすすすん。
すすすすすすん。

「うッ、う、あッ。う、く、ぐ、ううあッ!」
姉の声は一際大きくなり、そして途切れた。
僕は信号へたどり着き、傍らの八百屋の庇の下で姉を待った。
帰宅したら、姉は帰りの遅い母の代わりにきっと夕飯を作る。でも、今日姉が付き合ってくれたお礼に、僕が作ってやろうか。
ただ、僕の拙い調理を姉が見兼ねて、結局は二人で食事の支度をすることになりそうだが。
一度大きく雷が鳴ったが、姉の悲鳴は聞こえなかった。
そう言えば今日のお礼を言いそびれていたな。まあいいか、帰ってからで。
そんなことを考えて、僕は姉を待ち続けた。
やがて待ちくたびれて路地を戻ると、姉もあの穴も消えていた。



大人や行政がその後どれ程探しても、姉は戻らなかった。
僕も自分なりに捜索に出たが、いつも徒労に終わった。
あれが現実だったのか、もう判らない。何か、もっと陰惨な過去の記憶からの逃避のために僕の脳が作り出した、偽の思い出なのかも知れない。
ただ、姉は確かに消えてしまった。

平成の世を迎え、町も変わった。
これでは井戸鬼の住処など、もうどこにもあるまい。
けれど、現代建築の象徴たる電波塔が、西日を受けて黒々とした一本道を地上に落とすのを見るたび、その道の先には姉がいるような気がしてくる。
時折、今でも夢にも見る。両足が欠けた、姉の影を。

お陰で僕は今も、短い黄昏の後に訪れる、夜の闇に静かに怯えるのだ。科学と文明が照らす世界の片隅で、過去へと消えて行ったはずのあの雨の裏路地を思い出して。

それはきっと、母も亡くなり、もう身寄りも無い僕の、孤独な呼吸が終わるまで。
あの隘路で、姉の記憶を、青黒い闇への恐怖に囚われたまま。


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このストーリーに関するコメント

13/03/29 草愛やし美

クナリさん、拝読しました。

読み終わっても恐怖で、動悸が激しく息も荒い私です。生来の怖がりですが、最近は嘘っぱちが多いと気づくようになって少しだけましになったはずだったのですが、この話は真実味があります。浅草という地名がテーマだと思うと余計恐ろしさが現実化します。

いいお姉さんが、消えてしまった彼は、十字架のようなもの背負って生きてきたことでしょう、そしてこれからもずっとそれは変わらない、そう思うと恐怖ものなのに切なくなります。
現代でも、解明されていないことあると思います。みんな忙しすぎるから、気づいていないだけで……。

13/03/30 そらの珊瑚

クナリさん、拝読しました。

井戸鬼の恐ろしい猟奇的な行いの餌食となってしまった
弟想いの姉がなんとも可哀想です。

昔は神隠し的なことに人はいろいろお話を作っていたようですね。
そんなことただの脅かしでしょ、と百%断言できないんだな〜なぜか。
世の中がいかに進歩を遂げようが、高い塔の上には人智の及ばないなにかに繋がっている気がします。

13/03/31 泡沫恋歌

クナリさん、拝読しました。

静かな恐怖がゆっくりと伝わってきました。

お姉さんはどうなったのか気になりますが、これは神隠しだったのでしょうか?
美しい描写にうっとりしました。

13/04/01 クナリ

投稿してから思ったんですけど、実在の地名がテーマの時にそこの今旬のスポットを取り沙汰してホラーってどうなんだろうなんて。
空気読み能力無いですね…。

はぐれ狼さん>
ありがとうございます。
たぶんこの井戸鬼が姿を現したらとたんにギャグっぽくなるんだろうなあ、と思って彼には引っ込んでいてもらいました。怖いと思っていただければ何よりです。
巨大な塔とか建物って、わあすごいと思うと同時に「どんな影のつき方や落とし方をするんだろう」と思っちゃうんですよね。
たぶん、イラストを描く際にまず光源と影から考える癖の延長なんでしょうけど。
ゆっくりと伸びてくるスカイツリーの影に飲み込まれたら不思議な心地がしそうだな、などと思いながら書きました。

草藍さん>
ありがとうございます。
たぶんなんですけど、怖がりの方のほうが人生楽しいと思います。自分、富士急ハイランドの絶叫マシンとかお化け屋敷とか好きなんですけど、怖がりじゃないと楽しめないでしょうし。
なので草藍さんは、感性的には得をしています。おそらく。たぶん。きっと。そんな草藍さんをこれからも怖がらせられたらと思います。まる。
じゃなくて。
恐怖って、どんなに怖くても終わってしまえばそれまでですよね。なんで、自分がホラーを考える際、頭のどこかで「けりのつかない、終わらない怖さ」みたいなのを盛り込もうとする癖があります。
…本当に恐ろしいことには、気づかないものなのでしょうね。少なくとも、取り返しがつかなくなった後でなくては。

そらの珊瑚さん>
なくなってはじめて、うっとおしいとさえ思っていたものがいかにありがたいかわかる、というものだと思うんですよね。
怖いものは化け物でも幽霊でもなくて、大切なものがそうとは気づかないうちに失われてしまうことで。
神隠しにはさまざまな物語がありますが、子供というものがどこかで持っている神性みたいなものが説得力を与えるんでしょうね。
塔というのは、それだけで形而上の意味を偏在しそうですね。
人には決して触れられないスカイツリーのてっぺん、しかしその影であればその先に立つことができるわけで、影というのは身近にして一番の不思議な神秘の闇ですね。


泡沫恋歌さん>
ありがとうございます。
穴に落ちてもあわてない姉に「君、もっとこう、あがきなよ!」という突っ込みを入れたくなりながらもこんな目にあわせたクナリがいうのもなんですが、怖いと思ってくださってうれしいです。
お姉さんは井戸鬼に引きずりこまれ、その後は杳として知れません。もう少し時代が古ければ、神隠しとして処理されたのでしょうけど、この話の舞台ではおそらく変質者による拉致として片付けられているでしょう。
なんかこう、ひどい目にあわせた登場人物の「その後」の話ってコメントしにくいですが(^^;)。
結構描写部分を無味乾燥にしがちなので、そうならないように書いているつもりです。なので描写をほめられるととてもうれしいです。ありがとうございます。

13/04/30 光石七

元の話を知っていても、やはり怖いです…ッ
スカイツリーまで描写に取り入れて、より現実味が増したと思います。

13/05/06 クナリ

光石さん>
ありがとうございます。
明るいときには威容を誇って見えるものって、暗くなると怖いと感じることがあるんですよね。
ていうか頻繁なんですよね。
なので、スカイツリーは建造中から、「これって見方によってはすごく怖いものに思えそうだッ」と思っていました。
いやなやつ(^^;)。


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