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汐月夜空さん

切ない話が好きな空想好きです。 なんでもない日常がなんでもある日常に変わる物語を読んだり書いたりするのが特に好きです。 ブログの方でも小説やエッセイ、ネタなどを書いておりますので、よければどうぞ。 twitterの方は私生活も含めて好き放題呟いてますので、汐月夜空のことが気になる方フォローお願いします。 ブログ:http://ameblo.jp/shiotsuki-yozora/ twitter:https://twitter.com/YozoraShiotsuki

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財布と貯金肉

13/03/27 コンテスト(テーマ):第二十七回 時空モノガタリ文学賞【 財布 】 コメント:4件 汐月夜空 閲覧数:1911

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 午前中の仕事が思ったよりも長引いてしまった。
 午後の始業のベルとともに直属の上司から昼休憩の許可をいただいた私は、重たい作業着を脱ぎ捨てて昼下がりの食堂へと訪れた。
 本来の解放時刻を過ぎた食堂の中は、見るからにがらんとした雰囲気を醸し出している。私と同じようにやむを得ぬ事情で昼食が遅れた者たちがまばらに座るテーブルと、厨房の奥から響くおばちゃんたちの談笑から新鮮さを感じる。普段私たちが仕事をしている間に、食堂ではこんなにも穏やかな空気が流れていたなんて知らなかった。昼休憩の時の食堂は、人間とそれに連なる関係でいっぱいになっているから。
 私は窓際の席に荷物を置いて、おばちゃんが居るセルフカウンターへと向かい、そこで「むう……」と唸り声をあげた。
 カウンター上部に張り付けられているメニュー。その多くには既に売り切れを知らせる赤いバッテンが記されていた。残されているのは、ご飯とみそ汁の他にメインのおかずが二つだけ。
 一つは一枚100円と安い割に、衣がカリッとしており、一口歯を入れるとジュワっと熱い肉汁が漏れるコストパフォーマンスが嬉しい食堂自慢のメンチカツ。
 そして、もう一つは何と一枚500円もする期間限定商品のステーキ。どうやら目の前で焼いてくれるらしく、おばちゃんの顔が歪むほど熱しられた鉄板と、その向こうにたたずむ霜降りの牛肉が食欲を刺激してくる。しかし、改めて見るとさしが細かい牛肉の御身はとても500円の肉とは思えない。こちらもコストパフォーマンスは抜群だ。
 ――んん、いつもなら間違いなくメンチカツ一択なんだけど、今日だけはな。
 ごくり、と唾を飲む私。そう、今日だけはステーキも射程圏内にあるのだ。給料日を迎えたばかりの財布には諭吉が二人も居る。そして、今日は期間限定品の最終日。今日を逃せば目の前のステーキは二度と食べることが出来ないという事実が背中を押してくれる。
 こうして食べられる条件がそろっている以上、財布の紐はみるみる内にゆるんでくるのが人情というもの。私の胃もステーキを求めてぐるるるると抗議をしてくる。
 ――もう、だめだ。
「おばちゃん、ス……」
 私の言葉におばちゃんが「はい?」と尋ね返してくる。しかし、私の口は胃に反して、いや意に反して閉ざされたままだった。
 本当に食べていいのか。後悔しないのか。そのような自問自答は何度も繰り返した。しかし、それは障害でもなんでもなかった。それよりも今は、二つの数字が私の心の中を満たしていた。
 168、72。
 168センチ、72キログラム。それが現在の私を表すリアルな数字だった。その数字はお腹の肉として背中の肉として、スーツのズボンに乗り上げ、シャツを押し出し、周囲に異彩を放っていた。
 この前の健康診断では脂肪肝を指摘され、はっきりと肥満だと言われた私。このままでは病気になると。いつか倒れると。脅しではない事実を語られたばかりだ。
 それなのに、今、私はこのステーキを食べるのか。
 ここまで私が太った理由は簡単だ。期間限定、季節限定といった限定商品に対する出費を惜しまなかったからだ。私はミーハーだ。目新しいものは試さないと気が済まない人間なのだ。
 でも、今これを食べたら、私は――。
 私は、これからの目新しいものを食べられなくなってしまう。
 私はしばらく迷ってからおばちゃんにメンチカツを注文した。
 メンチカツにはキャベツの千切りもついている。ステーキよりは体にいいはずだった。

 お茶を汲んでから席についてメンチカツを頬張る。じゅわり、と肉汁がこぼれる。美味しかった。
 ステーキと見比べれば見劣りこそするが、これはこれで本当に美味しい。
 さくり、じゃくじゃく。と箸をすすめながら私は思った。
 出費と私の肉は比例する、と。
 財布からお金が出るほど私は太る。財布からお金が出るほど食べられる肉の質は上がる。言い方を変えれば、お金を貯金すればするほど私は痩せて、健康に近づくはずだ。
 健康とは身の丈にあったもの。肉を持ちすぎている今の方が贅沢のし過ぎなんだ。
 エンゲル係数。カロリー。熱や力になる食品。今まで習ってきたそんな言葉が浮かんでは消えていく。
 そして最後に、この身体を維持するために食べてきた食品たちを思い浮かべ、お金に換算していく。計算し終えて分かる莫大な資産を思い、ふと、人体の値段と比べてみた。
 人体の理論値は約3150円。確かに、実際持っているものはそんなものなんだろう。でも、食べてきたものを概念的にとらえれば、そんなに安いはずはない。
 捨ててきたものだって、今の私を創るうえで必要だったはずなのだから。
 私は消えていった概念の資産を、私という財布に納めてきたところを想像して、自然と笑みをうかべた。
 今日のご飯も美味しかったね。


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このストーリーに関するコメント

13/03/28 光石七

「出費と私の肉は比例する」という文章にドキッとしました(笑)
でも、美味しく食べられればそれでいいんです、うん。そう思おう。
日常の一コマを楽しく読ませていただきました。

13/04/04 そらの珊瑚

夜空さん、拝読しました。

ステーキかメンチカツか、これは迷います!
貯金肉、ユニークな発想ですね。
貯金肉、たまったら引き出せたら、いいのに。
それでまた食べ物を買う。究極のエコシステム?((笑)

13/04/18 汐月夜空

光石七さん、コメントありがとうございます。
それが書きたいがために書いたお話です笑
私もそう自分に言い聞かせながらご飯を食べています♪

13/04/18 汐月夜空

そらの珊瑚さん、コメントありがとうございます。

たまったら引き出せたらすごく嬉しいですよね♪
食べるのもより楽しくなりそうですし、使うのもまた楽しめそうです。
貯金肉、我ながらネーミングセンスを疑う言葉ですが、発想としては良かったのかなと思います。

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