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堀田実さん

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浅草で、死ねと祈る

13/03/27 コンテスト(テーマ):第二十八回 時空モノガタリ文学賞【 浅草 】 コメント:2件 堀田実 閲覧数:1934

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「危ねぇよ、てめぇ」
自転車に大量の空き缶を積み上げ路上をふらふらと走っていたホームレスに怒号が飛ぶ。
「買ったばかりなのによぉ…傷つけたらぶっ殺すぞ?あっ?」
相手も酔っているように思えた。目の奥が窪んでいるし、緩んだタイヤの輪っかみたいに口元が歪んでいる。
「弁償できる金も持ってないだろうによぉ?」男は彼を見下しながら罵倒し続ける。「たっく、臭っい匂い撒き散らしやがって、生きてる自体公害なんだよ、公害!」
引き止めようとする助手席に座る女もかすかに笑う。本当に止めようとは思ってない。楽しいのだ、急に訪れたこの雰囲気が。この人生に中で、今という地点でしか経験することのできない狂っている時間や目の前の光景が、彼らにとっては笑い転げるほどに楽しい。
「……」
しかしホームレスは何も言わない。ここまで罵倒されたにも関わらず謝りもせず、憤りの声もあげない。無視をしている。まるで自分には関係ないというように。徐々に男の頭に血が昇りはじめた。
「なんだ?怖くなっちゃって声もでねぇか?」両手をあげ勝ち誇った仕草をすると女は「ウケるw」と笑う。
「……」しかしホームレスは何も答えなかった。まるで何も興味がないというように、路肩に目をやりながら声の帯が消えていくのを待つ。
「おい、聞いてんのよかよジジイ!」痰が絡まったように語尾をはずす。一瞬シーンと辺りが静まりかえる。3秒ほど無言の余韻が残る。それでもホームレスは何も答えなかった。
「クッソ、てんめぇ!!」
怒りが頂点に達した男は車のドアを激しく開けると自転車にまたがったホームレスに殴りかかる。自転車の後輪を蹴り飛ばしては、バランスを失った彼が地面によろけた隙に顔面を2度殴り、腹とふくらはぎに蹴りを入れた。うめき声があがると男は笑い、女は歓声をあげた。
 しかし、しばらくすると男と女は戸惑いの声をあげる。まったくホームレスが動かないのだ。呻き声が徐々に小さくなったと思ったらピクリとも動かなくなって、そのまままるで土になったようにしんとしている。急に初春の冷たい夜風が三人の間を通り抜ける。
「えっ?これヤバイんじゃない…?」車内から見ていた女が震えた声で言う。
「知らねぇよ…」男も当惑している。「おい、起きろよジジイ」
しかし返事はない。
「なんだぁコイツ…、ふらふら走ってやがるからさっ!」そう言うと男は急いで車に駆け込み急発進させる。あとにはただ散乱した空き缶と自転車とホームレスが残されたばかりだった。

 山岸はふいに声をかけられた時には簡単に謝れば済むことだと思っていた。自転車に乗りながら会釈をしたが予想に反して車内の男は車をかたわらに付けてきた。嫌な予感がする。男の顔が視界に入ったが皺くちゃな猿のように思えた。
 山岸は車を見渡す。全体にワックスが行き届いていてまだ光沢が残っている。買ったばかりのように思えた、あるいは買ってもらったばかりか。顔を出した男の口からは酒の匂いがわずかにする。女の醜い笑い顔が目に付く。
『可哀想なやつだ。結局は老婆になる女を引き連れて何が楽しいんだか』
そう思うと途端に会話をする意思が失せる。ただ無言になる。生きるということも、死ぬということも、人生の意味すら考えたこともない目の前の男と何を話したって意味はありはしない。それなら何もない虚空を見つめている方がマシだった。ただ雑音だけが響く。長い時間が経ったように思えた。
「てんめぇ!!」
そう言うと目の前の男は怒り心頭で車から降り、自転車を蹴り倒す。集めていた空き缶が地面に散らばる。よろめき地面に倒れこむと追い討ちをかけるように何度も殴打が入る。身体の内部に鈍く響き渡る痛みに堪えながら無意識に祈りを唱える。山岸は何度も何度もと死ねばいいと心の中で唱えていた。気がつくともう辺りには誰もいなかった。

 朝6時、山岸は毎日参拝している浅草寺の二尊仏、濡れ仏の顔を拝める。この時間はまだ人通りも少ない。リストラを宣告された日から2年間この日課は続いている。この腐った人生の中にあっても、二仏を拝んでいると救いの光を感じるのだ。不思議と心が休まる。山岸は新聞紙広げたがそれらしい記事は見つからなかった。彼はため息をつく。
「結局はそうだ。ああいう奴は死なずに、大きな不幸にも遭わずに一生幸福そうに暮らしていく」
晴れ上がった空を眺めるとカラスが二羽、羽を広げながら大空を闊歩している。山岸にはカラスの持つ自由さえないように思われた。
「結局は俺が無能なんだ。あいつよりも遥かに無能だ!仕事も、人と上手くやっていく能力にしても、俺にはそれが皆無だった。昔から、生まれた時からずっとだ」
そうやって悪態をつく。
「死ね!」何度も唱える。
それでも彼の心は癒された。


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このストーリーに関するコメント

13/04/30 光石七

拝読しました。
世の中不公平だと思うこと、たくさんありますね。
でも… 
Minorさんのお話って、逆説的に救いを示しているように私は感じています。

13/05/07 堀田実

>光石七さん
評価して頂きありがとうございます。
逆説的に救いを示してる、っていうのはまさにそうだと自分でも思います。
毎度ですけど、光石七さんの読解力には驚かされます。
なんか絶望からの光とか、雷雨の後の晴れ間とか、そういうものが好きなんですよね。
書いてると自然にそういう物語になってしまいます。

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