kouさん

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太陽

13/03/25 コンテスト(テーマ):第二十六回 時空モノガタリ文学賞【 サーカス 】 コメント:0件 kou 閲覧数:1858

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「私、太陽になりたい」
 彼女である康歩が白光りする歯を見せた。その歯並びは鍵盤のように整然としていた。
「太陽になれるわけないじゃん」
 女性というのはわからないもので、その僕の一言がきっかけで少なからず喧嘩になった。あなたのノリの悪さには問題がある、クールぶっといてただの鈍感、だの、極めつけは、太陽の黒点をもっと愛せ、と無茶苦茶な言われようだった。それでも僕は彼女が捲し立てる言葉のメロディーラインを受け入れることにした。それは決して不快ではないからだ。そう、ポールマッカートニーのベースラインのように滑らかで、鋭く僕の心に浸透する。しかし、一点だけ否定したい。黒点は愛せない。なぜなら温度という名の概念を超越した異分子に触れれば、僕は燃え尽きてしまう。愛するのではなく、図鑑で我慢したい。
 
 太陽問題は如実に尾を引き、一週間が経過した。どうやらよほど彼女は、太陽、になりたいらしい。拗ねているのか、怒っているのか、はたまた僕のドライな一言を根に持っているのか定かではないが、確実にいえることは僕とは口を聞きたくないようだ。メールと電話は無を貫き、家の前で彼女の名を呼ぼうものなら警察を呼ばれ、あげくには職質までされた。厳しい現実を体感した。
 康歩と付き合いだして四年。知り合ったのも客と店員という間柄だった。その日の僕はいつものようにカフェでパンケーキとアイスコーヒーというお決まりのメニュを注文しながら、パソコンを開き、iTunesからスタンゲッツの音楽を聞いていた。彼はメロディアスなアドリブをきかせたテナーサックス奏者で、ひとつのフレーズを耳にしただけで、ああスタンゲッツと認知する。晩年は癌と闘いながらもステージに立った。その僕が聞いているパソコン画面をあっ、と指差した店員がいた。「スタンゲッツを聞いている人ってこの時代にいたんだ」それが康歩の第一声だった。その後、食べかけのパンケーキも下げられた。それをきっかけに会話するようになり、現在に至った。

 彼女と仲直りするのは非情に難しい。さらにいえば相手が一風変わっているとなると尚更だ。まあ、それでも女性だ。女性を理解するのは難しい。男のことを女性が理解できないように。どちらも難しいのだ。そもそも人間を理解するのはいささか難しい。それでもある程度は理解しないといけない。そういう複雑な時代に僕らは生きているのだから。
 僕の頭上には太陽が輝いていた。彼女は来るだろうか。いや、来るだろう。彼女は絶対に好きなはずだ。そう、僕は彼女のご機嫌をとろうと、『シルクドゥソレイユ ZED』に誘った。大道芸人、ダンサー、アスリート、美術家などが集まるトップクラスの集団。職場の上司が、「女を今の次元から別次元に感情を移動させるには、幻想体験が必要だ」と言った。僕の中で幻想体験といえば『シルクドゥソレイユ』しか思いつかなかった。現存するパフォーマー集団では、どのサーカス団体よりも群を抜いていると思っている。それは実際に見ないとわからないし、見ればわかる。
 やはり彼女はきた。やあ、とか、おまたせ、という言葉はない。
 「じゃあ行こうか」と僕は彼女にチケットを握りさせ、会場に向かった。席につき、開演ギリギリだったため、すぐに公園は始まった。ZEDは生演奏だ。無名の演奏家が多い。それでも演奏の質は非情に高い。よく訓練され、演奏集団の阿吽の呼吸を体感した。パフォーマーの表情に応じてドラムは強弱と緩急を折り混ぜ叩き、悲しげな表情のときはピアノが旋律を会場に浸透させる。甘いアコースティックのメロディが空の妖精の幻想的なロープ演技にマッチし、見る者を釘付けにした。
 僕は彼女を見た。やはり目を輝かせていた。さらには身を乗り出している。僕が彼女を見ていることにすら気づいてないようだ。演技は終盤を迎え、空中に掲げられた炎の輪の中を、パフォーマーが飛び込んでいく、それが終わり、空中ブランコが催され、多大な拍手が湧いた。最後のエンドロールでは全パフォーマーが一人ずつ壇上に上がり、オーディエンスはスタンディングオベーションで迎え拍手を放つ。こういう光景は日本にいながら日本ではあまりない、と僕は思った。こういう一体感を僕は好むし、隣にいる彼女も好む放つだ。それだけで空間が温かくなる。温度が蓄積される。
 
 公演が終わった後も康歩は無言だった。帰り道、無言のまま歩く。そして彼女は立ち止まった。
「今日は素敵な者を見せてくれてありがとう」
 康歩は振り向き綺麗な歯並びを覗かせた。すると太陽が彼女を照らした。眩く、太陽の一部になったのように。
 僕はゆっくりと康歩に歩みより、「好きだよ。『シルクドゥソレイユ』は別名『太陽のサーカス』っていうんだ」やさしく抱きしめた。
「太陽って素敵」
 彼女の言葉が僕らの空間の温度を上げた。


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