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W・アーム・スープレックスさん

性別 男性
将来の夢
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虫たちのやすらぎ

13/03/25 コンテスト(テーマ):第二十八回 時空モノガタリ文学賞【 浅草 】 コメント:4件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:2349

時空モノガタリからの選評

最終選考

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 京都の平安神宮が消えた。鎌倉の大仏も消滅した。大阪の通天閣が新世界のまちごと、消えてなくなった。どれもが間際に、ピカリと閃光を発しながら、消滅した。
 浅草界隈の人々が戦々恐々となるのもむりはなかった。
「つぎは、我々のところじゃないだろうか」
 雷おこし屋の主人は、不安のあまりいてもたってもいられなくなって、隣の瓦煎餅屋にとびこんでいった。
「血相かえて、どうしたい、雷さん?」 品物ケースの向うから、店主が顔をあげた。
「瓦さん、よくそんなのんきでいられるね。こんど消えるのはまちがいなく、浅草だよ」
「消えるのは何も、日本の観光地とばかりはかぎらない。昨日は英国のビックベンが消えた。一昨日はイタリアのサンマルコ広場だ。世界にはまだまだいっぱい、名所旧跡が存在する。まあじっくり腰をすえることだ」
「かりに浅草がその中で最後になったとしても、消えることに違いはない。消えてしまったらもう、何もかもお終いじゃないか」
「あたしは思うんだけど、これは何かあたしたちにははかりしれないものの仕業じゃないかな」
「はかりしれないものって?」
「毎日、煎餅や雷おこしを売って日銭の計算をしているあたしたちには想像もつかないものが、世界中から貴重な建築物や景勝地を奪い取っているんじゃないだろうか。たとえばだよ、森にいる虫をだね、アミで採集したとしても、虫たちにはなんのことやらわからない。それと同じことがあたしたちにも起こっているんじゃないだろうか」
「つまりだれかが、昆虫アミで、名所旧跡をかっさらっていくとでも」
「まあ、そうだ」
「いったい、なんのために」
「だからさ、虫たちには採集者の気持ちなど、絶対にわかりっこないということさ」
 首を捻りながら自分の店にもどった煎餅屋は、やっぱり不安と心配で落ち着けなかった。
 雷おこし屋から話をきかされたときは、そんなばかなと思った昆虫採集のことがだんだん心に染み入ってきた。そのはかりしれないものは、世界から名所旧跡を独り占めして、自分のコレクションを前にしたコレクターのように、悦にいっているのだろうか。
 彼はまた、店にじっとしていられなくなって、すぐそばの雷門にやってきた。たとえすべての名所旧跡が消滅しても、浅草だけは残ってほしい。それが彼の本心だった。
 翌朝雷おこし屋が店をあけたとき、隣りの店主が血相かえてとびこんできた。
「どうしたい、瓦さん」
「ニュースをみてないのかい、ニュースを」
「今朝はまだ。なにかあったのかね?」
「聞いて驚くんじゃないよ。地球に向って、直径百キロの隕石が接近中なんだ。恐竜が絶滅したといわれている隕石ですら直径十キロだ。その十倍の大きさだと、確実に地球は全滅だね」
「当るかどうかは、八卦と同じで、当ってみないことにはわからないんだろ」
「いや、こんどのは、すべての天文学者たちが、必ず当ると太鼓判をおしている」
「そいつは大変だ。逃げないと」
「逃げるところなんてないよ。あるとすればこの世の外だ」
「それで、いつ隕石は落ちるんだ。何億年先だなんていいだしたら、あたしゃ怒るよ」
「きっちり、ひと月先だ」
「ひと月………」瓦煎餅屋は絶句した。
 そのひと月の間に人類は、核兵器を総動員して、隕石の破壊を試みたが、二つに割れた隕石は、二つとも仲良く地球をめざした。
 雷おこし屋は、隕石衝突まであと一週間に迫ったとき、この世の名残にと、今一度浅草を隅々まで見て回ることにした。この界隈を遊び場にしていた彼の耳にはいまでも、子供のとき石畳をかけまわったときの足音がよみがえってきた。
 そのとき突然、あたり一面がピカリと光った。とっさに彼は、浅草が盗まれたと直感した。しかし眼前の浅草寺はちゃんと残っているし、雷門の大提灯もぶらさがっている。
 そこへ、雷おこし屋の店主がかけよってきた。
「瓦さん、大変だ」
「こんどはどんな大変なんだ。隕石の衝突がはやくなったのかい」
「その隕石が、消えたんだよ。いまニュースでいってた。それにだよ、これまで消えていた名所旧跡がすべて、もとに復元したんだ」
「なんだって」
「驚くのはまだはやい。地球がだね、太陽系ごと何十光年もはずれた場所に移動したんだ。地球を隕石からまもるためかそれとも、ひとつひとつ名所をコレクトするのが面倒になったか………はかりしれないもののはかりごとなど、我々にはわかりゃしない。」
「なにはともあれ、よかった、よかった。雷さん、どうだい、はかりしれないもののことはちょっと横においといて、ゆっくり浅草を見物して回らないかい?」
「いいね。あたしも何十年、浅草寺のそばで店を出してきたけど、のんびり浅草を見物するなど、いちどもなかったことだ」
 二人は、鳩たちが穏やかに翼をやすめている仲見世通りを、肩をならべて歩きはじめた。




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このストーリーに関するコメント

13/03/26 草愛やし美

W・アーム・スープレックスさん、拝読しました。

虫を採集するものの気持ち、確かに虫の立場になればわからないでしょうね。人間は、気楽な気持ちでしていることが、実ははかりしれないはかりごとになっているのかもしれません。
浅草を通して、生きているものの価値に大小はなく、万物等しくあるものだということを知った気がしました。面白かったです、ありがとうございました。

13/03/27 W・アーム・スープレックス

草藍さん、コメントありがとうございます。

私にとって浅草は遠い地で(こと座はもっと遠いですが)、過去に数度訪れたきりです。この作品を書いたとき、なぜかまた、言ってみたい気持ちになりました。
草藍さんの作品の捉え方、いつものことですが、教えられることが多いです。

13/03/29 名無

宇宙というスケールの大きさと、昆虫採集という身近な題材を、どうしてこんなに上手く融合出来るんだろうと驚きました。 とても面白かったです。

13/03/30 W・アーム・スープレックス

名無さん、コメントありがとうございます。

きれいごとはいいたくありませんが、私の中では虫も人もカミナリおこしもみな、宇宙と渾然一体になっています。なにもかも題材です。ただ、実力不足でそれらがうまく生かせてないのが辛いところです。

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