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そらの珊瑚さん

🌼初めての詩集【うず】を上梓しました。  (土曜美術出版販売・現代詩の新鋭シリーズ30) 🌼小説や詩、短歌などを創作しております。 🌼作品を置いています。よろしかったらお立ち寄りくださいませ。 「珊瑚の櫂」http://sanngo.exblog.jp/14233561/ 🌼ツイッター@sangosorano 時々つぶやきます。 🌼詩の季刊誌(年4回発行)「きらる」(太陽書房)に参加しています。私を含めて10人の詩人によるアンソロジー集です。アマゾンでお買い上げいただけます。      ✿御礼✿「馬」のオーナーコンテストにご参加いただきました皆様、ありがとうございました。

性別 女性
将来の夢 星座になること
座右の銘 珊瑚の夢は夜ひらく

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彼女の財布

13/03/24 コンテスト(テーマ):第二十七回 時空モノガタリ文学賞【 財布 】 コメント:10件 そらの珊瑚 閲覧数:2301

時空モノガタリからの選評

最終選考

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女は取り調べの最中も時折微笑みを浮かべる。三人の男が死んだ事件の容疑者としてふさわしい態度と思えなかった。
 吉川明子、三〇歳。インターネット上の或る婚活サイトでは有名人で、ハンドルネームはマヤと名乗っていた。日本人離れした美貌。すらりとしたスタイルに上質なブランド服。手入れの行き届いたロングヘアーにはゆるいウエイブがかかっている。一見すると育ちの良いセレブリティにしか見えない。サイトの会員らの間では、彼女の祖母はロシアの貴族で革命を逃れ日本にたどりついたのだと、そんな話がまことしやかに語られていた。他にもマヤの家には本物のミュシャの絵が飾られているとか、指に光るルビーの指輪は女帝エカテリーナのコレクションだったとか。いずれもその出どころはマヤではないと言う。みんなが私のことをそういう女だと勝手に勘違いなさるだけ、と。
──刑事さん、真実のような嘘と嘘のような真実ってどっちもそうたいして変わらないと思いません? 
 ネットで公開しているマヤの微笑みに取り込まれ、多くの男が騙され金をむしり取られたらしい。被害者の多くはそれまで真面目に働き、遊びもしない、女に免疫がなく、サエないモテない中年が多かった。結婚を餌に金を巻き上げるのがマヤのやり口だったが、それも彼女が無心したことでないと言い張る。あなたのために料理教室に通いたいとか、パリに語学留学してあなたに釣り合いが取れる賢い女になりたい、みたいなちょっと男心をくすぐる願いを言っただけで、簡単に男がお金をくれたと言う。
──頂戴なんて一度だって言わなかった。ただ男が喜んで、差し出したのだと。
途中でそんなからくりに気づき引き返す男もいたが、悲劇的な末路をたどる男もいた。
 資金がなくなってもなおマヤを引き止めておくために、ヤミ金、あげくは会社の金を横領し、ビルの十三階から飛び降りて死んだ男がいたが、これは単に自殺と処理されマヤはその罪には問われていない。法で裁く事が出来るのは、結婚詐欺で訴えると息まいた三人の男に睡眠薬を飲ませ練炭自殺に見せかけて相次いで殺したといわれる容疑だ。
「あなたにとって男とは何だったのか」
「わかっているくせに、刑事さん。男は財布なの。それ以下でもそれ以上でもないわ」
もともと瞳の色素が薄いのか、取調室の小さな窓から降り注ぐ逆光がその瞳に射すと、ほのかに青く妖しく光った。
「使っていいのは自分で稼いだ財布なんだとは思わないのか」
「働くって事かしら? それなら私だって働いたわ。美しいこの私自身を資本として男に差し出し、稼いだの。刑事さんの財布は悪い人を捕まえて得た財布。絵描きは絵を。詩人は何の足しにもならない真実を。皆、同じじゃない。どこが違うの?」
刑事はふうっと溜息をついた。経験上、犯罪者は怒ったり泣いたりだんまりをきめこむものだと知っていたが、マヤはいたって平常心に見える。これから男を誘惑でもしようかという気楽ささえ含ませて。「それで実のところ財布はいくつ持っていたんだ?」「うーん、そんな事覚えちゃいないわ。だけどね、最初の財布だけはちゃんと覚えている」「どんな財布だったんだね」「だった? 過去形じゃないわ。今もちゃあんと使える財布よ」その財布は結婚しようと誓った相手に土壇場で捨てられ、代わりにもらった物だという。相手は地方の名家の後継ぎで、マヤが私生児であった事、彼女の母親が飲み屋をやっていた事を理由に親に反対されての破綻だった。が、彼女は既に身篭っていて、手切れ金に堕胎料、慰謝料、さらに口止め料も入っていたのだろう。五百万がまだ手付かずに残っているという。
「勘違いしないでね。愛してなんかいなかったわ。ただの財布よ」「で、子供は?」「堕ろすなんてとんでもない。産んだわ。女の子よ。産んですぐ施設にいれたけど。今年四歳になるの。かわいいわよ。時々会いに行くの。忘れられないように」マヤの陶器のような白い頬がほんのり赤らんだ。こんな女でも母性とやらがあるのだろうか。「あの子も大事な私の財布。DNA鑑定っていうの、あれで調べたら親子って事が証明されるんでしょう。私を捨てたあの男の財産の相続人の一人になるはず。ねえ刑事さん、それって正当な私の財布でしょう。ふふ、楽しみだわ」それから彼女は、刑事さんだけに見せてあげるわと言い、胸に下げたロケットペンダントの蓋を開けた。
「私の母よ。綺麗でしょう。でもね、ばかな女。いろんな男に自分の財布を貢いで捨てられて死んだわ」チェーンを持つマヤの指が震え『ミーラヤ マヤ……』とつぶやいた。「私のかわいい人っていう意味よ。母が歌ってくれたロシアの子守歌なの」
写真は小さ過ぎてそこにいる女が美しいのかどうかさえ不明だったが、その話は明子だった頃の真実なのだろうと思い、刑事は静かに頷いてみせた。


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このストーリーに関するコメント

13/03/25 鮎風 遊

男にとってありそうと言うか、確実にある話しで、
気を付けようと心に刻みました。
が、もうこの歳にもなれば、あり得ないかな…。
と、いろいろ考えが巡らせてくれる物語で、面白かったです。

13/03/25 草愛やし美

そらの珊瑚さん、拝読しました。

男は財布、なるほど、実際あるような話。世間から見て、極悪非道で、涙もない女に思われそうですが、私はマヤに漂う寂しさを感じます。それはどこから来るものなのなのか? 私自身が、マヤにそういう女性像であってほしいと期待しているから、感じるだけなのかもしれません。でも、幸せな生い立ちならこんな考えの人間にはならないはずだと思っています。

突き放した生き方だとマヤが言えば言うほど、憐れに思えて、マヤが寂しそうで悲しくなりました。

詩人は、何の足しにもならない真実を金にかえているんですね、この表現好きです、適格すぎて、思わず唸ってしまいました。笑

13/03/26 泡沫恋歌

珊瑚さん、拝読しました。

私はこういう堂々とした悪女が大好きです。
いつか、思いっきり悪女が主人公で小説を書きたいと思っています。

今日読んだ、珊瑚さんの小説を私の中で静かに発酵させていきたいです。
悪女イイですね。

永遠のミステリーです+゚。*(*´∀`人)*。゚+

13/03/28 ドーナツ

拝読しました。
マヤのやったこと、ニュースになったら、悪い女さぎしとか、魔性の女とか書かれるのだろうけど、なびく男も、わるいなぁ、、と、
でも、なぜか、マヤに味方してしまう。

嘘も、つきすぎると、真実になってしまうのかも。

マヤって名前、
「ガラスの仮面」思い出しました。

珊瑚さんの物語のマヤは、外見は、突っ張らかったようにみえて、ほんとうはとてもはかない雰囲気のある女性かな、そんなイメージ浮かびました。

13/03/29 クナリ

マヤの価値観を肯定することはできないのですが、「共感できないけど感情移入してしまう」という不思議な状態になりました。
母親といい娘といい、家族の話をするときのマヤには、不敵なばかりでない純粋な彼女の様子が現れているように見えます。

13/04/04 そらの珊瑚

鮎風さん、ありがとうございます。

いやいや、いくつになっても男女の中はわかりませんよ〜
お気を付けくださいね。

13/04/04 そらの珊瑚

草藍さん、ありがとうございます。

いくらお金をだまし取っても、マヤという人は永遠に満たされない心を抱えていくのでしょう。褒められた生き方ではないですが、マヤのあわれを感じていただけて嬉しいです。

詩人は……のくだりには、「作家は嘘をお金に変える」と書いたのですが、字数の関係で削除しました。

13/04/04 そらの珊瑚

恋歌さん、ありがとうございます。

悪女、いいですよね。倫理観はとりあえず置いて、悪女にはなんとしても自分を肯定させるような、とても利己的な理屈がありそうです。
恋歌さんの悪女もの、いつか読ませてくださいね!

13/04/04 そらの珊瑚

ドーナツさん、ありがとうございます。

簡単に女に騙されてしまう、もしくは男に騙されてしまう、そんな事件はよくありますね。愛の証がお金だとでもいうような。愚かであるとは思うけれど、それが人間なのかなと思ったりして。
ガラスの仮面、ハマったときがありました。

13/04/04 そらの珊瑚

クナリさん、ありがとうございます。

感情移入していただけて、嬉しいです。
マヤのような女は嘘と真実の境界線があやふやなので(ほとんどが嘘だとしても)いちるの真実みたいなもの、芯の部分では残っているのかもしれません。犯罪者として産まれてきたわけではなくて、結果そうなってしまったということは、歯車がそういうほうへ回ってしまった結果なのでしょう。

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