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奈良春水さん

奈良春水(なら しゅんすい)と言います。 読み手の心をホッと温めたり、時には涙を誘う(?)小説を書くこと心掛けたいと思います。 よろしくお願いします。

性別 男性
将来の夢 自転車で日本一周の旅に出る
座右の銘 臥薪嘗胆 →中学か高校の漢文の教科書に載っているアレです。メンタリティーが好き。 なんくるないさぁ →沖縄の方言で「なんとかなるさ」という意味。響きが好き。 辛いことや苦しいことがあった時は、いつもこの2つの言葉を呪文のように呟いてます(笑)

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ふるさと

13/03/24 コンテスト(テーマ):第三回 【 自由投稿スペース 】 コメント:0件 奈良春水 閲覧数:1433

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「ねえ、パパ、まだぁ?」
「もう少しだから。ほら、悠也、緑がきれいだろ」
「もう疲れちゃったぁ」
「なに言ってんだ。まだおじいちゃんち出てから5分しか経ってないぞ」
「だって、ここ木ばっかで、なにも無いじゃん。ファミレスとかあればいいのに」
 息子の悠也のその言葉に、私は思わず力が抜けそうになった。
 まあ、普段の暮らしに慣れた幼い悠也にはギャップがありすぎるのだろう。
「ねえ、悠ちゃん。東京じゃ、こんなに自然がたくさんあるところなかなか無いでしょ?それに、空気がとっても美味しいよ。ほら、悠ちゃんも、息吸ってー、吐いてーしてごらん」
 一緒に歩く妻のその言葉にも悠也は乗らず、遂に歩くのを止めてしまった。
「もう歩けないっ。疲れたぁ」
 やれやれ。
 私は、仕方なく悠也をおんぶして目的地を目指す。
 ここは、東京から電車を乗り継いで六時間はかかる小さな村だ。そして、私のふるさとでもある。この週末を利用して実家に一泊二日のちょっとした帰省をしている。
 私のふるさとでは、毎年この時期に古くから伝わる伝統的なお祭りを行っている。名前は、村の地名をそのまま使って「奈良尾(ならお)村祭り」。山の神に、その年の秋の実りを祈願するお祭りだ。まあ、だからお祭りと言っても、そんなに派手なものではなく、行事と言ったほうがいいのかもしれない。
 とにかく、そんな奈良尾村祭りに、今年は家族で行くことにした。毎年行っているお祭りだが、妻と息子を連れて一緒に行くのはこれが初めてだ。

 お祭りの会場となる公民館の駐車場には、すでに人が集まっていた。私たちと同じように家族連れがいる。老夫婦もいる。まあ、若い人はあまり見かけないけど、地元の人や帰省した人が集まっていた。
 私に気付いた一人の男の人がこちらに近づいてきた。
「やあ、久しぶりやね。また、来とったんか?」
 そう言って、高校の同級生だった梶原がこの地方特有の方言丸出しで話しかけてきた。
 梶原は高校を卒業して地元で就職した。いまでも奈良尾村に住んでいる。
「まあな。明日帰っちゃうけど、せっかくだから見に来たんだ。ほら、うちのカミさんと息子も」
 私は標準語。大学進学を機にこの村を出て、そのまま東京で就職し、結婚した。上京してからもう十年以上は経つ。
「ほお、孝博の嫁がこげなべっぴんさんなんて、わし、知らんかったわ。それに、子どもも可愛かねぇ」
 梶原はそう言って、妻と悠也をまじまじと見る。東京では、初対面の人にこんな好奇心むき出しで話しかけてくる人はまずいない。やはり田舎だからだろうか。おかげで妻も悠也も少し戸惑っているようだった。
 私は苦笑しながら「それで、どうなの?今年のお祭りは」と聞くと、私に向き直った梶原は眉間にしわを寄せながら「いやぁ、今年は特にいかんねぇ。なんせ、若けー連中が少ないから保存会に入らんのよ」と言った。
 奈良尾村も全国の例に漏れず過疎化が進んでいる。たぶん、私が上京した頃から急速に。地元の人はお祭りの伝統を受け継いでもらおうと、保存会に村の若者を誘っているが、その若者の数自体少ない。今年はなんとか一人入ったそうだか、来年はどうなるかわからない。
 それも仕方ないか。時代が違うもんなぁ。
 そう思う私も、ふるさとを出た者の一人だ。別にこの村が嫌いだったわけではない。子どもの頃は、自然が豊かなこの村で友だちといつも遊んでいた。川のせせらぎ、雨上がりの草木の匂い―――すべてがよかった。奈良尾村祭りにも、今日の私たちのように父や母と一緒に見に来ていた。
 でも、中学生や高校生になると、だんだん将来のことを考えるようになる。その時、この村で暮らすことは難しいんじゃないかと感じるようになった。近くのスーパーは品揃えが悪くて、病院は夜間診療がなくて、レジャー施設なんてものはこの村には贅沢品に過ぎなかった。いまではスーパーも病院も潰れてしまい、隣町まで行かなくてはならない。
 人が日常を暮らすには、やはり不便なところだった。だから、私は東京で暮らしている。
 でも最近になって、梶原をはじめ、村に残った人を素直に「偉いなぁ」と思うようになった。少しの後ろめたさや申し訳なさを伴って。
「そう思うなら、ふるさとに戻ってきて暮らしなよ」
 誰かがそう言ったら、私は困ってしまうだけなのだが。

「ぼく、いくつや?」
 梶原はそう言って、私の背中にいる悠也に話しかけた。
 悠也は、恐る恐る右手の親指だけを曲げて梶原に見せた。
「そっかぁ、四歳かぁ。じゃったら、こんお祭りはちーと退屈かもしれんけんど、まあ、太鼓やら、踊りやらがあるけぇ、それ見てってえなぁ」
「・・・おじちゃん・・・焼きそばとか、ヨーヨーとか、無いの?」
 悠也の中でお祭りといえば、歩行者天国になった道にたくさんの人が歩いて、その両脇に出店が並んでいる、そういうものをイメージするしかないのだろう。実際に、いままでそういうお祭りしか体験させてこなかった。
 梶原は悠也の問いかけに一瞬怪訝な表情をして、それから可笑しそうに笑って続けた。
「そっかぁ。ぼくは出店がある、思っとったかぁ。いやぁ、参ったなぁ、こりゃ。こんお祭りはそういうやつと違うんじゃ。なんて言ったらええかなぁ。そうやなぁ・・・神様に今年もお米や野菜がたくさん作れますよーにって、お願いするお祭りやから出店は無いんじゃ。ごめんなぁ。あっ、でも、最後に美味しいとん汁が食べれるけぇ。待っとってなぁ」
 梶原のその言葉に、悠也はしょんぼりしてしまった。
「悪い、まだこの子にこのお祭りがどういうものか説明してなかったから」
 私が梶原にそう言うと「ああ、もうそんなん、ええって、ええって。子どもにしてみたら、やっぱりつまらんお祭りじゃけぇ、仕方ないわ」と笑った。
「おーいっ、梶原ぁー」
 向こうで、保存会の人だろうか?衣装をまとった人が叫んだ。
 その声に梶原は、まるでいたずらが見つかってしまった子どものような顔になりながら、私に「もうすぐお祭りが始まるけぇ。わしもまだ話したいことがあるんけんど、なんせ、踊らないけんしな。まあ、またの」とだけ言って、足早に去って行った。
 私はそんな梶原を見送りながら「あいつは昔っから変わってないなぁ」と思って、やはり少し申し訳ないような、なんとも言えない気持になった。

 お祭りは「予定調和」という言葉がぴったりな程に順調に進んだ。まずは村長の挨拶。次に、鬼の面をした梶原たち保存会のメンバーが太鼓の音に合わせて踊りを舞った。中には耳にピアスを開け、髪を茶髪に染めて踊る、いかにも今どきの田舎の若鬼も数人いたが、それでも彼らは真剣に踊っていた。そして、最後に参加した人みんなで東を向き一分間の黙とうをして、神様に今年の豊作を願った。
 ただ、それだけ。時間にして三十分はかからない。本当に順調にお祭りは終わった。
 唯一の想定外といえば、私が近くで梶原たちの踊りを見ようとしたら、鬼の面が怖かったのか、急に背中にいた悠也が「降りる、降りる」と叫んで、妻のところに泣きながら駆け寄ったことぐらいだろうか。

 そして私と妻はいま、みんなとは少し離れたところで、炊き出しのとん汁が振る舞われている様子を見ている。東京に比べて、ここは日が暮れるのが早い。腕時計を見ると、まだ六時を回ったところだったが、もう辺りは薄暗くなってきた。
「悠ちゃんにはまだ少し早かったのかもね、このお祭りは。おかげで、こうだもん」
 妻が自分の背中を優しく揺すりながら言う。さっきから、悠也は妻におんぶされてすやすやと眠っている。出店がなくてがっかりして、おまけに鬼に泣かされて、疲れてしまったのだろう。
「まあ、ちょっと早かったかな。でも、まさか鬼で泣くとは思わなかったけど」
「ほんと、ほんと」
「でも悠也が小学生になったら、また連れてきたいなぁ」
「そうよね。やっぱり、こういうことも受け継いでこそ意味があるのよ。まあ、都会で暮らす私たちが言える立場じゃないのはわかってるけど」
 妻がそう自嘲気味に言って笑ったので、私は冗談っぽい口調で尋ねた。
「じゃあ、東京のマンション出て、ここで暮らす?」
 答えはわかっている。
 案の定、妻は笑顔のまま「それは無理よ。仮にあなたがよくても、私や悠ちゃんがここの暮らしに慣れるのは大変なんだから」と言った。
 でも、続けてこうも言った。
「でも、毎年この時期にここに来て、お祭りに参加するってのはいいかもね。なんか上から目線な言い方だけど、今日来てみてそう思った」
 その意見に私も賛成だ。それが、いまの私たちにとってベストな選択だろう。
 お祭りと呼ぶのもおこがましい程のささやかなお祭りだが、私のふるさとが古くから伝えてきたことだ。伝統だ。大切にしていきたい。梶原のように奈良尾村で暮らす者、私のように奈良尾村を離れて別の場所で暮らす者。立場は違ってもそんな想いだけは、この、私の、ふるさとに関わるすべての人が持っていてほしい。そう信じたい。
「ねえ、見て」
 上を見た妻が言う。
 だから、私もつられて見上げる。
 空には、東京では決して見ることは叶わない幾多の星が、まるでふるさとに降り注ぐかのようにキラキラと輝いていた。

(おわり)

 


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