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地ー3さん

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誰でもない

13/03/22 コンテスト(テーマ):第二十六回 時空モノガタリ文学賞【 サーカス 】 コメント:1件 地ー3 閲覧数:1880

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「そういえば僕、ピエロさんの素顔見たこと無いですね」
 とあるサーカスに所属する少年ポコは先輩である道化師と共にテントの隅で備品の片づけをしていた。ポコの隣では仮面を付けた道化師、ピエロが同じように荷物の整理を行っている。
「まあ、人前ではこの仮面を取りませんからね」
 本人の言うとおり、ピエロは人前で決してその仮面を取ろうとはしない。さらに、自分から本名も明かそうとしないのだ。
 顔も名前も分からないこの男を他の団員たちはその唯一の特徴点、つまり道化師であるということからピエロと呼ぶことにした。入団当初懐疑的だった団員たちだが、ピエロの一流とも言える道化師の腕前やサーカスの仕事を真剣に打ち込んでいる姿を目の当たりにし、今ではサーカスの仲間として受け入れていた。
 普段のピエロも人当たりが良いのでポコのような新人にもすぐに好かれ、共に作業することが多いのだ。
「ピエロさんの顔、見せてくださいよ」
「ちょっと私、素顔を見られたくないものでして」
 困ったように頬……もとい仮面を掻くピエロ。
 今やピエロの素顔を詮索することは御法度であるのがサーカス内の暗黙の了解である。だが、まだ子供であるポコは好奇心を抑えきれなかった。
「いいじゃないです……かっ!」
 ピエロの隙を見て、ポコは仮面を引っ手繰った。そして、ピエロの素顔を見て、仮面を取り落とした。
「見てしまいましたね」
 ピエロの仮面の下には素顔と呼べるものは無かった。顔があるべき部分には何にもない。いや、光すら飲み込む、底無しの闇があった。
 ポコには目の前にいるものが何なのか皆目見当が付かなかった。それどころか目の前の光景が現実であるかさえ分からなかった。
「道化師を演じている内に自分が何者か分からなくなったのですよ」
 動物や人間では無い、それどころか生物であることすら分からない正体不明の化物が自分の目の前にいる。そのあまりの現実に腰が抜け、ポコは尻餅を付いてしまう。
「おどけ、ふざけ、楽しませる事に、道化でいることに心血を注いできた。自分の事を捨てて、必死でしたよ。そうしていつの日、私は自分を忘れてこのような存在となった」
 ゆっくりとポコへ近づくピエロ。いつも耳にしていた筈の声、お客や団員たちを笑わせていたその声は、今のポコにとっては死神のそれのように耳に入った。
「そう、言うなれば私は道化師に自分を飲み込まれたのです」
何も無い闇に覗きこまれているような不気味さにポコの身体は震え上がる。
「しかし、この事を他の団員の皆様に知られると少々厄介なことになってしまいそうですね」
 数秒、首を傾げたピエロは何か思いついたようにポンッと手を叩く。その芝居染みた動作がポコの恐怖感をあおった。
「あなたにも道化師に飲み込まれてもらいましょう」
 そう言ったピエロはポコの手首を握り締めた。するとピエロが掴んだ部分からポコの腕は徐々に黒く染まり、その部分の感覚が消えていく。通常ではあり得ない現象、そして初めて感じる肉体の喪失感にポコの全身が総毛立つ。自身に降りかかった異常、今すぐ叫び声をあげて助けを呼ばなくては自分の命に関わると直感する。しかし、恐怖のあまり声が出ない。
「大丈夫ですよ」
 恐怖に震えるポコを宥めるようにピエロは優しく語りかける。既にポコの首から下は黒に染まり、感覚が奪われている。文字通り手も足も出ない。
「私の一部となってこの一座を共に盛り上げましょう」
 耳の、そして目の感覚すらも失い、ついにポコの意識は闇に飲まれた。


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このストーリーに関するコメント

13/03/22 光石七

拝読しました。
自分を忘れて道化師を演じてきたゆえの自己喪失の哀しさ、それに飲み込まれる恐怖。
鳥肌が立ちました。

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