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クナリさん

小説が出版されました。 『黒手毬珈琲館に灯はともる 〜優しい雨と、オレンジ・カプチーノ〜』 マイナビ出版ファン文庫より発売中です(表紙:六七質 様)。 http://www.amazon.co.jp/dp/4839958211 twitterアカウント:@sawanokurakunar

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将来の夢 絵本作家
座右の銘 明日の自分がきっとがんばる。

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温もりに敵わない

13/03/12 コンテスト(テーマ):第二十七回 時空モノガタリ文学賞【 財布 】 コメント:8件 クナリ 閲覧数:3228

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三月の夕暮れは、思ったよりも早く訪れてきていた。
富士山の裾野にある遊園地の賑わいはまだまだ続いているが、
「あと一時間くらいで、ほとんど閉園だね」
四月から大学生になるサナが、高一の終りを迎えているカケルに言った。
乗り足りない気分はあったが、カケルにとってはサナの隣にいる時間にこそ意味があった。ただ、サナにとってはそうではないことも分かってはいた。
「すみません、朝から付き合わせて。疲れましたよね」
「ううん、平気」
そう言ってはくれても、本心では好きでもない男とのデートが早く終わってほしいと願っているに決まっている。
カケルの通う高校をつい先日卒業して行ったサナと、こんな時間を過ごせるとは思っていなかった。例えそれが、卑怯な恫喝によるものだったとしても。

二人は美術部に在籍していた。春休みに部室に遊びに来たサナが、居合わせた女子に談笑などして帰った後、少し経ってからカケルは彼女の忘れ物に気がついた。財布だ。
彼女しか座っていない場所に、それは落ちていた。こんな物を落しては、サナがさぞかし困るだろう。
以前に番号を聞いてあったサナの携帯電話にかけると、自転車で帰った彼女はもう家に着いていた。
「ありがとう。今、すごく慌てて探してたの。良かった……」
電話口の、心からの安堵を込めた声の様子に、カケルの胸の中で凶悪な感情が一瞬渦を巻いた。
「先輩、この財布は勿論返します。その代わり、明日一日、俺とデートしてくれませんか」
気付いた時には、そんな交換条件を口にしていた。

夕焼けを背負った観覧車を、歩き疲れた二人はベンチに並んで見ていた。
傍らの絶叫マシンから頻繁に響く悲鳴を聞いたサナが、無邪気に、
「私たちさっきまで、あんなのに乗ってたんだね」
と言った時、カケルの中の何かが決壊した。
「何で、楽しそうにしてくれるんですか」
サナがカケルの顔を見た。カケルは足元に視線を落したまま、上げられなかった。
「何で、早く財布返してって言わないんですか。もういいでしょ、もう帰りたいのって、言えばいいじゃないですか」
しかし返ってきた声は、温かかった。
「言わないよ。必ず返してくれるって、分かってるもの。だから、まだいいよ。何か、温かい物飲みに行こうよ。あたしがおごるから」

二人は近くのフードコートへ入った。
サナが自分の赤い財布を取り出し、コーヒーを二つ買った。
手近なテーブルに二人で着いたところで、カケルがサナの落した財布を取り出し、差し出した。薄く黒い革の財布。カケルも部室で見つけた時、一目で男物だと分かった。
「彼氏のですよね」
「うん。あたしの部屋に忘れて行ったの。次に会う時に返そうと思って持ち歩いてたんだけど、部室に落としちゃったのね」
決して手に入らないと諦めていたはずの人に、恋人がいるという事実を突き付けられて、なぜ嫉妬などという都合のいいものが巻き起こるのか、自分でも分からない。厄介なことに、それは分からないなりに制御できるほど淡い想いでもなかった。しかし、だからと言って、正しいわけでもない。
「すみませんでした」
人々の喧騒の中、互いの声だけがカケルにはひどく明瞭に聞こえた。
「返してもらったら、ここにいる理由なくなっちゃうね。……今日、楽しかった。本当だよ」
そう言って、サナが黒い財布を受け取り、バッグにしまう。
カケルはまた視線を上げられず、紙のカップの中でコーヒーに小さな波が立つのを見て、サナが立ち上がったことを知った。
「辛かった?」
視界の外からの声に、カケルがせめてもの思いで首を横に振る。
「ごめんね」
そう言って屈みこんだサナの顔が視界に入り、カケルは初めてサナが微笑んでいることに気づく。
「またね」
穏やかに囁いて、サナはそのまま去っていった。

一人残されたテーブルは、なぜか居心地が悪くなかった。
最後の一言は再会を望む言葉ではなく、赦しの言葉なのだということは、カケルにも分かった。そしてその思いやりのおかげで、ああこれで吹っ切れた、と思える。これで、終わったんだと。
怒って、責めてくれたら、その辛さから逃れるために、カケルは何かしら感情任せの暴挙が出来る。そうしたら幾らか気分も晴れ、随分楽になれるだろう。しかしその、傷の裏返しのような楽さは、きっとカケルを捻じ曲げたに違いない。
 ――こんな迷惑な後輩まで救うようなあの人の温かさには、敵いやしない。
改めて悟りながら、カケルはテーブルに残された二つの紙カップを片付けるため手に取った。
まだ温もりがある。
だが、この温度は遠からず失せ、もう二度と戻らない。

……。

ぽとりと涙が落ちた。続く雫が次々に孤独なテーブルを叩く。
吹っ切れたと思ったのも、終わりだと思えたのも、嘘だった。
それでも、あの人を好きになってよかったと、カケルは思った。


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このストーリーに関するコメント

13/03/12 泡沫恋歌

クナリ様、拝読しました。

美しくも切ない青春ストーリーですね。
凝縮された時間の中に、登場人物たちの気持ちや感情を織りこませて
自然にシチュエーションが理解できます。

いつも思う、巧い作家さんだと。
まるで騙されたようにクナリさんの世界にひきずり込まれてしまった(笑)

ありがとうございます。

13/03/12 草愛やし美

クナリさん、拝読しました。

クナリさんは、ホラーやミステリが特に好きと書いておられるように、そのカテゴリーに、幾つものよい作品を書いておられますが、こういう恋愛ものも、とてもいいですね。クナリさんのこの分野の作品、私は好きです。

この前の「溺れる心……」もとてもよかったですが、登場人物の気持ちが手に取るように理解できるので、作品にスッと入っていけるからだと思います。

クナリさんは、心情を描くのが本当に上手いですね。いい作品だと思います。

13/03/15 クナリ

泡沫恋歌さん>
お読みいただき、ありがとうございます。
あッ、なんですかいつもって。ちょっとちょっといつもってかなり嬉しいじゃないですか。
今回の様に、出来事よりも人間関係を中心にした話の場合は、いかに登場人物たちに思い入れを持ってもらえるかが大事だと思うので、楽しんでいただけていれば何よりであります。


草藍さん>
お読みいただき、ありがとうございます。
というかいつもありがとうございます。
こちらのサイトに登録した時、「こんな自分が書く恋愛沙汰なんて、面白いはずがないッ。ホラーに注力して書いて行こう!」と思っていたのですが、最近人間模様を描く方が楽しくなりつつありますねー。


はぐれ狼さん>
初投稿お疲れ様でしたッ。
そしてお読みいただきありがとうございます。
ご都合主義については、最近「都合のいい展開の言い訳のための文章を字数の中に収める手間」というものにイヤ気がさしつつあり、そのせいで粗くなりましたかね(^^;)。
お褒めの言葉嬉しいです、ありがとうございます。

13/03/16 光石七

美しい青春の1ページという感じで、胸がキュンとしました。
さすがクナリさんです。
男女の心の機微の描写が上手いですね。

13/03/17 クナリ

光石さん>
ありがとうございます。
青春って、なんだか言葉にすると気恥ずかしいんですが、読む題材としては大変好きなんですよね。
さすがなんぞということはありませんが(^^;)。楽しんでいただければ、何よりです。

13/05/01 そらの珊瑚

クナリさん、拝読しました。

富士山の裾野にある遊園地、個人的に思い出のあるところなのですが、久しぶりに思い出しました。
カケルは黒い財布を拾った時点で、それが彼氏のものではないかとちらりと思ったでしょう。それだからこそ、あがいてみせたい気持ちが抑えられなくなってしまったのかもしれませんね。揺れる少年の心模様がリアルに伝わってきました。

13/05/06 クナリ

そらの珊瑚さん>
ああ、ええ、もう、完全に決めてましたね!<彼氏の財布
話の中では、ちょっとミスリードの要素として入れたのですが(カケルがサナの財布持ってるのに、なんでサナが飲み物をおごれるんだよ、あ、なんだカケルが拾ったのはサナの彼氏の財布かい、みたいな)、中途半端になってしまいました。
カケルはかまってちゃんであります。
クナリと同じです(^^;)。

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