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泡沫恋歌さん

泡沫恋歌(うたかた れんか)と申します。

性別 女性
将来の夢 いろいろ有りますが、声優ソムリエになりたいかも。
座右の銘 楽しんで創作をすること。

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青いサーカス

13/03/11 コンテスト(テーマ):第二十六回 時空モノガタリ文学賞【 サーカス 】 コメント:22件 泡沫恋歌 閲覧数:10929

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 私は八歳の時に一度だけサーカスを観たことがある。ボリショイサーカスというロシアのサーカス団だった。大きなテントの中で両親と一緒に空中ブランコ、綱渡り、猛獣ショーを手に汗を握りながら観たように思う。

 サーカスを観た夜、母が消えた。
 急に居なくなった母のことを父に訊ねたが「お母さんは入院した」というだけで、どこに入院しているのかも教えてくれない、病院にも連れて行ってくれなかった。
 まるでイリュージョンのように母は忽然と私の目の前から消えてしまった。もしかして魔法の呪文を唱えると……どこからか満面の笑顔で母が現れるのかしら? そんな期待をずっと抱いていたが、結局、母は姿を現さない。
 それは「入院」というよりも「蒸発」だった。
 その内、祖母が同居して私の世話をするようになると、母の話は禁句になってしまって、母の荷物もきれいに片付けられていった。
 両親と観たサーカスは私に取って最後の家族の幸せな時間だった。その後、ひどく無口になった父と出掛けることもあまりなかった。

 その父が亡くなって三ヶ月が過ぎた。
 仕事中に脳梗塞で倒れた父はそのまま帰らぬ人となった。祖母も三年前に他界していたので、ついに私は天涯孤独になってしまった。
 ああ、この世に血のつながった人がいない――待てよ、母はいったいどこへ行ってしまったのだろう? 二十年たった今も母の消息は分からない。
 だが、戸籍上の母は今も家族として記載されていた……父は最後まで何も教えずに逝った。
 遺品の整理をしていたらタンスの裏から一枚の額が出てきた。綿埃にまみれた額を拭くときれいな青色の絵が現れた。「青いサーカス」というマルク・シャガールの絵だ。それは母が好きな絵で複製だが、昔、家の居間に飾られていたように思う。
 なぜ、こんなところに父は「青いサーカス」を隠していたのだろうか?

 父宛てへ見知らぬ人物からはがきが届いた。

〔お元気ですか? 最近、お見舞いに来られないので心配しています。 ○○病院内 山口晴枝〕

 山口晴枝? いったい誰だろう? 
 私は気になって、その病院を訪ねることにした。――そこに行けば、何か秘密が分かるような気がする。
 幾つもの電車を乗り継いで、どんどん都会を離れてゆけば、美しい海岸線の見える古い病院に辿り着いた。サナトリウムのようだが、心療内科・神経科と書いてあるから精神科病院のことだろう。
 受付で「山口晴枝」という人物のことを訊ねたら「お待ちください」と言われた。どうやら、ここの職員のようだ。海の見える待合室で待っていると、五十代の看護師がやってきた。
 私が父の名前を告げ娘ですと説明すると、
「あら、お嬢ちゃんも昔、一、二度ここに来たことがあったわね」
「えっ?」
 そんな記憶はない、母が消えた前後の私の記憶は曖昧なのだ。
「……そう、お父さん亡くなったんですか。毎月、欠かさずお見舞いに来られてたのに急に来なくなって、心配で……本当はそういうことやってはいけないんだけど、個人的な判断ではがきを送りました」
 毎月ここに父が来ていた? そういえば、釣りだといって早朝から出掛ける日があったが、一度として釣った魚を持って帰ったことはない。それは口実でここに来ていたのか。
「あのう……ここには誰が入院しているのでしょうか?」
 核心に迫る質問をした。
「何も聞かされてなかったの?」
 驚いた顔で看護師は私の母の名前を告げた。やはり、そうだったのか。二十年前、忽然と消えた母は精神科病院に入院していたのだ。
 
 封印されていた、幼い私の記憶が鮮明になってきた――。
 サーカスを観た日。家に帰ってからも興奮冷め遣らず、あの空中ブランコは衝撃だった。
 その頃、私たち家族はマンションに住んでいたが、母の精神状態が不安定で大声で叫んだり、沈み込んだりと危険な状態だった。
 空中ブランコに乗りたいと母にいったら――私の足首を掴んで、七階のベランダから宙ぶらりんにした。その時の母の嬉しそうな顔といったら、常軌を逸していた。七階のベランダから見た逆さまの青い空! 私の悲鳴を聴きつけて父が助けに来てくれた。
 ――そこから、しばらく私の記憶は曖昧になる。私が怖がるので居間に飾られていた青いサーカスも片付けたのかも知れない。
 父は私を母から遠ざけることで守ろうとした。母は遠ざけられることによって守られていた。――この二十年間、私たち家族を父は守っていたのだ。
 
「お母さんに会いますか?」
 看護師のその言葉に静かに頷いた。
 病室のドアを開けるとベッドに中年の女性が眠っている。壁にはシャガールの「青いサーカス」が掛けてあった。
「今は落ち着いています」
 この人が私の……。
「お母さん」
 イリュージョンが解けて、やっと母を見つけることができた。


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このストーリーに関するコメント

13/03/11 泡沫恋歌

画像はマルク・シャガールの「青いサーカス」(Blue Circus)

マルク・シャガール(Marc Chagall, 1887年7月7日 - 1985年3月28日)は、20世紀のロシア(現ベラルーシ)出身のフランスの画家。

13/03/11 こぐまじゅんこ

泡沫恋歌さま。

拝読しました。
なんか深いものを感じました。

お父さんが、素敵です。

13/03/11 yoshiki

結末をあれこれ想像しながら読ませていただきました。

字数が制約されているから、仕方がないですが泡沫恋歌さんなら

もっと話が膨らむかもしれませんね。

こういうミステリー調の展開の話はとても好きです。(*^_^*)

13/03/11 草愛やし美

泡沫恋歌さん、拝読しました。

複雑な家族の事実を秘密という形で守ってこられたお父さんは、素晴らしいですね。精神に異常をきたしたお母さんは、青いサーカスの絵の中で生きているのかもしれませんね。

家族愛の深い内容を2000文字という短い字数なのに、謎に包んだ手法で描いておられて、うまいなあと感心しました。

13/03/11 笹峰霧子

なんとも胸にジーンとくるような作品ですね。
お父様のお気持ちを考えると猶更です。
しっかりとお母様とお子さんを守られたお父様は立派だったと思います。

13/03/12 泡沫恋歌

こぐまじゅんこ 様

コメントありがとうございます。

これはマルク・シャガールの「青いサーカス」を
リスペクトして書いた作品です。

13/03/12 泡沫恋歌

yoshikiさん、コメントありがとうございます。

最初に人が消えたというイリュージョン的発想から始まって、誰が隠したのか?
という疑問と何処に行ったのかという謎を追っていきます。

たぶん、文字数があればもっとミステリアスに書けたかも知れません。
が、如何せん2000文字では展開しきれない!

13/03/12 泡沫恋歌

草藍さん、コメントありがとうございます。

悲しい事ですが、家族であってもお互いに遠ざけることで守って来た父親。
全ての謎を抱えたまま亡くなった父親の秘密を追う娘。
最後に行き着いたのは20年前に忽然と消えた母親。

ミステリアスなお話になりました。

13/03/12 泡沫恋歌

笹峰霧子 様

コメントありがとうございます。

家族であっても一緒に暮らせない。
遠ざけることでお互いに平穏に暮らしていける。
その為に父親はいろんな事実を秘密にしてきたのです。

七階のベランダから宙ぶらりんにされたら一生のトラウマですよね。

13/03/12 クナリ

ラストの、「イリュージョンが解けて…」を読んで、それを仕掛けたのが父親であることと、その魔力の源が家族への思いやりだったのだと気づき、印象的な読後感がありました。
ただ単にサーカスを見た夜に母親が消えたのではなく、空中ブランコのくだりを盛り込まれたのも、上手いッと思いました。

シャガールとかドガとかターナーとか、好きな画家さんは割りといるのですが、「これこれこうだからこの絵はすばらしい」などという分析はまるでできず、たいてい「ああなんか色がきれいだなあ、この色使い好きだなあ」ていどの感想しか持たずに「この絵好きー」とか言っている底の浅い自分ですが…この絵の青、めっちゃいいですよね!

13/03/12 泡沫恋歌

クナリ様。

拝読くださりありがとうございます。

深くまで読んでくださって嬉しいです。
まさに、これは家族のイリュージョンでした。
小道具としてシャガールの「青いサーカス」を使ったのですが、
タンスの裏に隠された「青いサーカス」と母の病室の「青いサーカス」は
空間として繋がっていました。
これが父の仕掛けたイリュージョンだったのです。

絵の話ですが、私はシャガール、モネ、マリー・ローランサン、藤田嗣治などの
フランス画家が好きです。
それはあくまで自分の感性で選んだ画家なので、絵画的に見てどうかという
ことまでは分かりませんが・・・。
ただ、素晴らしい絵は作家にインスパイアを与えてくれます。

マルク・シャガールの「青いサーカス」(Blue Circus)の青は怖いくらい美しいです。

嬉しくて、長文失礼しましたO┓ペコリ

13/03/13 そらの珊瑚

恋歌さん、拝読しました。

実はサーカスのお題を初めてみた時、シャガールのこの絵のことを私も思いました。幻想的な美しさにあふれ、けれどなぜか悲しげな青色。
まさにこの絵を体現しているかのような物語を読ませていただいて、感動しました。

13/03/13 鮎風 遊

青い色とミステリー。

謎深い、良い作品ですね。
青い味わいが残りました。

13/03/14 泡沫恋歌

珊瑚さん、コメントありがとうございます。

マルク・シャガールの「青いサーカス」(Blue Circus)は私の大好きな絵で、
以前、詩でも書きました。
この回のお題【 サーカス 】だったので、是非、この絵をイメージした
作品を書きたいと思いました。

自分としては割と気に入った作品が書けたので満足しています。

レベルの高い創作者のみなさまに読んで貰って、評価して頂けたので、
それだけですごく嬉しいです。

13/03/14 泡沫恋歌

鮎風さん、コメントありがとうございます。

シャガールの「青いサーカス」の青色がテーマとして作中に漂っています。
ベランダから逆さまで宙ぶらりんにされて見た「青い空」が主人公の
心のトラウマとなって、いくつかの記憶を消してしまったのでしょうか?

この作品は、書き終わってからもいろいろとイメージが広がる。
いずれ、もう少し長い作品として書き直してみたいと思っています。

13/03/17 ドーナツ

拝読しました。心に深く迫ってくるものがあります。こういうお父さんが、本当は一番、心が優しいのかな。
昔タイプの強い父親だったのかもと想像します。でも、お父さんの心の中、辛いだろうな、そういうことを考えると、胸にぐっときます。
本当に、感動をありがとうです。

13/03/18 光石七

心に響くお話でした。
お父さんが仕掛けた優しいイリュージョンと、現実から離れて生きているお母さんとの再会。
主人公がまた一歩踏み出せるよう、応援したくなりました。

13/03/18 泡沫恋歌

ドーナツさん、コメントありがとうございます。

この父親像にはちょっと憧れますね。
昔タイプの強い父親で、全部自分の中に抱え込んで家族に心配を掛けたくないというお父さんだったのだと思います。

たぶん、一番辛いのは父親だったと思うけど、ひと言も愚痴を漏らさない
侍みたいな人です(笑)

13/03/18 泡沫恋歌

光石七 様。
読んでくださり、コメントまでありがとうございます。

初めまして、泡沫恋歌と申しますO┓ペコリ

お母さんが消えるというイリュージョンは実は父親が仕掛けました。
けれど、それはお互いに家族が傷つかないようにやったことなのです。

大人になった主人公は母親と再会しますが、もう大丈夫でしょう。
今度は父親の代りに「お母さん」を守ってあげれると思います。

今後ともよろしくお願いします。

13/03/20 メラ

 悲しい話のような、温かい話のような。心がふわっとやさしくなる作品ですね。お父さんの深い愛情。いいですね。

13/03/21 泡沫恋歌

メラさん、コメントありがとうございます。

少し悲しいけど、最後に母親と再会できて嬉しくなるお話でした。

こんなに時空で活躍されている作家のみなさんに読んで頂いて、
「良かった」「感動した」「とても好きだ」とたくさんのコメントくださって、
泡沫恋歌は作家冥利に尽きます。

みなさんの暖かい気持ちに支えられて創作を続けていけるのです。
心から深く感謝致しますO┓ペコリ

13/03/31 泡沫恋歌

ななさん、コメントありがとうございます。

相変わらず微妙ですか?

どこが微妙なのか説明していただければ有難いのですが。

相変わらずとは、どこかのサイトで知っている方でしょうか?

上目線のコメントを入れるなら、ご自分の作品を投稿してからにしてください。
それを読ませて頂いてから、ななさんの意見が正しいかどうか、こちらで判断しますので。

よろしく(○>ω・)ь⌒☆

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