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クナリさん

小説が出版されました。 『黒手毬珈琲館に灯はともる 〜優しい雨と、オレンジ・カプチーノ〜』 マイナビ出版ファン文庫より発売中です(表紙:六七質 様)。 http://www.amazon.co.jp/dp/4839958211 twitterアカウント:@sawanokurakunar

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将来の夢 絵本作家
座右の銘 明日の自分がきっとがんばる。

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くっくお姉ちゃん

13/03/08 コンテスト(テーマ):第三回 【 自由投稿スペース 】 コメント:2件 クナリ 閲覧数:1802

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私がその不思議な体験をしたのは、小学校六年生の冬のことだった。

当時は両親の仲が悪く、家の中がぎすぎすしていて、私は自分の居場所がうちの中に無い様に感じていた。
性格の暗い私には学校にも友達などいなくて、たまに三つ年下の妹とテレビや漫画のことで話す以外には、笑って人としゃべることもまれだった。
このまま孤独にしんどい心持で人生を続けていくことに巨大な不安を覚えて、恐怖感から逃れるために自殺を考えたこともある。
その方が楽かな、と思ったのだ。
日暮れ時、人気の無い公園の隅で、試しにカッターナイフで手首に少し深めの傷を付けてみた。
思っていたよりもはるかに強かった痛みは、とりあえず私にリストカットで自殺する気を失せさせ、私はカッターをその時着ていたジャンパーのポケットにしまい、袖で手首を隠して何食わぬ顔をしていた。
傷はしばらく引きつって痛み続けたけど、私に無関心な両親がその傷の存在に気付くことは無かった。

ある日曜日、家の中にいたくなくて出かけようとしたら、玄関に赤い靴が置いてあることに気が付いた。
材質は合成皮革の様で、サイズは私よりもやや大きい気がしたけど、はけないことは無い。
新品とは思えない程度にくたびれており、お母さんがどこかから引っ張り出したのかと思った。
あまり深く考えずになんとなく、私はそれをはいてみた。
外を歩きだすと、なんだかいつもよりも足が軽く感じられた。
靴自体が推進力を持っているかの様に、歩みがぐんぐん進む。
気分良く歩いていると、その靴がいきなり鉛の様に重くなった。
つんのめりかけて前掲する私の鼻先を、その頃はやり出した、エンジン音を立てない静かな車が横切った。
気分良く歩いていたら、気付かないうちに、車道に近づいていたらしい。そのまま歩いていれば、はねられていたかもしれない。
ぞっとしながら、足を前へ出してみた。
靴はもとの軽さを取り戻していた。
さっきのは気のせいだったのかと思ってまた歩き出す。
何メートルか歩いたところで、また急に靴が重くなった。
動けなくなり、戸惑っていると、横合いから大きな犬が駆けて来ていた。
「きゃあ!」
思わず悲鳴を上げる。
すると、離れたところにいた飼い主らしき男の人が犬に
「こら!マテ!」
と声をかけて犬を制止した。
男の人は私に何度も謝りながら、犬を連れて離れていった。
私は近くのコンビニの物陰に入り、他に人がいないのを確認してから、自分の靴に話しかけた。
「あなた、私が危ない目に遭いそうになったら教えてくれてるの?
イエスなら一度、違うなら二度、地面を鳴らしてみて」
少しの沈黙の後、右足の靴のつま先がひとりでに少し浮きあがり、たん、と地面を叩いて音を立てた。
「あなたはこっくりさんみたいなもの?靴にとり憑いてるの?」
たん。
「赤色をしているけど、女の人なの?」
たん。
「私を守ってくれたのね」
たん。
努めて冷静に質問しながら、私は自分に降ってわいた非日常に思い切り興奮していた。

その日から、私と靴との散歩の日々が始まった。
家の中にいたくなどないし、友達と遊ぶこともない私には、ぴったりの楽しみだった。
放課後も、休日も、あの靴を履いて外へ出る。
冬ながらに暖かい日が続いていて、ジャンパー一枚で充分過ごせた。
毎日が散歩日和だった。
靴の助力もあって、遠出をしても私の体はほとんど疲れることを知らなかった。
靴の人格が女性らしいことと、何となく私を守ってくれる感じが年上っぽかったので、私は靴のことを靴の幼児語ともじって『くっくお姉ちゃん』と呼んでいた。

私の家は田舎町にあったので、すぐそばに山があった。
当然踏み込むにはかなりの体力を必要とするので、今まであまり入ったことは無かったけど、くっくお姉ちゃんと一緒なら問題なく歩き回ることが出来た。
この山には最近自殺者がでたことなどもあってあまり人が踏み入らなかったので、そこに入り込むことに優越感もあった。
「他の人があまり知らない、面白いところとかある?」
と訊くと、くっくお姉ちゃんは私の足を誘導して、珍しい景色の見られる崖や、地の底まで続いていそうな岩穴や、昔の地震で出来たらしい大きなクレバスなど、山の中の隠れた名所へ連れて行ってくれた。
崖のふちに腰をおろして、澄んだ空気の中に沈む夕日を眺めていると、嫌なことも忘れられそうだった。
私にとって、くっくお姉ちゃんは妹なんかよりもずっと大切な家族の様に思えた。

ある土曜日、学校から帰り、ランドセルを置くのもほどほどにくっくお姉ちゃんと出かけようとすると、お母さんの怒鳴り声が私の耳を打った。
「あんた、最近自分の妹のことをほったらかしじゃないの。
ふらふらしてないで、少しは面倒を見なさい!」
この頃、お母さんはお父さんとのことでいつも悩んでいて、私のことなどいっそう目に入らない様子だった。
それがいきなり攻撃的な感情を向けられ、私は混乱した。
私なりに、家でも学校でも自分が邪魔ものなのだろうと思い、だれにも迷惑をかけない範囲で自分の楽しみを見つけているつもりだったのだ。
それをひどく悪いことのように言われた気がして、つい反発した。
――……娘が手首に傷を作っても気付かない様な親が、いまさら何だ。
「妹が何だっていうのよ。私が欲しがったわけじゃない。
お母さんこそ私のことをほったらかしじゃない。
どうでもよくなるんだったら、子供なんて作らなきゃよかったでしょう!」
大人は自分でも気付いていることを子供から追及されると激昂することなど、当時の私には解らなかった。
また、お母さんも当時は普通の状態ではなかった。
お母さんの平手が大きな音を立てて私の頬を打った。
私は泣きながらくっくお姉ちゃんをはき、家のドアを開けて飛び出した。
ちらりと、廊下の奥に妹の顔が見えた。さっきの言葉を聞かれただろうか。

くっくお姉ちゃんは勢い良く私を運び、気が付けば山の中のあの崖へ来ていた。
私はひどく情けない気持ちで、崖のふちに立った。太陽がまさにその時沈み切り、周囲に厚ぼったい闇がのしかかる。
夜景と呼べるほどの景色は私の住む街には形作れず、崖からの眺めの中、まばらなお店や家の明かりが寂しく眼下にともっていた。
「ねえ、くっくお姉ちゃん。お母さん、私のことがもう好きじゃないのかな」
悩むように少しの間沈黙していたくっくお姉ちゃんに、
「言いにくくてもいいからお願い、答えて」
と言うと右足の靴が、遠慮がちに、たん……、と一度鳴る。
「さっき私が言ったこと、妹にも聞かれたかな」

……。
たん。

「お父さんも私のこと嫌いかな」

……。
たん。

「このまま、私って一人ぼっちで生きていくのかな」

……。
たん。

「くっくお姉ちゃんは、私の味方だよね」

たんっ。

「あのさ……いくつか、訊いてもいい?」

たん。

「お姉ちゃんて、この山で自殺した人の幽霊?
死んだお姉ちゃんの靴にとり憑いて、うちまで来たの?」
くっくお姉ちゃんは少し驚いたのかもしれない。
しばらくしてから、

たん。

と右足が鳴った。
「この山にすごく詳しいから、そうかなと思った。
……あのさ、くっくお姉ちゃんは、別に私を守ろうとしてくれてたわけじゃないよね」

無音。

「最初の車の時、急に立ち止まらされてつんのめらなければ、轢かれそうになることは無かった。
その後の犬の時も、逃げるために速く走ったりするんじゃなくて、犬が来てるのにその場から動けなくしたよね」

無音。

「今、こんな崖のふちまで来てるけど、あんまり危機感とかないの。
そういう危ない場所に来ることに、知らない間に馴れちゃったみたい。
お姉ちゃんに連れて行ってもらったところって、一歩間違えたら危険な目に遭いそうな場所ばっかりだったから。
だからあっさり、こんなところまで平気で来れちゃう。
私がそうなる様に、誘導してたの?」

無音。

「この山で死んだんなら、お姉ちゃんの魂は、靴とは別に、まだ山の中にいるの?」

たん。

「寂しいから、私にも来て欲しいと思ってるの?」

……たん。

「それは私が、生きたまま?」

…………たんたん。

気が付けば、周囲の気温は徐々に低下して、暗闇に息が白く映えた。
ジャンパー一枚では、もう寒い。
「私、それでもいいかなって思った。こんな思いするなら、もうどうでもいいかなって。
だからお姉ちゃんをはいてここまで来たの。
でもごめんね、やっぱり駄目だ。
死ぬのは怖いし、それに……。
私まだ、さっきのことを妹に謝ってないから。
だから、家に帰るね」
そう言って振り返ろうとした時、異変を感じた。
靴が重い。
「お姉ちゃん?……動けないよ」
そして、靴がひとりでに動き始めた。
崖の方へ向って。
「お姉ちゃん!」
崖までは、三メートルもない。
ずるずるとすり足の様に、二つの靴は地面を這ってうごめく。
自分の意志とは全く異なる動きに対応しきれず、私はあおむけにひっくり返った。
後頭部を地面に打ち付け、一瞬気が遠くなる。
足を踏ん張ることも出来なくなり、靴の動きは私ごと加速した。
目に見える速さで、私の体は引きずられていった。
「お姉ちゃん、いや!」
靴を脱ごうとするが、私の足にきつく革が食い込んでいてとても取れない。
私は必死で体をひねり、うつ伏せになった。
体の前面が固い土の上をそりの様に滑る。地面に立てた両手の爪がはがれかけ、私は痛みに悲鳴を上げた。
崖まではもう一メートル足らずだ。
小石にこすれて頬がすり向け、まぶたが切れる。
「助けて、誰かっ!」
口に飛び込む砂を吐きながら叫んだ。
「嫌だ!」
しかし、誰もいるはずがない。
私は、家でも学校でも一人だったのだから。
今も、誰もいない場所を選んでここへ来たのだから。
だから、私なんかが死んでも誰も困らないかもしれない。
一人でいることを選ぶということは、誰からも助けられず、誰からも必要とされない人間になることだから。
そう思うと、体の力が抜けた。
そのせいで、靴の動きが速まる。
崖まで、あと五十センチ。
その時頭に浮かんだのは、さっきの妹の顔だった。
不思議なことに、再び私の体に気力が灯った。
ジャンパーのポケットに手を入れる。以前自分の手首を傷つけた、あのカッターナイフが入っていた。
刃を出して、右の靴の革に突き刺し、引き裂く。
かなり硬かったけど、何とか一息に切れた。
もう、崖の端は数センチのところまで来ている。
続いて左足の靴にも切りつけた。
勢い余って少し自分の足の甲にも傷を付けたけど、何とかこっちの靴も切り破った。
ちょうどその時、私の足がふくらはぎの辺りまで崖のふちから空中に出たところだった。
ひやりとした虚空の感覚に、全身が総毛立つ。が、靴から逃れたおかげで体の移動は止まった。
靴は左右両方とも、そのまま崖下に落ちて行った。
荒い息を整えて、崖から這う様にして離れる。
落ち着いてくると、急に全身の傷の痛みが襲って来て、泥だらけの自分の姿を見降ろしてあぜんとした。
それからやっと、涙が出て来た。
怖かった。
でもそれ以上に、自分の身に起きたことの全てが、悲しかった。
怖い思いをして、痛い目にあって、結局起こったことはといえば、害意を隠し持った仮初めの家族を、その害意を向けられながら失ったという、救いようのない喪失だけだった。



こっそりと家へ帰り、音を立てない様にして自分の部屋へ入った。
家を飛び出てから結構時間が経っていたので、両親と妹は既に夕飯を済ませた様だった。
空腹に、私のおなかが鳴る。
でも、今夜は意地でもお母さんにご飯をねだる様なことはしたくない気分だった。
靴下で山道を歩いて降り、ここまでのアスファルトを踏破して、足の痛みと疲労は限界に達していた。
けれど、家族は暖かい部屋でおなかいっぱいに夕飯を食べ、楽しい話題を共有して、幸せにやっている。
冷たく静かな部屋の中、傷と泥だらけの自分を部屋の姿見で確認すると、なんだかひどく惨めな気持ちになった。
お母さんには絶対にこっちからは謝りたくないけど、その上でどうやればまた元通りの家族に戻れるだろうかと、思案した。
と、私の部屋のドアが小さくノックされた。
「お姉ちゃん、いるの?」
気付かれたか。
「いるよ。おいで」
妹はおずおずと部屋の中に入り、私の姿を見て絶句した。
「ごめん、お母さん達に気付かれない様に薬箱持って来てくれない?」
こくこくと首を振り、我が家で一番小さな家族は部屋を出ていく。
戻ってきたら、さっきのことをちゃんと謝ろう。
そして、お礼を言おう。
くっくお姉ちゃんの話をしたら怖がるだろうし、信じてくれないかもしれないから、黙っておく。
だから妹は、何のお礼を言われているのかきっと解らない。
それでも、想いは伝えたい。
あんたのおかげで、私は戻ってこられたのだから。

この日から私は、家の中でも外でも、少し変わったと言われる様になった。
何があったのかと聞かれることもあったけど、信じてもらえる話でもないからと、今日まではぐらかし続けている。

くっくお姉ちゃんは、あれから一度も見ていない。






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このストーリーに関するコメント

13/03/12 草愛やし美

くっく姉ちゃん、不思議な霊ですね。普通なら、その者の命を奪うために取り憑いたのなら、返答などしないはず。だから、「姉ちゃん」なんでしょうね。
寂しい境遇の主人公に寄り添うように、取り憑いたこの靴を履いていた霊もまた、同じように寂しい境遇だったのではないかと想像しました。人間は一人では、生きていけない、妹さんを含めて家族というものがいることはとても大事なことなんですね。

主人公は、妹思いの、とてもいいお姉ちゃんです。もしかして、主人公は、お姉ちゃんが欲しかったのかもしれませんね? クナリさん、面白かったです、ありがとうございました。

13/03/15 クナリ

草藍さん>
こちらこそありがとうございます。
ただ他人を道連れにして殺そうというのではなく、共感と同情を得た上で自分のところに来させようという、寂しい幽霊の話でした。

心の在りようを分かちあいたいとか、自分の気持ちを誤解なく理解してほしいという欲求は、人間としての本能的な衝動なのかもしれません。
というか人間関係上で起こる事件や事故というのは、そのほとんどが「寂しい」と「面倒くさい」に端を発しているような気がします。
…単に自分が寂しくて面倒くさがりな人間だからそう思うのかもしれませんがッ…(^^;)。


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