1. トップページ
  2. 独居老人の雛祭り

リアルコバさん

拙い文章ですがアメブロにて書くことにより個人的に楽しんでおります 

性別 男性
将来の夢 音楽や書物を趣味に小さな飲食店をやりたい
座右の銘 石の上にも3年

投稿済みの作品

0

独居老人の雛祭り

13/03/06 コンテスト(テーマ):第二十五回 時空モノガタリ文学賞【 雛祭り 】 コメント:0件 リアルコバ 閲覧数:1964

この作品を評価する

『・・・桜橘は左右どっちだったかな、右近の・・・』
誰に聞くこともなくふと呟いた白髪の老人は無精髭も白い。
『かぁさんや、結局こいつの貰い手は居ないようだな』
今度ははっきりと仏壇に向かって語りかけた。
柔らかな陽射しが白い障子越しに微かに春を告げている午後だった。

大きくはないが柔和な顔をしたお雛様である。60年は経とうと云う15体の人形が、緋毛氈の上で今なお生き生きとした表情を浮かべている。
(今年も誰も来ないのだろう 仕方ないな忙しい世の中だからな・・・ん)
上戸三人官女の一人の持ち物がない。(長柄銚子か・・・)
箱の隅々を探し身の回りを見渡したが見当たらなかった。
『おとうさん』 ふと声がした気がして、床の間を見やるとグニャリと視界が歪んだ。(目眩か)雛飾りははっきりと見えていたが少し不安を感じた。
『おとうさん』今度ははっきりと聞こえて
『その声は洋子か・・・』
グニャリとした床の間の中に懐かしい景色が浮かんでいる。(あぁ)
吸い込まれるように意識は向こう側に跳んで行く。
淡い春の陽射しの中に老人は静かに横たわっていた。



『おとうさんどうしたの』まだふくよかな妻が声をかける。
『和さん呑み過ぎたか?』赤ら顔した義兄が笑っている。
『いや大丈夫』 『灯りを点けましょぼんぼりに』
幼い洋子が雛壇に向かい歌う。(なんだったんだろう)
『隣で少し休みますか』割烹着姿の妻がビール瓶をさげながら言う。
『ささ兄さんどうぞ』徳利があれば注さねばなるまい。
『和さん遠慮しないで休め、真っ赤だぞ』
『何を言ってんだかこの程度の酒で、洋子 洋子も此処に来て伯父ちゃんにお酌しなきゃ』
『は〜い』

膝に乗った頭を撫でていてぎょっとした。
『なんだぁ寛ちゃんか』『うんそうだよ』
差し出した酌を受けたのは洋子の夫、義雄である。
『いいな寛子、お祖父ちゃんに抱っこされて、さっお父さんも一杯』
出された酌を断る理由もなく、注がれた猪口を口に充てた。
『ウギャァウウギャー』『洋子朋子が起きちゃったぞ』
振り返ると座布団の上の赤子は確かに朋子だ。
『ふぅ』

ため息を付き姿勢を戻すと、息子の貴司が次女を膝に抱いている。
『どうしたのため息なんかついて』『あぁ何でもない、あれ寛子ちゃんは?』
『何ボケてるの大丈夫か』箸を止めて心配顔の息子に思わず聞いた。
『お前いつ来た』『えっ・・・どうしたの親父、姉さんちょっと・・・』
台所にいた洋子に着いて寛子も朋子もやって来た。
『どうしたの』『親父ボケが・・・』
『バカ云うな少しばかり酔っただけで・・・ボケ扱いするな』
膝には息子の長女の優香が乗って無心に雛あられを食べていた。
『いやな一瞬優香が寛子に見えちゃってな・・・あれ義雄君は?』
『疲れたから先に休むって二階に』『そうか もうこんな時間俺もそろそろ寝るかな』
床に入り眼を閉じる。

(どうしちまったんだ俺は 俺はボケてるのか)
腹立たしいやら悔しいやらなかなか寝付けない。
(おっ 三人官女の長柄銚子を忘れてた)

少し寝たのだろうか、居間の明かりは消え静まりかえっていた。和室の障子から微かな灯りが漏れている。(誰だお雛様の灯りをつけっぱなして)障子を開けると雛飾りの緋毛氈の横にキラリと金色の小さな道具を見付けることが出来た。(あったあったこんな処に)小さな人形の手のひらにそっと長柄銚子をおいた時、その官女が笑った気がした。(無くしたら来年寂しいもんな) 灯りを消して床に戻った。


陽は西に傾き部屋は少しばかり冷えていた。老人は眼を覚ました。
(いつの間にか寝ちまうとは歳だな)暗くなった部屋の電気をつけると、三人官女の手には全て道具が持たせてある。(あれ 長柄銚子が・・・まぁあればいいか)
『古いけど立派なもんだよな、うちのお雛様も なっ、かぁさん』
仏壇に手を会わせ電気を消し、部屋を出た。


その夜、雛人形たちは一斉に笑顔になったらしい。
『これでよろしゅうございましたなお内裏様方』左大臣が弓を戻して呟いた。
『善き事、善き事、無事が何よりじゃ。主とは一蓮托生、先立たれては我らの出番が無うなるやも知れぬ。まだ長生きしてもらわなければの、銚子も戻り良かったのぅ』
『有り難き事で、自らは持てぬ故困り果てておりました』
『流石左大臣様、霊験衰えませぬな』若い右大臣は目を見張る。
『さぁ祭りの再開じゃ、囃子を鳴らせ、姫を笑わせるのじゃ』


コメント・評価を投稿する

コメントの投稿するにはログインしてください。
コメントを入力してください。

このストーリーに関するコメント

ログイン