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W・アーム・スープレックスさん

性別 男性
将来の夢
座右の銘 作者はつねにぶっきらぼう

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あやまち

13/03/04 コンテスト(テーマ):第三回 【 自由投稿スペース 】 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:1717

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 仕事で疲れた頭をいやすつもりでカンタは、宇宙都市の歓楽街にふらりと足をふみいれた。
 この界隈は、都市暮らしに疲れたエイリアンたちが、一杯の酒に癒しをもとめにやってくるところで、おそらくここ以上に種々雑多なエイリアンが集まってくる場所はほかにはないだろう。
 都市管理センター勤務のカンタだったので、どこにどんな店があるかは頭の中の地図をひろげれば一目瞭然だった。
 彼がわざとのようにあちこち歩きまわり、やたらと階段をあがりおりしたのも、頭にきっちり刻み込まれた地図をわすれてしまいたいがためだった。
 一日のあいだに何十という数のエイリアンがやってくるこの宇宙都市の端から端まで、モニター画面によって管理するのがカンタの仕事だった。何もかも 区画され、どこにも水のもれるすきまもない都市ばかりながめている彼にとっては、いまのようにあてもなくあるきまわることほど、気分転換になることはなかった。
 その飲み屋は、彼がそんなふうに意識して迷子になっているときに、たまたまみつかった。
 店内の古色蒼然としたふんいきはもちろん、意図的に加工されたものだった。ふるめかしさや場末のうらぶれた印象などはどうにでもつくれるもので、そのような店の数の多さはそのまま、宇宙都市に生活するエイリアンの多さに比例していた。
 真新しさや、画一された構造というものは、そういうものとは正反対の環境に生まれ育った異星人たちにとってはストレスのもとで、かれらがそれぞれ好みの店にやってくるのはそのストレスの解消が目的になっているのはまちがいない。
 この店には、どんな種類のエイリアンが来店するのだろう。
 興味をおぼえてカンタは、カウンターの片隅に腰をおろして、室内を見まわした。
 おなじカウンターの向こう側に、ひとりの、奇妙なかたちの頭をもった、どうやら女性とおぼしきひとりの異星人が目にとまった。
 極端に離れた目が、両側に伸びたように突き出した額の端についている。まぶたがないせいで、表情がよみとりにくいことこのうえなかった。web図書に収録されている太古の地球の海に棲息したシュモクザメという鮫の風貌をカンタはおもいだした。
 ノースリーブのドレスからのびたうでは、みた感じでは 固くしまっている。ドレスに浮かびあがる体の線をみてもそれは顕著にうかがわれて、カンタにスポーツ選手の印象を抱かせた。
 カンタは、ついいつもの癖で、あたかもモニターでものぞくような調子で女を観察している自分に気がついた。おまけにこれだけ長いあいだながめているにもかかわらず、相手には気づかれてないと本気で思いこんでいた。
 が、ふいに彼女は身をよじるようにして席を立つと、コツコツという小気味いい靴音を響かせながら、ゆっくりとした足取りでこちらにちかづいてきた。
「おとなりにすわって、いいかしら?」
「どうぞ」
 女は、ものやわらかな衣擦れの音をたてて、カンタの横の座席に腰をおろした。
 意外と大柄で、彼とほとんどおなじ上背をしていた。
 酒場にかぎらず、人の集まるところならどこでも、エイリアン同士が気軽にことばをかわす光景はよくみかける。彼女からみればカンタもまた、りっぱなエイリアンだった。本来ならけっして知りあうことのない遠くはなれたもの―――その距離何光年―――同士だけに、たまたまめぐりあった縁を、大切にしたいという気持ちはだれもおなじだった。
「きみは、どの星?」
「カシオペア座の、マンダ星よ。あなたの星は?」
「いて座のラッキャ星だよ」
 二人は、おきまりの挨拶をかわした。
「マンダ星って、あまり聞いたことがないな」
「それはそうよ。なぜなら、わたしが最初の一人ですもの」
「この広い宇宙都市で、きみひとりだけかい?」
「そう」
 宇宙都市に移住するエイリアンの多くは、多人数でやってくるものがほとんどだった。が稀に、彼女のような単数の移住者たちもいるにはいる。カンタはおもわずめずらしいものでもみるような目で横の彼女をながめた。
「ぼくはカンタ。観光関係の仕事をしている」
 管理センターというと、相手にいらぬ緊張をもたらす場合があった。とくにこんな酒の席で知りあった、あるいは一夜かぎりの女性相手となれば、ことさらだった。
「わたしは、アヨ。夢を売ってるわ」
「………夢を、売る?」
 アヨはその意味を語ることなく、まぶたのない目で笑った。
 カンタは、これまでよりまして彼女を、興味深げにながめた。
 ことなる種類のエイリアンたちの恋愛は、ここでは禁じられていた。生態の相違からくる齟齬を避けるためだった。毎日のように飛来するエイリアンたちの肉体、また精神構造のちがいは、たいていなことでは埋められるものではない。なかには危険な落とし穴もないとはいえない。
 いわゆるコールガールという、職業エイリアンの存在が、当然のように恋愛禁止条例のなかから発生した。奇妙なことだが、ことなる異星人同士の恋愛は禁じられているにもかかわらず、そのようなコールガールに対しては、都市はなかば黙認していた。
 このアヨもきっと、そういう職業の女にちがいないと、カンタは思った。
「今夜は、いっしょできるのかな?」
「あなたさえよければね」
 きまりだった。歓楽街をあてもなくあるきまわり、できるだけ場末の店をえらんでとびこんだのも、無意識にカンタはこのようなコールガールとの遭遇を、心のどこかでのぞんでいたのかもしれなかった。
 ふたりとも、酒はそこそこにして、店を出た。どこに、どのような種類のホテルがあるかは、手にとるように彼にはわかった。彼はそして、アヨといっしょにはいるのに、もっともふさわしいホテルのある地域にむかって足をむけた。
 

 ホテルの、なかば照明をおとした薄暗い廊下を歩きながらカンタは、しらずしらず胸が高鳴るのをどうすることもできなかった。
 彼にしても、これからエイリアンの女を相手にすると思うと、不安と興奮に気持ちが落ち着かなかった。
 アヨは、彼女の出身惑星のマンダ星のすべてだった。
 その肉体、その精神構造は、マンダ星の環境が培ったものだ。あらかじめマンダ星のデータを知っていたら………それだけが彼には残念に思えた。
 部屋にはいり、ドアをしめて、ふたりはしばらくむかいあった。
 あらためて言葉をかけるのもなんなので、彼は腕をのばして、アヨの両肩に手をあてた。
 相手はエイリアン―――その思いが、いままたふと、彼の頭をかすめたが、ここまできたら、あとは抱きしめるほか、なにをすればいいというのだ。
 ながいあいだ、口づけはつづいた。
 頭のなかが、もうろうとなってきて、自分がいったいなにをしているのか、判然としない状態におちいった。
 一瞬、くらくらと眩暈におそわれ、そのときはじめて彼はアヨから顔をはなした。
 彼は、目をしばたたいた。
 目の前の彼女の顔が、へんにいびつにゆがんでみえた。
 こちらの目のせいかとおもった彼だったが、たしかに彼女の顔は異常にこわばり、そのうち中央がぴしりとひび割れたとおもうと、固い殻がわれるときのような甲高い音がそのあとにつづいた。
 カンタはおもわず、あっと声をあげた。
 両側に大きくはなれた目だった顔の下から、これは均整がとれた、可憐なまでに美しい顔が出現したのだ。
「おどろいた?」
「いささかね」
「これがわたしの、愛情表現なのよ」
 彼女のいう愛情表現とはつまり、相手の好みにうまれかわることなのか。
 アヨの一瞬の変貌をみると、彼にはそうとしかおもえなかった。あたらしい彼女は、なにもかもが彼の好みにかなっていた。
 顔同様、アスリートのようなしまった肉体もまた、しなやかな、みずみずしい肢体に変化していた。指でふれると、しっとりした皮膚が指のさきに吸いついてきた。最初の、どちらかといえばなめし皮のような強靭さは完全に消えていた。


 またたくまにアヨとの数時間はすぎさった。
「このまま、わかれてしまうのは、惜しいような気がするな」
 カンタは本心からいった。
「あなたさえよければ、わたしはいつでも」
「本当かい?」
「だけど、立場上あなたは、わたしのような女とは―――」
「それはうまくやる。ところで、いくらだい?」
「いいの。この部屋代だけ払っといて」
「え、だけど………」
 結局彼女は一銭も受け取らなかった。 

 二回目、同じホテルであったときも、カンタが払ったのは部屋代だけだった。
 三回、四回、五回とそれからも二人は、ホテルでの密会をくりかえした。あのとき、殻がやぶれるようにしてあらわれたアヨは、日をかさねるごとにさらに、つぎつぎとみえない殻を捨てていき、捨てるたびにその姿は、彼のより理想の女性にちかづいていくのだった。
 おれは宇宙で最高の女とめぐりあえたような気がする。
 本気でカンタはそんな考えにとらわれた。
 これまで接したどんなすばらしい女も、彼女のまえではくすんでみえた。その容姿、その内面において、過去はもとより、将来にも彼女をしのぐ女はけっしてあらわれることはないだろう………。
 彼女と接しているとき、カンタはじぶんを肉体的にも精神的にも十全な男性として意識することができた。それはとりもなおさず、アヨじしんが、全き女となりおおせているからにほかならなかった。
 ホテルの部屋からでるときには、彼は男としての誇りと、充実した人間性を身につけていた。すべてそれらはアヨが満たしてくれたのだった。
 その充実感は彼を、仕事の面でもふるいたたせる結果になった。
 これまでの、ほとんど事務的にこなしていた管理センターの業務も、同僚が目をみはるほど、積極的になっていた。
 違法侵入しようとしていた異星人を二度、摘発したのもこのときだった。
 一度目のは、相当凶悪なエイリアンだったので、彼は宇宙都市から表彰された。アヨと知りあってからというもの、彼の運気も右肩上がりに上昇しつつあった。
 宇宙都市が発行しているビッグバン宝くじを買う気になったのも、そんな高揚感にかられてのことだった。当たれば惑星ひとつ、まるごと手にはいる宝くじで、購入したとき、当たるような予感がした。アヨとあっていると、不可能が可能になるような気がつねにしたのだ。
その予感はまさに的中した。

 
 彼は惑星を獲得し、その惑星にアヨと二人ですむことにした。
 カンタが管理センターの仕事をしばらく続けたのには、わけがあった。
 惑星マンタのデータが届くのを待っていたからだった。管理センターにマンタの資料がひとつもないのは不可解だった。なぜなら、ひとりアヨが宇宙都市に在住しているかぎり、出身惑星の記録がセンターにないのはおかしかったからだ。
 それでも実際にデータはみつからなかった。急遽、惑星調査部に依頼して、マンタの資料を送ってもらうことにした。
 そして送られてきたデータを確認した彼は、まるで理想郷のような地上の環境と、そこに暮らす人々の、平和で、愛情に満ちた心情を知った。
 かれらは、ゆたかな土壌に育つ作物を食料にすることにより、他の生き物を殺生することはなかった。だれもが他者をたすけあい、譲り合って、自分よりも相手の幸福を願って生きていた。
「宇宙ひろしといえども、こんなすばらしい惑星はない………」
 資料をみているうちに、なんだか自分までが幸福な気分になってきた。
 いつものホテルの一室にたどりつくまで、そのうきうきした気持ちは消えることがなかった。
 室内で、あらためてアヨをまのあたりにしたカンタは、情報からえた彼女の惑星の印象が相まって、これまで以上に彼女に愛情をおぼえた。今夜はなぜか、これまで以上に最高の一夜をおくれそうな予感がした。
 ふたりにはもう、言葉は必要なかった。ただ目と目をみかわしながら、たがいをつよく、抱き寄せた。
 ふいにカンタの胸に、異常な拍動がはしった。
 その瞬間、だしぬけにある考えが頭をかすめた。
 そんなにみたされた惑星なら、彼女はどうして宇宙都市にやってきたのだろう………
 その考えは冷水となって、彼の意識のすきまに冷たく染み入ってきた。
 彼女の、やわらかくあたたかな肌がきゅうに、ひえびえとこわばりはじめた。
 ぎょっとした彼は、アヨの顔をみた。
 そこには、最初にみたあの、左右にせりだした額の両側についたまぶたのない目の彼女が、じっとこちらをみつめていた
「せっかく、しあわせな夢をみせてあげていたのに」
 彼女の口が大きくひろがり、何列もにならんだ牙がぎらつきながらせりだしくるのがわかった。
 そのときカンタは、いまが彼女とめぐりあった最初の夜で、これまでのできごとのすべては、ベッドの上での幻想だということに気がついた。
「マンダの星ではこうして、愛をかわしたあとに女が、男を夢心地に誘いながら、むさぼりくうことになってるのよ」
 うそだ。そんなことはひとつもデータにのっていなかったぞ。
 だがすぐカンタは、ああそれも、アヨがみせてくれた多くの夢のひとつだったのかと悟った。
 こんなことなら、せっかくの幸福な夢からさめなければよかった。
 悔いたところでおそかった。全身はすでに痺れがひろがり、腕ひとつ動かすこともできない状態におちいっていた。
 あやまちは、おれのほうにあった。


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