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2013.3.3

13/02/27 コンテスト(テーマ):第二十五回 時空モノガタリ文学賞【 雛祭り 】 コメント:0件 おでん 閲覧数:1593

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 ちゃんと聞いてるじゃないかと言いながらも、夫はテレビから目を離そうとしない。
「自分の娘のことなのよ。どうしてそう平然としていられるの」
「だから、そんなに心配するようなことじゃないんだって。お前はいつも考え過ぎなんだよ」それに、と夫はこちらを見ずに続けた。「こっちは仕事で疲れてるんだ。テレビくらいゆっくり見させてくれよ」
 たしかに夫の帰りはいつも遅いし、頑張ってくれているのもよくわかる。でもだからといって、悩みを相談することもできない夫婦関係なんて絶対に嫌だった。私はテレビのリモコンを手にとって電源をきる。すると夫は舌うちを鳴らして、そのまま一言も喋らずに寝室に入ってしまった。

 事の起こりは、数日前にさかのぼる。
「ちょっと結衣ちゃん、今のなに?」
 まだ小学一年生の結衣は、んー? と首を傾げただけで、最近やたらとはりきっているお絵描をやめようとしなかった。
「ねえねえ、今のお歌、ママにもう一度聞かせてくれない」
 はじめはえーっとしぶったが、手拍子を与えるとご機嫌になってそれにならった。

 あかりをつけましょ バクダンに
 どかんといっぱつ はげあたま

「……結衣ちゃん、歌はどこで覚えてきたの?」必死に笑顔を保って尋ねると、
「浩人くんに教えてもらった」と嬉しそうにいった。 
 浩人くんは同じ団地に住む結衣の同級生で、誰に対してもきちんと挨拶のできる、礼儀正しい男の子だ。だからいくら子供と言えど、そんな歌をあの浩人くんが歌っているだなんてちょっと信じられなかった。

 あかりをつけましょ バクダンに
 どかんといっぱつ はげあたま

 結衣はこの替え歌をかなり気に入ったのか、それから毎日のように歌っていた。
 そして今日、事件が起きた。学校から帰ってきた結衣が、私の顔を見るなりいきなり泣き出したのだ。理由を尋ねると、浩人くんに絵を馬鹿にされ、さらには破られたのだという。確認すれば、画用紙に描かれた笑顔のお内裏様とおひな様の真ん中に、たしかに大きな亀裂がはしっていた。それを見て、娘のここ数日の頑張りを知っていた私は、たまらない気持ちにさせられた。怒りを抑え、今度のひな祭りはうんとお祝いしようね慰めても、結衣はなかなか泣き止んでくれなかった。
 どう対処するのが正解なのだろう。出しゃばらない方がいいことを頭ではわかっていても、このまま黙って見過ごすなんてできそうにない。泣きつかれてぐっすり眠る娘と、夢の中にすいすい逃げた夫の寝息を耳にしながら、私は一人暗闇の中で、明日、浩人くんの家に行こうと心に決めた。
 
「この度は、本当に申し訳ございませんでした」事情を説明すると、浩人くんのママは何度も頭を下げて目に涙すら浮かべていた。「本来でしたらこちらからお伺いするべきところを、何も知りませんで……」
 ちょっと拍子抜けだった。それになんだか、私が彼女をいじめているようで嫌だった。
「ひなまつりの替え歌は、主人がよくあの子に歌って聞かせていたものなんです」浩人くんママは消え入りそうな声で言った。「そんな歌やめなさいって注意したんですが、本人がえらく気に入ってしまったみたいで」
「今、ご主人はどちらに」
「仕事でスイスの方に――帰ってくるのはまだまだ先になりそうですが」彼女はふうっとため息を吐いて、「浩人、ここのところずっと機嫌が悪いんですよ。やっぱり男の子には男親が必要なんだなって、毎日のように痛感させられています」
 自分の夫の顔を思い浮かべ、うちはまだマシな方なのかもしれないと思った。
 そこで私は、彼女に一つの案をだしてみた。
「ねえ、じゃあこういうのはどうかしら――」  

「見て、この前の写真が届いたわ」
 結衣が寝静まった頃、ようやく会社から帰ってきた夫に一枚の写真を見せた。
「おー、ばっちり撮れてるじゃないか」
「浩人くん、すっごい喜んでたよね。あなたにもうんとなついちゃって」
「俺もあそこまで喜んでもらえるとは思わなかったよ」
 写真には結衣と浩人くんがうつっている。二人とも、うちに飾ったひな人形の前に座りながら、びっくりするくらいの笑顔をこちらに向けている。二つの家族が一緒になって祭りを祝い、楽しんだあの日。写真の右下に入れられた「2013.3.3」の日付けが、旅行の最終日みたいに空虚に浮かんでいる。
 私はいてもたってもいられなくなり、浩人くんのママにメールをうった。また来年もみんなで過ごしましょうね、と。そして夫の夜食をあたためながら、何気なく鼻唄を歌ってみる。でもどうしても、あの歌詞になってしまうのがおかしかった。
 料理を運ぶと、夫はまだ写真を見つめていた。
 私が、まだ見てるの? と訊くと、
「それにしてもこの二人、ちょっとくっつきすぎだよな」 
 と、そんなトンチンなことを言うのだった。(了)


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