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クナリさん

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ノーラ・ガスの遺産

13/02/25 コンテスト(テーマ):第二十六回 時空モノガタリ文学賞【 サーカス 】 コメント:8件 クナリ 閲覧数:2621

時空モノガタリからの選評

最終選考

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19世紀末、英国の女性サーカス団長、ノーラ・ガスが死んだ。自らが最も得意としていた猛獣繰りの稽古中、獅子に噛み殺されて。

当時十四歳の娘、クララ・ガスは母の技を見事に継いだ。が、二週間後、同じく稽古中に別の獅子に殺された。
猛獣繰りは急遽男の新団長が継ぎ、急拵えとは思えない鮮やかさで一時の名声を馳せた。
その彼が猛獣繰りを演じ出してから、今度は一週間後。
深夜に稽古していたのか、またも獅子に噛まれて死んでいるのを、早朝に団員が見つけた。死体の横にはもう一人、ナイフ投げの少年が、これも噛み殺されていた。
とばっちりで食い殺されたのか。せめてもの抵抗に使ったらしい血塗れたナイフが一本、地面に転がっていた。



「ナイフ投げの坊主がこんな夜更けに、何の用だ」
その夜、明りも乏しいサーカステントのリングの中央で、団長は横柄に少年に告げた。
「ノーラ・ガスの遺産について、お話が」
弱冠十五歳の少年の言葉に、団長の顔色が変わる。
「ただの噂話だ。遺産と呼べる程のものは、ノーラは遺していない」
「僕は、ノーラから直接聞いたんです。彼女が秘密裏に娘に渡したものを」
少年は、青白い炎を浮かべた瞳で団長を射る。
「僕は、幼い頃からクララと愛し合っていた。だから、ノーラも僕を息子同然に可愛がってくれ、その秘密を教えてくれた」
闇の中、小さな松明が二人を照らす。
「彼女の遺産は、香木……猛獣の害意を一切奪う香りの木片を詰めた、小さな匂い袋です。ノーラの奇跡のような猛獣繰りの正体だ」
団長の顔が、蒼白に変わる。
「女には、男の名誉欲と嫉妬から身を守る術はない、とノーラはよく僕に言っていました。その男があなたであることも。
自分の身に危険が迫っていることを悟った彼女は、袋をこっそりと娘に分け与えた。だからノーラの死後、クララは簡単に母に比肩する獣捌きを見せました」
団長は、変わらぬ顔色で聞いている。
「でもそのせいで、母と同じようにあなたに殺された」
「あれは共に稽古中の事故だ。わしがどう殺せる」
その時、リングの端から何かの気配がした。のそりと舞台に踏み入ってきたのは、新しく買った獅子だった。
団長は悲鳴を上げ、胸の辺りで神に祈るように両手を握り合わせた。
「ノーラは図らずも、僕にも遺産を遺してくれました。それは、娘への贈り物が例の匂い袋である、という秘密です。
ノーラ亡き後、猛獣繰りは娘が継ぐ。その娘も死んで、すぐに別の誰かがまるでノーラ達のように獣を操ったなら、人知れぬ殺人が僕だけには判る。
犯人へ報復も出来る。今このように」
「質問に答えろ。わしがどうやって」
「例えば匂い袋の中身を、干肉片とすり替える。今、あなたが胸の中で握り締めている、ノーラとクララから盗んだ袋がそうであるように」
団長は慌てて、胸から取り出した袋を嗅ぐ。香木ではない。口から嗚咽が漏れた。
「それは僕がすり替えました。
ノーラを首尾よく殺せたのに、娘が難なく跡を継いで、当てが外れ、激昂したんでしょう。同じ手口をまた使って。
ようやく浴びられるはずだった賞賛の雨が、また遠のくのには堪えられなかったんですね」
獅子が、唸りながら二人に向かう。団長は逃げんとしたが、
「動いたらナイフで撃ちます」
「お前、匂い袋を持っているんだろう?」
「いいえ」
団長が、魂の抜けたような顔になる。
「なら、……お前はどうやって逃げるんだ」
「クララのいない世界で、僕が生きたがると思っているのですか」
「お前……」
とうとう団長は泣き出した。間近で、獅子がのどを鳴らす音が聞こえる。
「ナイフで追い払ってくれ。あの母子は、もういない。確かにわしが殺した。すまない。償う。一生かけて償うよ、生きていれば出来る」
跪き請う男に、少年は冷たく告げた。
「人殺しを贖えると思っている人間に、何の償いが出来るんです。殺せば、殺されるんだ。むざむざクララを死なせた僕も一緒に死にます。もう僕らの生命に、価値などないでしょう」
「お前が決めるな!命の価値というのはな――」
「決めるさ。そんな命なら」
少年の手から放たれたナイフが、団長の首に突き立ち、続けて獅子がそののど笛に食らいつく。ナイフが弾かれ、転がった。
団長を仕留めてから、獅子は少年に踊りかかる。
自分は命を冒涜したな、クララは怒るだろうか、と考えて、少年はすぐに首を横に振った。

そう、死んだ人間は、泣きも笑いもしないものな。

そして、残される一座に心で詫びながら、獅子の牙が自分の首の皮膚を突き破る音を聞いた。



ノーラ・ガスの遺産がどこへ消えたのか、少年亡き今誰にも知れない。
ただ時折我々は、心が通じるかの如く猛獣と懐き合う人間の話を聞くこともある。

人の遺産は、図らずも誰かに継がれていく。
その度に、まつわる想いだけは置き去りにして。


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このストーリーに関するコメント

13/02/26 草愛やし美

クナリさん、拝読しました。

こういうからくりだったのですね、納得しました。

猛獣を操れることができるといえば、つい最近までラスベガスで有名だった、シークフリード&ロイのマジックショーを思い出します。白い二頭の虎を操り拍手喝采を毎夜浴びていました。そのショーは何年も最高のショーとしてベガスで君臨していましたが、虎が豹変して動物使いのロイに噛みつくという事故が起き、あえなく廃止になってしまいました。結局、猛獣を操ることなんて、無理なのだと噂されました。
 
でも、この作品を読んで、もしかしたら、隠された真実があったかもしれないと思いました。彼らの人気が妬まれたのではないかと? サーカスの秘話、面白かったです。

13/03/01 クナリ

草藍さん>
ありがとうございます。
悲しいけど第三者には、当事者たちの事情も気持ちも通じないな、と思って書きました。

そのエピソードは知りませんでした…演目としては猛獣操りってサーカスの定番みたいなイメージがあるんですけど、当然ながらやはり危険と隣り合わせですよね。
安全すぎればお客は沸かないですし、エンタテインメントというのは難しいな、と思います。

13/03/10 汐月夜空

クナリさん、拝読しました。

話の構成が素敵だなと感じました。余韻がありますね。
少年の気持ちにとても共感出来ました。生命の価値と死者の感情は少年と同じように考えたことがあります。
ノーラ・ガスの遺産は形を変え時を越えていく。込められた思いを繋げるように、人と動物の思いを繋げていく。
人が動物と仲良くなれるのは、知らず知らずのうちに遺産を継いでいるから。そう考えるとなんだか切なくなってしまいます。

13/03/12 クナリ

汐月夜空さん>
ありがとうございます。
おそらく多くの人に共通するのは、「人が死ぬのは悲しい。でも、自分にとって大切な人が亡くなった時の悲しみはその比ではない」ということだと思います(いや、当たり前ですが…)。
この類の悲しみを晴らす方法などどこにもなくて、それが正しいかどうかなど関係なく衝動任せの行動に出てしまう気持ちというのは、理解できる気がするんですよね。
たとえ周囲からは暴挙にしか見えなくても。

あとは、世の中に人知れず起こっていることというのはきっと色々あるんでしょうねー、という思いから書きました。
感動的な有名エピソードは古来よりそれはもうたくさんありますが、仕組まれたものも多いんだろうな、なんて。

13/03/13 そらの珊瑚

クナリさん、拝読しました。

こういった遺産は密かに受け継がれていくのでしょうね。例えば指輪物語の指輪のように。それを持ったものの資質によって、悲劇にもなってしまう。
香木、というところに、とてもリアリティがありますね。ライオンはネコ科ですから、マタタビの類を想像しました。
古くはラスコーの壁画にもライオンが描かれているそうで、そう考えるとこの物語のエンディングに深い余韻を感じました。

13/03/15 クナリ

そらの珊瑚さん>
ありがとうございます。
なんかこう、大きいサーカスとかって、表には出さない秘伝みたいなものがありそうで、そういうミステリアスな部分に惹かれてしまうんですよね。
演目をやっている最中はたぶん夢中で見入るのでしょうけど、終わった後は興奮冷めやらぬ中、テントの裏ではどんなことが起こっているのか見たくなってしまいそうです。
それで、「コレは○○遺跡からワシがひそかに持ち帰った秘密の粉じゃ。コレさえあれば我らは永久に超スターダムよウハハ」みたいなシーンを覗き見したいものです(変)。

13/03/18 光石七

少年の心が切ないです。
真実は誰もわからないまま、ですか。
最後の一文が胸に響きます。

13/03/19 クナリ

光石さん>
あ、どうも。
コメントありがとうございます。
そうなのです、世の中たいていのことが分からないままです。
報道されたことも、テレビや新聞にどう書いてあろうと、本当かどうかなど分からないのです。
無用のレッテル貼りや、思い込みで人を判断してしまいがちな時、自戒するようにしています。

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