1. トップページ
  2. 十四社の女と湯たんぽ男

おでんさん

よろしくお願いします。

性別
将来の夢
座右の銘

投稿済みの作品

1

十四社の女と湯たんぽ男

13/02/25 コンテスト(テーマ):第二回 【 自由投稿スペース 】 コメント:0件 おでん 閲覧数:1664

この作品を評価する

 キミの話をしよう。
 約二年ぶりに再会した君は、げっそりと痩せてグロテスクになっていた。その姿をみて、一週間分の疲れがどっとでたような気がする。それにキミの体は、なんだかひどく臭った。風呂にはちゃんと入っているのだろうか。その不潔たらしい長い髪に爪をたて、力いっぱいがしがし洗ってやりたくなる。さっぱりしたところで、好物のカニチャーハンをこれでもかってくらい食らわして、あとは吐くまでアルコールを注油しよう。きっとキミは、ワックスをかけた廊下みたいに見違えることだろう。正確には、見違える、ではなく、元に戻る、なのだが。

 キミは半年前に、数えて十四社目の会社をクビになった。自らの意志で辞めたところは一つもない。十四社全てに、もう辞めてくれと頼まれたクチなのだ。
 あれはたしか、キミが四社目か五社目の会社をクビになったときのことだ。どちらからともなく久しぶりに会いたいねってなって、当時、キミの間でちょっとブームになりかけていた安居酒屋でおちあった。
 そこで私は、こんな質問をした。
「お前さあ、そんなに仕事できない奴なわけ」
 するとキミは、一つの餃子を半分に食いちぎって、
「会社っていうのは、仕事ができないくらいじゃ社員をそう簡単にきらないんだよ」口をもごもごしながらこたえる。
「じゃあどうして」私が質問を重ねると、
「理由はいろいろ」
「なんだよ」
「多いのはセクシャルな問題かな。一人に手をつけだすと、次、次って全然とまらなくなっちゃうの。感覚的にはかりんとうと一緒」
 キミはがはがは笑って、今晩あたりどう? と続けた。もちろん、それが本気ではないことを知っている私は、うかれたりなどしない。ただ、どうしてキミと同じ職場じゃないのだろうと思ったことは何度かある。そして、キミと友達になってしまったことは、数えきれぬほど恨んだ。キミは、友達とは絶対に寝ない主義を持つ女だ。

 私がキミと出会ったのは、渋谷にあるクラブだった。当時、准教授になってまだ間もなかった私は、日々、ありとあらゆるプレッシャーに押しつぶされそうになっていた。やっとの思いで書きあげた論文は、体裁を気にしたあたりさわりのないものだと評され、週に四回受け持つことになっているクラスは、生徒たちからまるで人気がなく閑古鳥が鳴いている。
 そんなわけでやけになり、身に似つかわしくないクラブなどという場所に足を運んでは、勢いそのままに声をかけた相手がキミだった。でもキミは、そんな私を警戒することなく優しく受け入れてくれた。キミは一番最初の会社をクビになり、急に訪れた休息を満喫しているところだった。共に意気投合した私たちは、ビルとビルの間を走る都市高速のごとく、人と音との間をすりぬけ外にでた。そして、ガードレールを椅子代わりに腰かけて、いろいろな話をした。学生の頃に戻ったみたいに、時が経つのも忘れて夢中で喋った。
 別れ際、ホテルに誘おうかと思ったが、やめた。次も、そのまた次も、誘おうと思ってやめた。もし誘っても、キミは絶対に拒むことをしないだろう。でも、寝てしまったら、もうこうして会ってはもらえなくなるだろう。なんとなくそんな気がしたのだ。キミと寝た男たちがそうであるように。そんなの私には、絶対に耐えられない。

 グロテスクなキミを、代々木にあるレストランに連れていった。そこは、ばかでかいシャンデリアと、希少なワインをおさえていることで有名な店だった。入店をしぶるキミを説得するのは大変だった。キミは油っぽい頭やその体臭に関しては一切触れず、今日はジーンズだからと繰り返し口にして、なんとか場を逃れようとした。その様子をみて、あれだけ美しかったキミが、こんなにもグロテスクになってしまったのには何か深いわけがあるんだと思った。
 ようやく店の中に入ると、キミは世界遺産でも眺めるみたいに辺りをきょろきょろ見渡して、ふーんと余裕ぶった。
 なんでも頼めといったのに、キミは一番安いものを注文する。そのアーティチョークは手で食べてもかまわないんだよと教えたら、そうなんだ、と顔を難しくして素直に従った。フィンガーボウルの中の水は、割りと早い段階で薄く汚れていた。
「そういえばみたよ」
 キミはわざと嫌味たらたらな口調で「あんな有名な雑誌に連載がきまるなんて、随分はぶりがよさそうですなあ」といった。
「読んでて意味がわかったか?」
「ぜーんぜん。経済のことはさっぱりわかんない」
 私は笑った。だってあのコラムは、キミ以外の人間にむけて書いたものだから。
「そんなことよりも、もっと早く連絡くれればよかったのに」
 私がいうと、
「そうだね」
 キミはたちまちテンションを落してスープをすする。
「次のあてはもうあるのか?」
「まだ」即答。
「またどこかに口をきいてやろうか」
「いいよ。もう迷惑かけたくないし」
「昔のことなんか気にするなよ」
「ありがと。でも本当に大丈夫だから」
 十四社目をクビになったキミは、いつもとどこか様子が違っていた。口数が少ないばかりでなく、こちらの顔をなかなかみようとしない。
「もし出たくなったらいえよ。残したってかまわないんだから」
「……そんなわけにはいかないよ」キミはしばらく逡巡してから、「ただ、今日はちょっと疲れたんだな、うん」まるで自分で自分に言い聞かせるようにいって、フォークをおいた。

 キミと会えるのは、キミが無職でいるときだけだ。どこかに勤めているときは、絶対に連絡をくれない。これもいつだったかその理由を尋ねたときに、夏に湯たんぽを欲しいと思う? と逆に聞き返されのを覚えている。キミにとって、就業中は夏なのだ。そして私は湯たんぽ。湯たんぽなら事故があったとしても、せいぜい低温火傷ですねにかさぶたをつくって終わりだろうに。
 ふと、じゃあ夏に寝る男たちはなんなのだろうと気になった。でもそれをそのまま訊くのは躊躇(ためら)われて、
 ――じゃあどの季節がすきなんだ?
 キミはぼそりこたえる。
 ――秋。
 それを聞いて、ほっとした。春でなかったことに、うんと喜びを感じた。
 
 店からでた私たちは、駅に向かってゆっくりと歩いた。その間キミは、満月に向かって白い息を吐いていた。どっかに消えろとでもいいたげに、何度も何度も。
 沈黙の重みに耐えられなくなった私はいった。
「次はいつになるかな」二人の肩はぴったりとくっついている。「こちらとしては、できるだけ早い方がありがたいけれど」
 キミは、
「次はないよ」
 肩を離して、消え入りそうな声でいった。
「どうして」
「だって、履歴書の職歴欄がついに埋まっちゃったもの」
 十四社クビになったキミは、自嘲的に笑った。それに、年があけたらもう四十(しじゅう)だし、と。
「気にするなよ」
「無茶いわないでよ、教授」
「その呼び方やめろ」
「やめません、教授」
「いい加減に怒るぞ」
「いいよ、怒ってみてよ……教授」
 キミは、人目があるというのに涙をぼろぼろこぼした。
「どうしたんだよ。今日のお前、わけわからないよ」
 私が辺りを気にしていると、
「そんなこと、あんただけには絶対いわれたくない」
 キミは、しっかりと中指を立てていった。
「さっさと家庭にもどれよ。クソジジイ」

 こうして、永遠に続くと思っていた関係が終ってしまった。キミにクソジジイといわれてから早十年。私はついに還暦を迎え、来年の秋には初孫に恵まれることになっている。
 冬が来る度、私はいつもキミのことを思い出す。夏に湯たんぽは必要ないといったキミの心は今、一体どんな季節を迎えているのだろうかと。
 
 補足として。
 これは、もしも――もしもの話だけれど、キミの心がもしも寒波に襲われていて、めっきり身動きとれない状態にあるのなら、気兼ねすることなくいって欲しい。クソジジイは、たとえどこにいようともとんでいく。そして二人で、昔いったあの安居酒屋あたりで、もくもくと語り合おう。見た目がグロテスクなままであってもかまわない。私もすっかり年老いて、腰は曲がっているし顔の皺だってうんと増えた。
 だから、同じようなものだ。   (了)


コメント・評価を投稿する

コメントの投稿するにはログインしてください。
コメントを入力してください。

このストーリーに関するコメント

ログイン