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W・アーム・スープレックスさん

性別 男性
将来の夢
座右の銘 作者はつねにぶっきらぼう

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アンドロイドに慈悲の目を

13/02/23 コンテスト(テーマ):第二回 【 自由投稿スペース 】 コメント:2件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:2074

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 惑星シュラで水を満載した宇宙船がふたたび宇宙空間にもどっていく様子を、丘のうえの灯台はじっとみまもっていた。
 シェラに湧く大量の真水をもとめてこうして、航行途上の船が、灯台の巨大アンテナから発信される電波にみちびかれて惑星に降り立つのだった。
「水がないと生きていけない人間というのも、なんとも不便なものだ」
 灯台内の円形の室内で、トヨキがふともらした。
「だけど、人間たちがおいしそうに水を飲むところをみたら、私たちアンドロイドにも水が味わえたらなって、思うことはない?」
 サンダラにいわれて、トヨキは肩をすくめた。
「しょうがないさ。おれたちアンドロイドには電気以外、なにもいらないときてるんだから」
 するとサンダラから、いつもの口癖がでた。
「人間って、なんて残酷なのかしら。私たちアンドロイドに人間の感情をうえつけておきながら、それを満たすことはできないときている」
「まあそう文句をいうもんじゃない。こんな辺境な惑星で人間にかわって仕事ができるのも、われわれだからだ。使命感と達成感の満足だけで、十分じゃないか」
「そうね」
 そっけなくいうとサンダラは、壁のモニター画面に目をやった。
「ゴーマのかえりが遅いと思ったら―――」
 宇宙船の発着場の点検にいったはずのゴーマはいま、菩提樹の木の下で、じっとたたずんでいた。
「………やはり、あの場所か」
 横でトヨキがつぶやくようにいうのを、サンダラは気がかりなふうに見やった。
「あなたも、経験してるの?」
「え、ということは、きみも―――?」
 ためらいがちにうなずくサンダラにトヨキは、彼女のいう経験と自分のそれとははたして同一のものだろうかと考えた。
 彼がはじめてそれを経験したのは、この灯台に派遣されて1年目のことだった。
 そのときも、ちょうどあのゴーマのように発着場からのかえりに、菩提樹の下にちかづいたときだった。
 幹の陰から一人の、物柔らかな顔つきをした、婦人があらわれた。
 ひと目みるなり彼は、その婦人を自分の母親と認めた。現実にそんなことはありえなかった。にもかかわらず彼は、その認識を一度も疑うことなくうけいれたのだった。
「トヨキ、あいたかったわ、あなたのお母さんよ」
「母さん、もっとそばにきて、ぼくにその姿をよくみせておくれ」
 トヨキは母の手を握りしめた。そうしていないと、いまにも母がどこかにいってしまいそうに思えて不安だった。
 歳ににあわず、顔にはどこかあどけなさが残り、いつもなにかに驚いているような大きな目をもっている母だった。小柄なので、こちらが子供にもかかわらずつい、擁護してやりたい気持ちになった。
 あとはもう、目と目をみかわしているだけで、互いの気持ちはおのずとまじわりあった。なにもしていなくても、ただこうして向かいあっているだけで、心はあたたかな幸福でみたされていった………
 トヨキがハッとわれにもどったとき、自分のまえには一本の、菩提樹が静かにたっているだけだった。
 アンドロイドに肉親が存在するはずはなかった。だがトヨキは、そのありえない現実を大切にしたいばかりに、いま体験したできごとを否定することはなかった。
 それから殺風景な灯台の中に入って、面白くもない同僚の顔を前にしても、トヨキの心にその後も残る母親のぬくもりは冷めることはなかった。いったいなにがおこったのか、この喜びをいつまでもかみしめていたいために、原因をさぐることさえ控えたいぐらいだった。
 とはいえ月に一度の、アンドロイドの思考回路の点検に、もしかしたらという懸念があったものの結果は、異常なしとでた。それにはむしろ、トヨキじしん面食らった。あのとき菩提樹の下でおこったできごとは、思考回路の故障でないとしたらいったいなんなのだ。彼はしかしそれ以上の詮索はやめにした。たとえ故障が原因だとしても、あの母親といまいちどあえるなら、修復などしたいとは思わなかった。
 トヨキはそれからも、二人の仲間と、いつもとかわらず労働に精をだした。湧水状況の調査、着陸予定の定期船の確認、水の供給量、アンテナのメンテナンス―――こなさなければならない仕事はいっぱいあった。あの体験があって以来、いつかまた母にあえるという期待が励みとなって、だれよりも積極的に働くようになっていた。。
 10日後に、ふたたび母親があらわれた。やはりあの菩提樹の下だった。
 母親は、前回とはちがう衣装であらわれた。年相応の質素ななかにも、ちょっとしたところに華やかな色合いをちりばめて、そこにはあきらかに、息子に気にいられようとする女性らしいはからいがうかがわれた。
「またあえたね」
「もちろんでしょう。私がどれだけあなたに会いたがっているかをあなたがしったらきっと、気がくるってしまうんじゃないかしら」
「ぼくだって、毎日、母さんのことばかりかんがえてるよ」
「トヨキ、わたしのトヨキ―――」
「このままいつまでもいっしょにいよう」
「私もおなじおもいよ」
 それ以上言葉は必要なかった。というより、いっしょにいることより以上の言葉など、あるははずもなかった。
 菩提樹の下での母との逢瀬は、それからも何度となくつづいた。時間にして十分あるかどうかの本当に短い間だったがそれだけに、過ぎゆく一分一分は濃厚なまでに充実していた。
 たとえ十分後に消えても、それはやはりじぶんのまちがいなく母であるという感覚は、依然としてトヨキのなかでは揺らぐことがなかった。。
 なにかが視界のなかでうごめいた。
 それは何度目―――何十回目かの、母との逢瀬のときだった。
 真っ黒な髪がさかまくなかに、むきだしになった黄金色の歯が揺れ動いた。
 これは、なにか。
 トヨキには理解できないその生き物は、なおもはげしく舞うように動きながら、こちらの二人にちかづいてくる。トヨキは警戒心をふかめて、母親のまえに仁王立ちになった。たとえ宇宙船一隻破壊できる力を秘めた怪物が襲ってきたとしても、母親をまもるためなら矢面にたつだけの覚悟はできていた。
 突然、生き物の動きが目に見えて早くなった。
 あっとおもったときには生き物は、トヨキを猛烈な突激ではねとばすなり、一気に母親のところまで迫ったとおもうと、そのまま勢いにまかせて母親にくらいついた。
 ああ!
 彼がかけつけるよりも早くその黄金の歯をもった生き物は、母親のからだを貪りくってしまった。あまりにも一瞬のことで、トヨキにはどうすることもできなかった。はげしい無力感に茫然とたちすくむ彼だったが、もし生き物が自分にも襲いかかることがあるならむしろ、こちらから進んで喰われててやろうとさえ思った。そうすることで、母親のところにいけるのなら………。
 しかし、生き物は彼には見向きもしないで、頭をゆすり、黒い髪を振り乱しながら、姿を消した。
 もはや二度と母にはあえないのだという絶望感がこみあげてきたのは、それからまもなくしてからだった。ふたたび眼前に、いまは寒々としてうつる菩提樹の木がたっていた。
 母がふたたび彼のまえに姿をみせたのは、それから10日後のことだった。
 まったく不可解なことだが、あのとき目のまえで母が、たしかに生き物に喰われるるところをみていながら彼は、いままた出現した母を、やはり以前同様の親しみと愛情をこめて迎えたのだった。その時点で過去の記憶は、彼のなかでは意味を失っていた。
 だが、一度は怪物に喰われたという事実があったからこそ、トヨキが以前にもまして母に強い愛着をつのらせたのもまた事実だった。
 ふたたびトヨキと母親の、菩提樹の下での逢瀬がくりかえされた。
 そしてまた、何回目かの逢瀬のときに、あの生き物があらわれたのだった。
 黄金の歯をむきだし、あいつが頭をひとゆすりしたとたん、彼の全身は麻痺したように硬直してしまった。その彼の目の前で、母親は黄金の歯にくわえられたまま消えて行った。
 おなじことが、なんども繰り返し起こった。幸せとおなじぶんの悲しみが、そのたびに彼を見舞った。
 サンダラもまた、このような体験をしているのだろうか。
 トヨキは、彼女をみつめた。そのサンダラが、ふいに口をひらいた。
「ゴーマがもどってきたら三人で、相談しない?」
「相談?」
「もしかして、あなたとゴーマも、私とおなじ問題に直面しているんじゃないかしらと思って」
「きみも、菩提樹の下に母親があらわれるのか………」
「私の場合は、恋人の彼よ。だけどいつも、金色の歯をもった生き物にたべられちゃうの」
「なるほど、恋人か」
 いずれにしろ彼女も、自分とおなじ体験をしていることがわかってトヨキは、どこか救われた気持になった。このような環境に長年いることによるウツの兆候という考えが、最近の彼をとらえていた。がサンダラの言葉をきいて、すくなくともこれが、自分ひとりの問題ではないことがわかったのだ。
 二人は、灯台にゴーマがもどってくるのをまって、自分たちがかわした話を、彼にもした。
 室内に戻ったゴーマは最初、なぜか機嫌が悪かった。話をきくと、いきなりテーブルを殴りつけた。
「くそ。あの怪物野郎は、きみたちの大切な人まで、喰っていたのか」
「やっぱりゴーマも、みていたのか」
「私の場合は、頭に後光をいただいた観音様だけどね。やっぱりみんなもみていたのか。口にださなかった理由はきかなくてもわかるよ」
 ゴーマの不機嫌は、観音様を喰ってしまう生き物にたいする、はげしい怒りからきているようだった。
 トヨキとサンダラが、金の歯をもった生き物を憎むきっかけになったのが、このときのゴーマの憎悪をこめた一言からだった。
「あいつ、いまにみていろ」
「あの金色の歯の生き物を、退治することはできたらねえ」
 それができたら、トヨキは母を、サンダラは恋人を、そしてゴーマは観音様を、あらわれるたびに喰われるるという悲惨な結末から救うことができるのだ。

 * * * *

 宇宙船モクレン号は、灯台の電波にみちびかれて、惑星シュラの成層圏に突入した。
 シュラの地表をうつしだすモニターの大画面を三人の巡回員たちは、いろいろなおもいでながめていた。
 今回はじめて、灯台の設計者であり、そしてトヨキたちアンドロイドの制作者でもあるコセ博士が巡回員として搭乗していた。他の二人サルタとウズメは、毎年一回の巡回にシュラを訪れているベテランたちだった。
「かれらも、自分たちの生みの親の顔がみれて、さぞ感激することでしょう」
 サルタは、この銀河系諸都市にその名が轟いているセコ博士が横にいるとあって、いささか緊張の面持ちでいった。
 セコ博士は、有名な金歯をのぞかせて笑った。
 黄金にたいする異常なまでの愛着がこの、すべての歯を黄金の義歯にかえるというおもいきった行為に彼をはしらせた。
 しかし博士をだれよりも尊敬するウズメの目には、博士のそんな黄金愛好癖さえ、ほほえましい一面ぐらいにしか思っていなかった。
「博士のおかげで、灯台勤務のアンドロイドたちも、楽しい思いを味わっていることでしょう」
 彼女にいわれて、博士は少し、得意げにうなずいた。
「ああ。私がつくったアンドロイドたちは、人間と変らない感情をもっている。そんなかれら3人の思考回路に、ちょっと細工をほどこしてやった。すなわち、かれら3人にそれぞれ、肉親への愛、恋人への愛、そして神仏への愛をあたえた。シュラの荒涼とした環境は、ひとの感情をもったかれらには、けっして凌ぎやすいところではあるまい。そのための癒しとして私は、かれらに楽しい夢をみせてやることにした」
「それこそまさに、慈悲のお心ですわ」
「菩提樹の木―――もちろんあれも機械仕掛けだが―――の下にいくと、かれらの思考回路に母親が、恋人が、そして観音菩薩が、目に映るような仕組みを施した。かれらはその幸福な夢をおそらく、いやというほどくりかえし、再生するようになるだろう。ほかになんの喜びもないのだからな。だが、機械のかなしさで、あまりにそれが度を越すと、思考回路にストレスが生じ、故障の原因にもなりかねない。それでわたしは、度重なる再生を防ぐために、夢をくう獏の役割を担った生き物を用意しておいた」
 二人はなにもいわなかったが、その生き物の歯がすべて黄金色をしているのはあきらかに、博士の黄金愛好癖のあらわれだとみてまずまちがいはない。
 博士かまだなにかいおうとしかけたとき、宇宙船が着陸態勢にはいったことを告げる警報がなりわたった。 
 宇宙船はすんなり着陸した。巡回といっても、なに、ただ灯台がとどこおりなく作動しているかどうかの確認と、三人のアンドロイドに変りがないかを点検するだけのことで、今回はコセ博士が同行しているぶん、多少念はいれなければならないが、それでもほんの数時間もあればすべて済んでしまうことだろう。
 サルタにしてみれば、さっさと仕事をおえて、ふたたびモクレン号のあたたかな空気がみちた室内にもどって、アンドロイドではないが楽しい夢でもみながらひと眠りしたいところだった。
 宇宙船は着陸した。出口のハッチは灯台の入口とパイプでつながれ、博士たち三人がそのパイプをとおってアンドロイドたちのいるところへ、あとはいくばかりとなった。
「博士、あなたの子供たちがおまちかねですわ。おさきに、どうぞ」
 ウズメにうながされてセコ博士は、満足げにうなずきながらパイプの中を歩きはじめた。それが癖で、ときおり口をいっぱいにひらいては、自慢の金歯をのぞかせた。
 博士の足取りははやかった。二人が急いでおいかけようとしたとき、前方で悲鳴がきこえた。
「いまのは、博士の声よ」
 ウズメは緊張にこわばる顔で前をみた。
 博士は、灯台の入り口付近で倒れていた。その博士のそばにたちつくす三人のアンドロイドたちをみたウズメは、おもわず声を張りあげた。
「あなたたち、博士になにをしたの?」
 するとトヨキが、いかにもうれしそうな顔でこたえた。
「ぼくたちの夢を喰ってしまう黄金の歯をもった生き物を、退治しました」
「退治って、そのひとは、コセ博士よ―――わかってるの? あなたたちを作ってくれた博士じゃないの」
 しかしかれらはもう、ウズメの言葉を聞いていなかった。
「ぼくたちはこれからも、一生懸命、灯台ではたらきます。ぼくたちの幸せが、もはやだれにもじゃまされなくなったのですから」
 そういってトヨキが笑うと、他のアンドロイドたちもつられたように、満面に笑みを浮かべた。




 
 


 
 
 
 


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このストーリーに関するコメント

13/02/24 草愛やし美

W・アーム・スープレックスさん、拝読しました。

悲しい結末は、途中から推測できたのですが……、その切なさはたまらないものでした。博士が良しとしたアンドロイドたちへの施しは、思いやりからではなく、単に計算されたものでしかなかった。アンドロイドたちの気持ちをもてあそんでしまった博士は神でなく、ただの科学者だったということでしょうね。

2000文字と思えない濃い内容があって素晴らしいお話でした。

13/02/24 W・アーム・スープレックス

草藍さん、コメントありがとうございます。

アンドロイドはどこまで人間にちかづくのか。このテーマはずっと温めているのですが、そのうちかれらが地球の主につくようなこともないともいえず、そうなったときの人間を待ち構えているのは、悲劇か喜劇か………などといったことを、ひまがあると考えています。

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