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かめかめさん

http://ameblo.jp/kamekame1976/ ブログデシセイカツバクロチウ

性別 女性
将来の夢 印税生活
座右の銘 ハワイに行きたいと思ったら、一歩踏み出さないといけない。 ハワイは向こうから近づいてこない。

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トイレのカミサマ

13/02/22 コンテスト(テーマ):第二回 【 自由投稿スペース 】 コメント:0件 かめかめ 閲覧数:1802

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「トイレには〜それは、それはきれいな、めがみさまが……」
便器の裏の尿石をブラシでこすり取りながら、知らず歌っていた自分に気付き、カナは苦笑いした。

自分と同じ名前を持つ歌手が歌う『トイレの神様』と言う曲が初めてラジオから聞こえてきた時、カナの記憶の底がふるふるとゆれた。
私はこの歌を知っている?
いや、違う。このお話を聞いたことがあるのだ。
小さい頃、トイレ掃除をしていた母がカナに話してくれたのだった。トイレの掃除を一生懸命にした女の子は綺麗になれるのだと。
それは、一度はすっかり忘れていた思い出。
つらい記憶に蓋をして、すっかり忘れたふりをしていた。
そのことを思うと今でも目頭がジワリと熱くなる。

カナの母は28歳でくも膜下出血で亡くなった。
突然だった。
まだ5歳だったカナは、母が死んだということが理解できなかった。
ドアベルが鳴るたび、母が帰ってきたと思って笑顔で走っていった。
父は、そんなカナの姿を見ることに耐えられなかったのだろう。父方の祖父母にカナをあずけた。
祖父は寡黙で厳格な人で、祖母も黙ってこまめに立ち働く人だった。
特段、きびしく躾けられた覚えもないのだが、カナは自分から進んで家事を手伝う子供になった。高校に入学したころには病気がちだった祖母に代わり、主婦としてほとんどすべての家事を取り仕切っていた。
もうすぐ高校卒業と言う春に、祖母は亡くなった。

カナは途方にくれた。
困惑のあまり、祖母が亡くなった悲しみにひたることも出来なかった。

これからいったいトイレのそうじはどうすればいいのだろう?

祖母は死ぬ間際までカナが唯一苦手な家事、トイレ掃除をやってくれていた。
病気でつらい体を引きずるように、トイレの床を拭いている祖母を見ても、カナはどうしてもトイレの掃除が出来なかった。

カナは祖母の葬式が終わってすぐ、トイレのドアの前に立ち尽くした。
そんなカナを見て、祖父が口を開いた。

「トイレなんか掃除しなくても死にやせん。どうしてもの時は俺が掃除する」

初めて聞いた、優しい声音だった。箸の上げ下ろし以外やらない昔気質の祖父の意外な気遣いに、カナは祖母の死後はじめて、声をあげて泣いた。

『トイレの神様』を初めて聞いたのは、そのころだ。
なぜだか胸が締め付けられるような、それでいてくすぐったいような不思議な感覚を覚えた。
そして、思い出した。

母が死んだ日のことを。


カナが幼稚園の送迎バスを降りても、いつも迎えに来てくれる母はいなかった。
近所のユキちゃんのママが、カナを家まで送ってくれた。家のカギは開いていた。

「ママ?ママ?」

カナは家中をママを呼んで探して、トイレにカギがかかり電気がついているのを見つけた。

「ママ、トイレにいた」

玄関で待っていてくれたユキちゃんのママにそう言うと、ユキちゃんのママは安心して帰っていった。
カナも安心して、オモチャを出して遊び始めた。
いつまでたっても、ママはトイレから出てこない。
カナが心配になってトイレのドアをドンドン叩いても、大声で呼んでも出てこない。
わあわあ泣き叫んでも出てこない。
カナはトイレのドアの前で泣きつかれて眠ってしまった。
目が覚めたとき、パパが帰ってきていて、どこかに電話をかけていた。それからネジを外してドアをどけてしまった。
ママがいた。
目を見開いて、真っ白な顔で、トイレの床に寝ていた。
カナは悲鳴をあげたのだった。その後のことは、もう何も思い出せなかった。

カナはラジオの前でブルブルと震えていた。
今にも叫びだしそうだった。
叫ばなければ、目の前に、死んでいる母の姿が蘇りそうだった。
カナの口が叫びの形に開いた時、歌はサビの終わりにさしかかった。

「だからまいにち きれいにしたら めがみさまみたいに べっぴんさんになれるんやで」

あれ?と思った。
歌の歌詞に、何か違和感を感じた。
それまでの恐怖が、すっと嘘みたいに引いて行った。
何かがちがう。
なんだったろう、すごく気になる。
カナはラジオの前に座り込み、スピーカーに顔を押し付けるようにして歌に集中した。
歌は祖母と暮らした温かな思い出をつづっていた。おばあちゃんとの五目並べ、鴨南蛮。歌われているのは、自分と祖母の関係とはまるで違う親密な関係だった。
だがなぜかその中に、カナの祖母の謹厳な眼差しを思い出すことが出来た。

「おばあちゃん、おばあちゃん、ありがとう」

それはカナが何故か言葉にすることの出来なかった思いだった。
祖母が生きている間も、死んでからも。
そのことに初めて気付いた。
同時に何かがカナの思いを、喉の奥でせき止めていることに気付いた。

「気立ての良いお嫁さんになるのが 夢だった私は 今日もせっせとトイレをピカピカにする」

喉の奥のカギが、カチリと音を立てて開いた。
それは15年間、カナの心を閉じ込めていたドアのカギだった。
あの日、無理やりこじ開けられたドアが、今ようやく、カギを開け、正しく開いた。

ドアの向こうで、母は笑っていた。
そうだ。母はいつでもニコニコと笑っていたんだ。

「カナちゃん、一生懸命トイレ掃除したら、女の子は幸せなお嫁さんになれるのよ」

カナは叫んでいた。ママ!ママ!ママ!

「カナちゃん、幸せになってね」

ママ ママ ありがとう。



磨き終わった便器がツヤツヤと輝いている。
カナは満足気に微笑むと、掃除道具をしまい手を洗う。

「ママー、おなかすいたー」

幼稚園から帰ってきた沙代が、パタパタと走ってきた。

「こーら。帰ってきたらなんていうの?」

「ただいまー」

「ほら、ひいばあちゃんにもあいさつして」

沙代の背を押し仏間に向かう。
仏壇の前には沙代のお迎えに行ってくれた祖父がすでに座り、手を合わせていた。
カナも沙代と並んで手を合わせる。
おばあちゃん、今日もちゃんとトイレ掃除できました。カナは心の中で祖母に日課の報告をする。

「ママ?ひいばあちゃんとおはなししてるの?」

いつまでも目をつぶっているカナに、沙代が尋ねる。カナは目を開けて沙代を見つめた。
まるい目をくりくり輝かして、一心に自分を見つめる娘。
この子の幸せが、私の幸せ。
きっと母も祖母も、そう思ったに違いない。

「そう。ひいばあちゃんとトイレの神様の話をしてたの」

「トイレにカミサマがいるのー?」

「そうよ……。昔、ママのママが話してくれたの」

だから、私もこの子に伝えよう。トイレのカミサマのお話を。


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