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クナリさん

小説が出版されました。 『黒手毬珈琲館に灯はともる 〜優しい雨と、オレンジ・カプチーノ〜』 マイナビ出版ファン文庫より発売中です(表紙:六七質 様)。 http://www.amazon.co.jp/dp/4839958211 twitterアカウント:@sawanokurakunar

性別
将来の夢 絵本作家
座右の銘 明日の自分がきっとがんばる。

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3

僕は殺人者

13/02/21 コンテスト(テーマ):第二回 【 自由投稿スペース 】 コメント:8件 クナリ 閲覧数:2244

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ある夏の日のこと。

中学校からの帰り、僕は殺人者になってしまった。

罪は罪だ。刑罰は受ける気でいる。
でも、ほんとうにひどい奴等だった。

だから、後悔はしていない。

……。

■■■■■

夏休みの少し前、一汗かいて僕は自宅のマンションへ帰ってきた。
殴りつけるような西日は強烈で、僕は早く冷房の効いた部屋に戻りたい一心だった。
僕の家はこのマンションの八階にあって、窓を開けておけば心地良い風が入ってきてはくれるけど、こんな日は文明の利器の方がありがたい。

見慣れたエントランスを抜けて、他のマンションよりはやや大型の、うちのエレベーターを待つ。
階数ランプを見上げる気力も無くうつむいていたら、チン、と音がして一階に箱が着いた。
扉が開きざま、さっさと中に入る。
箱の中には人がいた。
僕が入ってきたのに驚いたのか、その人物がびくりと足をすくめるのが分かった。
顔を上げる気はしないので『彼』の顔は見えないまま、足だけが視界に入っている。
エレベーターにずかずかと乗り込んできた僕の存在が『彼』を軽く驚かせたのか、その両足は硬直したきり、箱から降りる様子がない。
悪いとは思ったけど、他人に気を回す余裕なんてないほどに今日は暑いし、すっかり疲れてる。
『彼』を箱の中に残したまま、僕が八階のボタンを押すとドアが閉じてきた。
僕が八階で降りたあとで、あなたはもう一度一階に戻ってくれ。

扉が閉まり、箱が上昇を始めた途端。
『彼』の足がするりと僕とボタンパネルの間に滑り込んだ。
しまった、怒らせたか。
やや後ずさりして目線を上げ、その時初めて僕は『彼』の全身を目に入れた。

この暑いのに、大きな帽子とマスク。ジャケット姿。
長袖のたっぷりした服をこんな日に着ていて、妙だなと目を凝らせば襟元から覗くアンダーシャツには赤い液体が付着している。べったりと。
つまりは、それを隠す為のジャケットだ。
そのジャケットの裾に、『彼』が右手を突っ込む。
再び僕の視界に戻ってきたその手には、赤く染まった包丁が握られていた。

自分の顔から血の気の引くのを感じながら、僕は悟った。
こいつは……、たった今、誰かを刺してきた……!

「ついてないね」

『彼』がつぶやく。僕は動けない。

「ついてない。俺も君も。見られた方も、見た方も」

ボタンパネルを背にして『彼』が迫ってくる。
冗談じゃない!
早くこの箱を止めて逃げなくては。八階まではきっと僕の命はもたない。
どうすればいい。
混乱しながら、それでもポケットから携帯電話を取り出す――が、プッシュしている時間はない。
僕は携帯をパネルに向かって投げつけた。
ボタンに当たれ!

二階のボタンに命中してオレンジの明かりがともる。
よし。
ああでも二階はたった今通り過ぎた!

乾いた音を立てて落ちたパールピンクの携帯に、『彼』が包丁の柄を振り下ろす。
そのピンク色といい、僕の手にはやや小さかったサイズといい、あれはもともと女性向けに開発されたものだった。
だからというわけではないだろうが、携帯はか弱く破損した。
くそ、あのピンクは気に入っていたのに。
いや、それどころじゃない。

『彼』は今度は僕に向かって包丁を振り下ろす。
僕は学校指定の安物のスポーツバッグで閃く白刃をはたいた。
こっちの得物のメリットは体積だけだ。
それなりに重量があるから防御には充分か?

けれど、相手の武器は攻撃に充分すぎる。
くそ!


三階通過。

 
まっとうに出口からは出られそうにない。
それに、いつまでも避けられそうにもない。
なら。

わずかな間隙をついて、僕はスポーツバッグを上に振り上げた。
箱の天井にぶつかると天板がずれて外れる。

そうだ。
上しかない!

『彼』は、あッ、て顔で僕を見て――その顔はすぐに緩んだ。
そんなに簡単に箱の上によじ登れるはずがない。
普通は。
何の足がかりもなければ。

しかし、ここの管理人だか責任者だかがバリアフリーに熱心なおかげで、うちのマンションのエレベーターには、腰ほどの高さに手すりが三方の壁を伝っている。
壁に寄りかかる時に邪魔だな、という程度に認識していた銀色の横棒が命の恩人に化けそうだ。

一息に手すりに足をかけ体を跳ね上げる。
上へ!
右の二の腕まで天板の上に出た。
ひじから指先までを箱の屋根の上に置き、体を引き上げようとする。
右足を振り上げて天板の上に出し、これで右半身は脱出した。
バッグを握った左手を体に引き寄せようとして、がくりと止まる。

―――――――――五階通過。

『彼』の左手がバッグの端を握り締めていた。
僕が天井に逃れてしまえば、『彼』は目撃者を始末するのが難しくなる。
『彼』がここへ上がってこようとしても、よじ登ろうとすればその時に隙ができる。
僕が包丁を奪い取ることも可能だろう。

『彼』が今僕の手を切りつければ、僕は得物を手放して上へ引っ込んで、住民の誰かが異常に気付くまでやり過ごすことになる。
だから彼が僕の左手に白刃を及ばせることはできない。
けれど僕は僕でこのバッグを離したくない。
つまり引っ張り合いが起こる。
僕らは渾身の力をこめた。
額に血管が浮いた。
お互いに。

そして響いた。
びぎ、びりっ、という音が。

彼の包丁を防いでいた時、刃がバッグに当たったせいで入ってしまった切れ込みが今、必死の綱引きに耐え切れず大きく口を開けていく。
まずい。
武器も防具も、ある程度の重さがあってこそ十全に機能する。
このまま中身が零れ落ちてしまえば、後にはぺらぺらの安っぽい合成繊維の布が残るだけだ。
『彼』が上へ上ってくれば、包丁を奪い損ねてしまったら、僕には相対しても対応する手段がない。
とにかくバッグの崩壊はなんとしても防がなければ。
どの意味でも人生の終わりにそのままつながってしまいかねない。

筋力を総動員して必死にバッグの持ち手を引っ張る。
爪がはがれそうになっても緩めずに。
逆効果だ、と気付いたのは

びぎぃーッ!

とひときわ大きい音がして、バッグの中身が、ゴトッ、ゴト、と音を立ててエレベーターの床に転がり落ちてからだった。

僕のバッグは重さと機能を同時に失った。
 

六階通過。
 

箱の床に転がったバッグの中身を見て、『彼』の唇は、驚愕のためにぱっくりと開かれていた。それがマスクの上からでもはっきり分かる。
『彼』の視線は床に転がった物に注がれ続けている。

バッグの崩壊は僕にとって、どの意味でも人生の終わりにそのままつながってしまいかねない。
命を守る手段を失って『彼』の凶刃に犯されるか。
もしくは、社会的に終わるか。
今度は『彼』が目撃者だ。

バッグから落ちたのはビニールで覆われた、血まみれの、『彼』のそれよりも肉厚な包丁。
それともう一つは、これも透明のビニール袋に入った生首――首はピンクの携帯電話の持ち主だった少女のそれだ。
見られてしまった。

『彼』が生首に視線を奪われた間隙に僕はエレベーターの床に着地する。
『彼』が僕の着地に気付いた瞬間に僕は生首を手に取る。
『彼』が怪訝な表情をする間も無く僕は接敵して。
生首を『彼』の顔面に押し付けた―――二人の顔面が、がつ、と音を立てて衝突する。
あごが外れそうなくらい口を開いて今度こそ『彼』は悲鳴を上げた。
そのパニックに乗じて、やっとふんだくることができた。
『彼』の生んだ隙と、『彼』の凶器とを。

七階通過。

あとはただ『彼』をめった刺しにするだけだった。
僕の手の中の包丁は空気中と『彼』の肉の中を激しく往復して、極端な速度で『彼』をこの世から追い出していく。
刃を引き抜くたびに『彼』の魂まで引きずり出すような感覚。
死を与えるのではなく、生命を強奪するような。
包丁の柄と柄尻を掴む手に、その感覚だけが連続する。
 
八階到着。
 
エレベーターのドアが開くと、幸い誰もいなかった。
『彼』の体は、勝手に箱が降り始めないよう、ドアが閉まらない具合に箱からはみ出させてドアストッパーにした。
僕は少女の生首と僕の包丁をつかむと――『彼』の包丁は『彼』の肋骨の隙間に、水平になって行儀よく収まっている――、両手の血をぬぐってから迅速に自宅の部屋へ戻ってその手をざっと洗った。
そしてどこにも血の付いた指紋を残さないよう気をつけながら、机の引き出しの中に『彼女』を入れた。
包丁も同じ所にしまう。
この僕の包丁を武器として使えばもっと楽に窮地を脱することができたのかもしれないが、ではなぜ僕がそんな物を持っていて、何に使っていたのかが万が一周囲に判明してしまうと、非常に困るのだ。
それが済むと、急いでほうきとちりとりを持ってエレベーターに戻り、携帯電話の破片をちりとりへ掃き入れ、これも自分の引き出しへバラリと入れて鍵をかけた。
もう一度エレベーターへ戻り『彼女』の痕跡を残していないことを確認していると、誰かが一階で箱を呼ぶボタンを押したらしく、一階のボタンランプが点灯した。
『彼』の体を箱の中へ蹴り入れ、僕も箱に乗り込むと、扉が閉まり、エレベーターは下降を始めた。

一階に到着し、扉が開く。
エレベーターの扉の前で、買い物袋を下げた主婦が立っていた。
箱の床に広がる惨状に、主婦は最初きょとんとして――しかしすぐに悲鳴を上げてあとずさった。

僕も、息も絶え絶えに泣きそうな目で悲鳴じみた声を上げた。


「け、警察を呼んでください!急いで!
僕、この人を殺しちゃったんです!」





大筋はそのまま警察に話した。
襲われ、もみ合った際に幸運にも包丁を奪うことができ、恐怖からついそれで『彼』を刺してしまったと。
もちろん、僕の第一の殺人のことだけは隠して。

警察や近隣の人達の話を繋げたところ、『彼』はうちのマンションに住む恋人だか愛人だかを逆恨みで刺殺して、帰ろうとして僕と鉢合わせたようだ。
そんな奴に、会ってしまったからってだけで殺されちゃたまらない。
死んで当然のひどい奴だ。
 
僕が『彼』を殺す直前に殺した、少女の件について。
『彼女』から告白されて僕らは交際を始めた。
けれど僕は『彼女』のことをよく知らなかったし、冷やかされるのも嫌だったので、学校の外でだけ触れ合うようにして努めて無関係に見せかけ、『彼女』もそれを面白がっていた。
それが幸いして僕らの関係に気付く人はいなかった。
次第に関係が軋んできて別れたくなったけど、『彼女』は食い下がってきて、うっかり明かしてしまった僕の一般的でない趣味の諸々を、広められてもいいのか、と脅迫してきた。死んで当然のひどい女だ。

通学路の林の土の中、首のない『彼女』の体はまだ発見されずに眠っている。
もう捜索願は出されたのだろうか?
僕との膨大な通話やメールの履歴を消去するのが面倒で持ち去ってしまったピンクの携帯電話は、次の燃えないごみの日に屑のまま出される。
そうした通信記録は電話会社へ問い合わせれば判明してしまうのかもしれないが、やりとりした内容まで把握されなければ、僕と『彼女』の関係や、それが壊れてきていたことまでは解らないだろう。
電話やメールをすることくらいはあった、程度の関係としておこう。
誰が携帯を持ち去ったのかまでは証拠も無いし、解る訳が無い。

今、僕の机の上にはうるさくものを言わなくなった『彼女』がすまし顔で乗っている。
美しい顔立ちだったけど、この口が開くたびにうんざりしたものだ。
こうしてしゃべらない『彼女』と、向き合って静かに過ごしてみたかった。
沈黙したままの『彼女』は何て素敵なんだろう。
いつまでも眺めていたいけど、まもなく今日の事情聴取の時間だ。
 
 
中学校からの帰り、僕は殺人者になってしまった。
罪は罪だ。とりあえず『彼』を殺した分の刑罰は受ける気でいる。
でも、ほんとうにひどい奴等だったんだ。
二人とも。
だから、後悔はしていない。
 
……。
 
『彼女』、少し、匂ってきたかな?
この二人の時間は『彼女』が腐敗してくずれてしまうまでの限られたものなのに、警察はうるさく僕を呼んで邪魔をする。
『彼』は自分の勝手で人を殺し、僕を殺そうとし、『彼女』は生きている間はもちろん、発見されでもしたら死んでからも僕を困らせる。

誰もが僕を困らせている。なぜだ?

それは、みんな、自分のことしか考えていないからだ。

自分の都合のいい生き方にしか目がいかないからだ。

みんなろくでなしだ。

このことに気づいている、僕だけがまっとうだ。

いやな世間だ。

誰もがもう少しだけ、他人に優しくなれたらいいのに。

…… 。
 

後悔はしていない。

していないが。





ああ、もう。










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このストーリーに関するコメント

13/02/21 泡沫恋歌

クナリ様。

拝読しました。

ふたりとも殺しちゃっていたんですか?
かなり過激な主人公ですね。
エレベーターの中の格闘シーンは迫力がありました。

意外な展開が面白かったです。

13/02/22 クナリ

泡沫恋歌さん>
ええ、二人とも殺しちゃっていました。
冒頭の「本当にひどい奴『等』だった」は、なにげにこっそり伏線でしたッ。
なんだか冷静に人外魔境な主人公が好きだったりするのです。
大目の文字数にかまけて投稿してみましたが、楽しんでいただけて何よりです。

13/02/22 草愛やし美

クナリさん、拝読しました。

息も継げないほどの緊張感に、一気に読み進みました。

事実はこうだったのですか、凄い内容にまだ心臓の鼓動が鳴っています。迫力あるシーンの連続に手に汗握って楽しませていただきました。面白かったです。

13/02/23 クナリ

草藍さん>
ありがとうございます。
密室でのパニックものって、自分が好きなんですよ。
わーどうしよーどうにもできないーわーわーみたいな。
うまくエンタテインメントできていれば、何よりであります!

13/02/24 石蕗亮

クナリさん
拝読しました。
果たして「ついてなかった」のは、本当についてなかったのはどっちだったんでしょうね。
生首を見てひるんだ彼の殺人経験者としての甘さと、殺しを自分の中で正当化できる彼の殺人に対する強さの対比が面白かったです。
生首の彼女を死蝋化させるとこまでいくと江戸川っぽくて、と思いましたがそこまでいかないのが中学生らしくてまた良かったです。

13/02/24 クナリ

石蕗さん>
ありがとうございます。
そうなんですこの辺もダブルミーニングというか<ついてなかった
(ちょっと違うか)

殺人犯という得体の知れない怪物が、弱者と出くわしたと思ったら、そっちのほうが上手の化け物だったというような話なのですね。
この壊れた未熟な冷徹者を楽しんでいただければうれしいです。

13/02/24 そらの珊瑚

クナリさん、拝読しました。

前半はエレベーターという狭い空間の中で起きる臨場感に引き込まれました。途中「ピンクの携帯電話」という点にひっかかり、次になぜバッグにこれほどまで焦点をあてるのだろう、と疑問に思いながら読み進めていくと……。驚きました。
自分だけがまっとうだ、とする主人公の壊れ方に、ある種のリアリティを感じてしまいました。

13/02/25 クナリ

そらの珊瑚さん>
ありがとうございます。
あ、なんていい読み手様ッ。
クナリが注目して欲しいと思ったところをことごとく拾ってくださっているじゃないですか。ありがたいです!
当たり前のように壊れてる主人公、こんなやついたらイヤですよねー…。

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