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yoshikiさん

面白い作品を知り、自分でも書いて見たくなって何年も経ちました。よろしくお願いします。 2010年 小説現代S&Sコーナーに初めて送った作品が掲載されました。作品名『幽霊の見える眼鏡』 とにかく面白いものが書いていけるといいなと思っています。 イラストはエアブラシと面相筆で昔描いたものです。

性別 男性
将来の夢 楽隠居
座右の銘 不可思議はつねに美しい、どのような不可思議も美しい、それどころか不可思議のほかに美しいものはない。アンドレブルトン

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醜い顔

13/02/19 コンテスト(テーマ):第二回 【 自由投稿スペース 】 コメント:4件 yoshiki 閲覧数:2016

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  プロローグ


 ――心が表情に表れることは良くあります。鏡のようなものですから。
 可愛い子供を見れば誰だって微笑みたくなりますし、会いたくない人に会えば嫌な顔になったりします。喜怒哀楽は容易に人の表情に現れ、例えば役者は大げさに演技し、誇張して人の心情を観客に伝えようとします。
 その反対にポーカーフェイスというのがあります。無表情をあえてつくり、相手に自分の心を読み取られないようにします。敵と戦う時には表情という情報は知られない方が有利なのです。

 ところで人間の心が……。 それも人の心の奥の真相が顔に現れてそれを隠せなくなったとしたらどうでしょう。
 ――怖いですねえ。人には誰にも後ろめたい気持ちがあります。

 たとえば恋人を人に奪われたらどうでしょう? 或いはだまされ、裏切られ、すべてを失ったとしたら、笑っていられるでしょうか……。
 そんな時には口に出すのも恐ろしい考えが頭をもたげるのかもしれません。懊悩が胸を掻き毟り、身を焼き、悶え、妬み、そして、のたうつのです。
 そして醜い顔が心の表面に現れるのです。醜怪で恐ろしい顔が……。

  *  *
 

 大学生のトシオという青年には悪い癖があった。ペシミスティックにもの事を捉らえすぎるのだ。明と暗、正と負、大と小。万物には二面性があり、それは表裏一体のバランスを保って宇宙に混在している。東洋哲学は少なからず世界をこう捉えているが、トシオは心のバランスを失い人の暗黒面ばかりを見てしまうのだ。
 結果としてトシオには友達が出来なかった。彼は心を人に明かせないから、他人も心を明かしはてくれないのだ。友情とは自分の心を正直に相手に伝え、相手も包み隠さずの心で応えた時にのみ成立しえるのだろう。
 悲しいかな、トシオにはそれが苦手だった。子供の時ひどいいじめに遭った経験が彼の心を閉ざしてしまい、根の暗い、懐疑的な性格をつくってしまったのだ。人なんて皆エゴイストで、きれいごとを言ってたって心の中なんて何を考えているかわかったものではない。
 笑顔と裏腹に功利的な打算が働き、愛だの善意だのと体裁のいい事ばかり言って、そんなものは上辺だけのペンキのようなものだ。
 トシオはたった独りでそんな疑心暗鬼の暗闇の中を彷徨っていたのだ。

 ――悪魔がそんなトシオに気づかないはずもなかった。
 悪魔……。   それはトシオの心の中にいつのまにか巣くっていた。現実か幻覚かも不明だ。
 ある時悪魔はトシオの部屋の鏡の中から忽然と現れた。その恐ろしい姿を見てあまりの恐怖に失神寸前だったトシオに悪魔は意外な程やさしく話しかけた。
「君には真理がわかっているようだね。私は君の心に共感するよ。心からね」
 悪魔は流暢にそう言い微笑んでさえいた。
「僕の気持ちがわかるんですか」
「ああ、わかるよ。君の心が読めるんだ。だから、よーくわかるさ」
「……」
「君は神を信じないよね、私も当然に神を信じない。神は最高の偽善者なんだよ。愛を叫んで平気で人を殺すのが奴のやり口だ。手に負えんよ。はっはっはっ、まったく手に負えん。その点、私は欲望に忠実に生きていて裏も表もない」
 トシオは返答に困った。悪魔が見つめている。
「――で、どうして僕の前に現われたのです?」
「ははははははっ、そう怖がるな。私は君に共感したんだから、君だって私に共感してくれても不思議はない」
「……」
「ここにプレゼントを持ってきた」
「プレゼント……」
 悪魔はいつの間にか手のひらに目玉を二つ乗せていた。驚いてトシオが小さな叫び声をあげた。生々しい眼球だ。実に気持ちが悪かった。
「これは真理の見える目。人間の本性がこの目に映る。偽りなき本性が」
「……真理」
「人は表情こそ作れるが、この目を持つと人の本当の心を見ることが出来る。だから悪人は醜く、善人は美しい顔に見えるのだ」
「……」
「この眼を持てば安心だ。もう人に騙される事も疑う事もない」
「――でも僕は」
「いらないのか……」
「はあ、まあ」
 トシオは優柔不断な態度に陥っていた。
「まあ、いいから受け取れ」
 悪魔はそう言うと、手のひらの目に口を近づけ、トシオにふっと息を吹きかけた。そして鏡の中に消えていった。その瞬間にトシオの世界が変わった。
 まさに仰天してしまう事がおこった。テレビ映画でお馴染みの美しい女優が醜い顔をしていた。反対に敵役の殺人鬼の方が美しい顔をしていた。
 ――しかし見渡す人々の殆どが醜い顔だった。鼻がまがり、口が歪み、耳は尖り、魔物の顔が世界に充満していた。
 なんと父や母までもが醜い顔をしていて耐えられるものではなかった。
 稀に美しい顔を持つものがいたが、すぐに表情が醜く変化した。あえて美しい顔を持つものといったら幼児か、白痴か、ボランティアぐらいなものであった。特に富裕層の人々の中には見るだけで吐いてしまうほどの顔の者が多数存在していた。
 トシオは悪魔を恨んだ。あまりに酷い世界がトシオの周りで渦巻いているのだ。

 数週間もろくに相手の顔を見ないで悶々と暮らしたトシオだったが、授業には出たくもないし、醜い教授の講義など聞けたものではなかった。気が狂いそうでトシオはもう日本にいられなくなった。元々彼は外国に興味があったから、思い切って新天地を探して海外に旅立ったのだ。

 サモア―サイゴン間の定期便の中でトシオは眼下に展開する島々を眺めていた。後進国ほど美しい顔を持つ者の数が増えた。それはトシオにとって救いだった。未開の地に行くと益々美しい顔を持つ者が多くなった。
 しばらくサモア諸島に滞在したトシオであったが長い年月の果て、いつしか南米に渡り大アマゾンの流域で美しい顔を持つ者達しか住まない部落に辿り着いた。大密林の湿地帯の彼方にトシオは別天地を見つけたのだ。
 そこに住む人々は実に親切で優しく、自分より相手のことを先に考えてしまうような人達だった。トシオにとってそこは不便で非衛生的な所ではあったが、素晴らしい場所であった。豊かに流れゆく河は心を癒し、絶景ともいえる壮大な瀑布はトシオの心に安らぎを与えた。そして心根の善良な者達は快くトシオを迎えたのだ。
 多少退屈ではあったが美しい顔の人達はトシオにおいしい食べ物を作ってくれ、住むところも与えてくれた。またトシオを気に入ったらしい褐色の肌の美しい少女は、トシオに献身的に尽くしてくれたし、言葉こそ通じなかったが気持ちは十分に通じたのだ。彼は彼らと共に彼らの為に懸命に働いた。彼は生き生きとした目をしていた。
 トシオはずっとここに居ようと思った。心から彼はそう思った。

 ――それからかなり経ったある朝の事である。
 トシオが目を覚ますと身体の自由が利かなかった。知らぬ間に変な病原菌にでも感染してしまったのだろうか? だが、よく見ると手と足を縄で縛られている。(どういう事なのだろうか、誰がこんな? ここには善良な人しかいないはずなのに……)トシオは慌てて大きな声を出した。
 皆がトシオを取り囲んで美しい顔のまま笑っていた。理解に苦しんだ。すべてが悪夢のようであった。いつの間にかトシオは大きな石の祭壇に寝かされて、部落の呪い師が呪文を唱えている。周りに藁のような乾燥した草が敷き詰められ、皆が松明をかざしていた。いったい何事かと渾身の力を入れたが縄は切れなかった。みな気が違ったのだろうか!
 トシオは必死になって状況を分析した。そして何が始まるのかついに理解した。そして絶叫した。すると悪魔が何処からともなく現れ薄気味悪い笑いを浮かべてゆっくりと言った。
「叫んだりしてはいけませんねえ。彼らはあなたを天国に送ろうとしているのですよ。あなたは賢く、この部落の為に一生懸命に働いた。だから皆さんはあなたを神の子だと思っているのですよ。そう信じているのですよ。だから話し合ったのです。そして天国こそあなたの居るべき場所だという結論に達したのです。長老も同意見です」
「た、助けて……」
「助けて? 彼らはあなたを真に思っているのですよ。善意であなたを天国に帰そうとしているのですよ。ごらんなさい。彼らの顔を、穏やかで実に美しい顔をしているではありませんか」
 トシオの眼からとめどなく涙があふれた。そして炎の中で最後に思った。
 いったい自分はどんな顔をしていたのだろうかと……。

    

  エピローグ


 人は水だと言った人がいます。熱すれば湯気にもなりますでしょうし、冷やせば氷にもなりましょう。しかし本質は変わらぬ水なのです。

 ――そこにいるあなた。安心しました。本当に美しい顔をされていますねえ。

 ではまたどこかでお会いしましょう……。


                       了


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このストーリーに関するコメント

13/02/21 クナリ

最後、人々の顔がみんな美しいというのが最高にホラーでした……。
作品内の状況とは少し違いますが、「自分を疑うことを排除した善意」は、本当に恐ろしいですよね。

13/02/21 泡沫恋歌

yoshikiさん、拝読しました。

美しい顔をした村人たちに善意で殺されてしまうのって堪りませんね。
必ずしも犯罪は醜い心が犯すことではないようで、宗教絡みの犯罪では
美しい顔で多くの人を残虐します。

「聖戦」という名の元でね。

13/02/21 yoshiki

クナリさん。コメントありがとうございました。

自分で良かれとしたことが相手には迷惑なんてことも、ありがちな事かも

私も気を付けなくては…  (^<^)

13/02/21 yoshiki

泡沫恋歌さん。コメントありがとうございました。

おっしゃるとおりで、貿易センタービルの惨事を思い起こします。

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