1. トップページ
  2. 蟻と学者

W・アーム・スープレックスさん

性別 男性
将来の夢
座右の銘 作者はつねにぶっきらぼう

投稿済みの作品

0

蟻と学者

13/02/18 コンテスト(テーマ):第二回 【 自由投稿スペース 】 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:1702

この作品を評価する

 ストーカーになどなる気はなかった。
 だが気がついてみると、いつのまにかぼくは彼女のあとをつけていた。
 商店街をぬけたところで、はじめて彼女をみかけた。
 なんというか、そこいらにいる女とは、まるでちがう雰囲気を彼女は宿していた。それがなにかはわからない。ぼくはそのわからないなにかにひきつけられて、どこまでも彼女を追いつづけていた。
 信号をこえ、一方通行の道路をぬけて、町工場がたちならぶ地域に彼女は入りこんだ。
 これまでストーカーの経験はなかったぼくだったが、ストーカーにつけられる女の心理ぐらいは想像できた。
 考えたら、ここまで約一キロの距離を、ずっと追い続けているのだが、ふつうの女なら、追跡者の気配をいい加減感じとるのではあるまいか。背後に意識をめぐらしたり、横目で後ろをうかがったりといったふるまいにでてもおかしくなかった。
 だが、いまぼくのまえをゆく女には、ちっともそんな節はうかがえなかった。動揺したり、怪訝がったりすることもなく、最初にみかけたとき同様、堂々とした態度をくずさなかった。
 これまで何人もの麗人をみてきたぼくだが、彼女をひとめみてからというもの、それらの女から美貌の文字は消し飛んでしまった。現代の女たちが、何億年も進化して、内外ともによけいなものをいっさい消滅させないことには、到底たどりつけないような怜悧な美しさを、彼女はすでに手にしているようだった。
 何億年も進化した女性は、自分を追いまわすストーカーなどには、目もくれないのかもしれない。あの堂々としたふるまいをみていると、本当にそう思えてくるからふしぎだった。
 ところで、彼女はどこへいくつもりだろう。まだ周囲には、スレートにかこまれた工場の建物がたちならび、横づけされたトラックや、出入りするフォークリフトにときに阻まれながらも、彼女は前進をやめることはなかった。
 それからしばらくすると、これまで延々と続いてきた工場の建物も、ようやくつきようとしたところで、ふいに彼女は足をとめた。
 それがあまりに突然だったので、ぼくはたたらを踏んで、ころがっていたペットボトルをふんづけてしまった。
 そのときおこった騒音にも、女はそれまでどおりのゆるぎない足取りで、一軒の家に近づいて行った。
 そこは工場とよぶのも控えたくなるような小さな家屋で、しかし表の戸にはたしかに『YOKOTA部品』の看板がみてとれた。
 車の部品でも製造しているのだろうか。
 単純にぼくは考えて、女がその戸をあけて入ってゆくのを、じっとみまもった。
 彼女が、車の製造会社の営業ではないかという推測が、ぼくのあたまに思い浮かんだ。やり手の営業ウーマン。
 彼女がふたたびあらわれるまで、することもないのでぼくは、石段の下に腰をおろした。
 ポケットにはいっていたキャンディーをなめているとき、あきらかにこのあたりの工員とおぼしき油にまみれた制服をきた男が、目のまえをとおりかかった。
 男がタバコをくわえるのをみたぼくは、
「タバコをすうのも、たいへんですね」
 と、気軽に声をかけた。おそらく職場内は禁煙になっていて、わざわざ外にまですいにきたのにちがいなかった。
「わし以外はみな、タバコをやめてな。なかで一人で吸うのは、肩身がせまいよ」
 深く胸にすいこんだ煙を、おもいきりよく吐き出しながら、男は笑った。頭に白いものもまじり、工場内ではそれなりの地位にあるのか、時間のことなどひとつも気にかけていない様子だった。
 ぼくは、いい男があらわれたとおもい、さりげなくたずねてみた。
「ここは、どんな部品をつくっているんですか?」
 相手は、ぼくが指さした工場に目をやった。
「ここかい。以前は家電製品の部品が専門だったけど、いまはそれ以外のものも、つくってるらしいな」
「どんなのを?」
「つきあいがないのでな、それはちょっとわからん。ああ、そうだ、月一ぐらいの割合で、いつもいまじぶんに、ひとりの女性がたずねてきて、製品の発注をしてから、できた製品をもってかえっている」
「そうですか」
「あんたも発注にきたのかい。だったら、あきらめるんだな。ここの主人、腕は一流だが、偏屈のほうでも一流でな。おいそれとひきうけてくれないだろう」
「代金の問題ですか」
「いやいや。そんなんじゃない。職人気質とでもいうのか、とびきり手のこんだものしか、やらないんだ。どこでも作っているような製品には目もくれない」
「するとその女性が発注するのは、どこでも作ってないものということになりますね」
「まあそうだな。つきあいがないので、くわしいことはしらんが。おっ………」
 男はタバコをもった手を、工場の戸口にむけた。曇りガラスに、人影が動くのがみえたとおもったら、ドアがあき、女が姿をあらわした。女はまともにぼくをみた。いっさいの感情がこもらないまなざしがあるとすれば、いまの女の視線がそれだろう。ぼくはこのときなぜか、じぶんがちっぽけな蟻になったような気持になった。その蟻を冷徹に観察する生物学者が、つまり彼女だった。ぼくと彼女とのあいだにはそんな、途方もない進化の距離が横たわっているような感じがした。
 ぼくはあわててたちあがると、あるきさってゆく彼女を追って、ふたたびストーカーを開始した。
 男のいっていたとおり、彼女の手にはいま、いびつにふくらんだ紙袋が携えられていた。そのなかには、どこにもない、誇り高い偏屈職人の手になる部品が入っているのだろう。いまとなっては、ぼくの好奇の対象は、彼女以外に、封筒をふくらませている部品にもむけられていた。生物学者に心ひかれる蟻があるだろうか。あるとすればそれは、じぶんを蟻の次元から高めてくれることへの期待感というやつだろう。ぼくがいまの現状から、どんなにあくせくしてもぬけだせないもどかしさに喘いでいるとき、もしかしたらそれをかなえてくれるかもしれない女にであった。とぼくは、いささかかっこよすぎるきらいはあったものの、自分がストーカー行為にはしった動機づけを、そのように位置づけた。
 本来なら非道な行為のはずのストーカーを行っているにもかかわらず、なぜかちっとも罪悪感をおぼえないのもきっと、そのせいにちがいなかった。ぼくは、こみあげてくる向上心に後押しされながら、なおも女のあとを追いつづけた。
 駅がちかづくにつれて、通行人の数がめだちはじめた。交通量もこれまでと比較にならないぐらいふえてきて、女は駅前の商店街につづく一番繁華で広い交差点をこえた。
 ぼくはもうこのあたりにくると、女のすぐ背後を、くっつくようにして歩いていた。あとをつけているのを、さとられまいとする注意は、とうに捨て去っていた。女のまったく無防備ともいえる大胆な態度をみていると、意味もなくこそこそする自分がなにか滑稽にさえおもえてきた。
 それは喫茶店だろうか。アイボリホワイトの、窓がひとつだけあるシンプルな外装の建物は、それまでの八百屋や乾物屋、食堂や薬局の雑然とした店舗の連なりからは、ぽんととびはなれていた。最近の、衰退の一途をたどる商店街の、巻き返しを狙っていろいろ、斬新な店舗が進出しているが、これもそのひとつかもしれない。
 その店に彼女が入っていくのをみたぼくは、まさしくこんどこそ彼女にまったくふさわしいところだとひとりうなずいたのだった。
 ここはほんとうに、喫茶店だろうか。
 ぼくはそれを願いながら、いま女がはいっていった通路に、飛び込んだのだった。入口は、何メートルも奥にあって、すでに彼女はそこに入ったとみえ、通路にその姿をみることはできない。あるいはオフィスの一室かもしれず、そのときはまちがいましたと謝ればすむことだとじぶんにいいきかせてぼくは、女が入ったドアのまえにたった。
 ドアは音もなく開いた。その向こうに、彼女がこちらをむいて仁王立ちになっていた。
 ぼくはおもわずその場に棒立ちになった。
「ついてきなさい」
 女がぼくにいった、その揺るぎのない自信にみちた声音に、さからうこともできずにぼくは、あるきはじめる女のあとに従った。
「すみません。悪気があったわけじゃ………」
 途中で勘付かれたストーカーが、あとをつけていた女にするような、いいわけをしかけるぼくに、女は手をひとふりした。
「あなたがついてきていたことは、最初からわかっていたわ」
「ひとめみて、あなたに魅了されまして」
「ずっとつけて、どうするつもりだったの」
「どうもしないですけど、つけないわけにはいかなかったのです」
 それがストーカーの気持ちだと、しかしぼくは開き直るつもりはなかった。
「ここからは、わたしがついてないと、あなたに危険がおよぶから」
 ぼくのなかに、えたいのしれない不安が生じたのは、そのときだった。
 そんなこちらの胸中をみぬいたのか、相手は、
「ここのシステムをしらないと、危険だという意味よ」
 それがどういうことなのか、まだわからないままにぼくは、女にうながされて室内に足をふみいれた。
 最初に目にとびこんできたのは、かぞえきれないほどの球体の連なりだった。
 一瞬ぼくは、まるい繁みの木がたちならんでいるのかとおもった。が、球体はあきらかに宙に浮かんでいた。奇妙なのは、どの球体も、もやっとしていくら目をこらしても、明確にその輪郭がとらえられないのだった。たとえていえば、ただ一色だけをべたっと塗ったというのでなく、何色、何十色という色を、数限りなく塗り重ねてある油絵のような印象がした。
 ひとつがどれだけの大きさにあるのか、それさえ獏としてぼくには見当つかなかった。ぼくがあぜんとしたのは、それらの球体を収納する室内の、あまりの広大さだった。外から、この建物をみているぼくには、いままのあたりにしている光景が、どうにもひとつにむすびあわなかった。
「ここからは、けっしてはなれちゃだめ」
 ぴしりという彼女の声に、ぼくはわれにかえった。
 球体の下には、白い通路がのびている。彼女はその通路の上に、足をふみだした。
 通路の両側には格別、これといった障害物は確認できなかったが、それでも頭上に浮かぶ、得体のしれない球体の存在がぼくに、彼女の命令に絶対服従をしいていた。
 球体の下を、彼女はぼくをつれてどんどん歩いてゆく。球体は、ぼくの真上にあるにもかかわらず、ふしぎと距離感はつかめなかった。手をのばせばすぐ、とどきそうでありながら、望遠鏡にうつる星のように、じっさいには何光年もむこうにあるようにもおもえるのだった。
「あの、名前をきいて、いいですか? ぼくは、富永といいます」
 名前の交換ぐらいはゆるされるだろうと、さっきまでストーカーだったぼくはきりだした。
「名前………」
 いきなり彼女が、胸をそらせて笑いはじめるのをみて、そんなにおかしいことをきいたのだろうかと、ぼくは当惑した。
「むりにこたえなくてもいいですよ」
「かまわないわ。わたしはここでは、渡良瀬百合でとおしているから」
 つまり、YOKOTA部品で発注するとき使用する、それは名前だなとぼくはぴんときた。
「きたわ、ここよ」
 彼女は、ひときわ青みがかった球体の下で、足をとめた。
「まるで、地球のようだ」
 おもわずぼくは口にだしたものの、地球よりももっと、なんというか深い青色をしていた。
「地球よ」
 てっきり、彼女が冗談をいったものと思って、こんどはぼくが胸をそらせて笑いだした。
 そんなぼくにはおかまいなしに彼女は、頭上の球体をみあげた。と、それを合図にするように球体が、ひとりでにゆっくりと回転をはじめた。
「ここにきて」
 いうなり彼女はぼくの手を、ひっぱった。そして、あろうことか、ぼくをその腕でぎゅっと抱きすくめたのだった。突然のことに、ぼくは興奮し、いままたストーカーの本性をむしかえしそうになった。
 回転する球体がしずかにおりてきて、ぼくと、彼女をつつみこんだのは、その直後のことだっ
 
    ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※ 

 まただめか。直観的にぼくは、こんどの仕事も受からないだろうと思った。
 二人の面接担当者の、お通夜のような陰気くさい顔つきをみればそれも明白だった。ぼくのまえにうけた男性のときは、なんども笑い声があがるのが、ドアの外まで聞こえてきた。
「後日、連絡します」
 その連絡は不採用の通知なのはまずまちがいなかった。
 アルバイトに採用されるのさえ、最近はきびしくなってきた。
 とくにぼくのように、学歴も、社歴もなく、資格も、たとえば豊富な海外旅行といった特別な経験ももたないような人間にとっては、なおさらだった。
 おもてに出たぼくは、きゅうに空腹をおぼえた。電車賃を考えて、朝もぬいてきたのだ。
 ぼくはコンビニにはいって、パンと牛乳を買った。
 あるきながら食べるほど若くはなかったので、どこかに公園はないかと、しばらくあたりをあるきまわった。
 ようやく、ブランコとベンチしかないちっぽけな公園をみつけた。
 そこには子供づれの母親がいて、ベンチにすわるぼくのほうを、警戒心もあらわにみつめている。いやなら出ていけばいいのに、それはしないで、はやくぼくに立ち去ってもらいたいような顔つきを、露骨にこちらにむけるのだった。
 そのとき公園に、ひとりの女がやってきた。
 ぼくは、その彼女から、視線がそらせなくなった。
 気がついたときにはぼくは、公園からでていく女のあとを追って、歩き出していた。
 ストーカーになる気などなかった。
 だが、あとをつけずにはいられないなにかが、女の全身から漂いでているようで、そのあらがいがたい力にぼくは、どうすることもできなかった。
 ぼくはそのとき、蜜にひきつけられる蟻になったような気がした。
 女は、ぼくにストーカーされているのをしってかしらずか、まったく動じることなく、まるで学者のように堂々とあるきつづけている。
 そのうちぼくは、女の後をつけているぼくのほうがじつは、女に観察されているような気持ちになってきた。
 どういうわけかそのような体験は、これまで何度もくりかえされていたような気が漠然とした。
 だが、地面をはいまわる蟻が、ピンセットにつままれてべつの場所にやられても、なにもわからずきょとんとしているのと同じに、いまのぼくもまた、きっとそんな顔つきになっているのだなと、それだけは妙に、はっきり意識できるのだった。
 


 


コメント・評価を投稿する

コメントの投稿するにはログインしてください。
コメントを入力してください。

このストーリーに関するコメント

ログイン