1. トップページ
  2. とある阿呆

堀田実さん

こんにちは

性別 男性
将来の夢 作家になること
座右の銘 特になし

投稿済みの作品

0

とある阿呆

13/02/18 コンテスト(テーマ):第二十四回 時空モノガタリ文学賞【 受験 】 コメント:0件 堀田実 閲覧数:1807

この作品を評価する

 山本雅則は受験勉強なんてしたくなかった。するのはただ他人もしているからで、もし受験しなかったらある重大な線路から脇に逸れてしまうかもしれないと思ったからだ。取り返しのつかないことをしてしまうという恐怖が彼のやる気の源でしかなかった。
 目の前のノートに向かうことは彼にとって苦痛でしかない。みんながそうするように放課後は自習質に篭るも、ペンを握ってからというものいっこうに指が動かず、ふいにパチパチとなる壁の音や、参考書をめくる音、ペンを走らせる音が気になっては自分の勉強に全く集中できなかった。ただ脂汗が流れて無意味な時間だけが過ぎていく。3時間経っても覚えた単語はbelongとcompareだけであとはすべて忘れてしまった。
 堅実的に生きること、この社会のルールに逆らわずに良い人間であること。高い理想なんていいからそういう人間を目指すべきだと、母から言われてきたことが脳裏に浮かぶ。そういう簡単な道でさえも脚を踏み外そうとしている自分自身に心から恐怖を覚える。
「勉強のモチベーションが保てません。どうしたらいいですか?」と彼はヤフー知恵袋に書き込んでみる。何でもいいからすがれるものが欲しかった。
『身体を動かすとやる気が生まれます。あと、心理学用語で、作業興奮と言って、とりあえず始めてみると次第にやる気が生まれます。』
回答はすぐ返ってきた。インターネットは何でも答えてくれる。雅則はありがとうございますとコメントしてさっそく試してみる。しかし長続きはしない。数学の一問目を読んでから息を落ち着けるも皮膚から伝わってくる心臓の音が気になりはじめる。いっこうに勉強が進まず気分転換にベッドに横になるも、気がついたら電気をつけたまま寝ていた。ため息をつきベランダに出てみる。
 もう6月だが夜は寒い。汗を吸ったシャツは余計に彼の身体を冷やした。夜空には星がぽつぽつと浮かんでいた。
「東京の空は明るいから星があんまり見えないんだよ」
いつか誰かから聞いた言葉がふいに浮かんでくる。本当はこの東京の空の上にも天の川銀河があって無数の、数え切れないほどの星々が輝いているということが信じられなかった。いつか目が眩むほどの星の群れを見てみたい。星が降る情景を見てみたい。
 しかし雅則は頭を振る。
『そんなのは逃げなんだ。この受験勉強から逃げ出したいっていう逃避的な気持ちにすぎない。星になんて、普段は興味さえなかったじゃないか。北斗七星がこの夜空のどこにあるかさえ僕は知らないじゃないか』
再び部屋の中に戻る。勉強をはじめようとすると意味のないことを、興味のないことを考えはじめようとするのだ。受験の意味や、人生の意味でさえ。彼はなんども頭を振るう。
 脳内が恐ろしい。受験と関係ない記憶や単語がどんどん浮かび上がってきて吐き気がする。前頭葉の血液が滞留しているみたいにぼんやりとする。目の前にある景色がただのオンラインゲームのステージにさえ思えてくる。現実感がなく、すべてが蚊帳の外みたいだ。
 次第に体内感覚さえなくなってくる。まるで魂が自分の身体から抜け出してしまったみたいに、自分のことさえ他人のように思えてくる。どうしてここにいるのかさえわからなくなってくる。
 視力が低下しはじめる。1.0はあるのに家具に焦点が合わない。雅則は思わず目をつむり瞼の裏の暗闇を眺める。白いモヤモヤとした円が何枚も重なりあい、拡散しては消えていく。軽い眩暈を覚える。
病気にならないかな? 彼はふと思う。うつ病になればいい。精神をありったけ痛めつけて、精神科に通って病気の診断を受けて薬でも貰えばいい。そうすれば、少なくとも受験勉強をしなくてもいい言い訳ができる。
そう思うと少し心が軽くなった。逃げ道なんて、いつどこにでもあるんだ。もし人生が無意味だったら、俺が死んだって何も変わりはしない。どう生きたって、障害者手当てで生きていくことだって、何も変わりはしない
 彼はベッドに倒れ、天井を眺める。そしてこの天井が全て吹き飛んで、満天の星空がこの頭上に横たわっていることを想像する。すると本当は目に見えないはずの天の川が、東から西に流れているのがはっきりとわかる。今頃太陽はブラジル辺りを燦々と照らしてビーチには男と女が戯れているんだ。まるで勉強なんて関係ないって風に、何十億という人間が過ごしている。
 早く時間が過ぎればいい。受験っていうのは人生のなんなんだ? そう呟きながら、彼は再び眠りについた。


コメント・評価を投稿する

コメントの投稿するにはログインしてください。
コメントを入力してください。

このストーリーに関するコメント

ログイン