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堀田実さん

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悟くんのスプーン

13/02/13 コンテスト(テーマ):第二十四回 時空モノガタリ文学賞【 受験 】 コメント:0件 堀田実 閲覧数:1635

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 今年の四月を迎えれば僕は高校三年になる。部活動のかたわら週末はボランティア活動をして過ごしてきた。ボーイスカウトの先輩の勧めで介護施設やサッカーのボランティアスタッフなど色々な活動をしてきたけど、たくさんの友人も出来たし、今思えばとても充実した二年間を過ごせてきたと思う。結局は自分のやりたい事だったのだ。辛いし行きたくないと思ったこともあったが、意を決して行動することで、結局は心を落ち着かせることができた。今更後悔なんてしていない。
 しかし受験が近づくにつれて環境は少しずつ変わってきたように思えた。母はしきりに学校の成績のことを気にしてくるし、父も進学塾のチラシを持って帰ってくるようになったのだ。
 ある日、学校から帰ってくると既に母は帰ってきていた。僕は思い切って聞いてみた。
「良い学校に行くことは本当に意味があることなの?」
急な質問に母は少し困惑した表情をしていた。
「別にイジワルな質問じゃないんだ。でも最近みんなが変わっていっている気がするんだよ。お母さんもお父さんも含めて、僕の身の回りの人がみんな」
母は僕の言葉を聞くと少し安堵したような表情を見せた。一度宙を見上げ、そして少し息んだ声で言う。
「良い学校に行くことはもちろん意味のあることよ。これは稔の将来にとって大きな意味があることなの。良い学校に行けば将来の選択肢が広がるし、良い会社にもいけるし、収入も安定するし、それだけ自由が増えるっていうことでしょ」
「うん、そうだね」僕は答えた。「確かに僕もそうなんだろうとは思うんだ。大学に行った先輩も似たようなことを言っていた」
「ならもう結論は出ているじゃない」少し笑うように母は言った。
「違うんだ。僕の言いたいことはそういう事じゃなくて…。何か違和感があるんだよ」
「違和感?」母の眉はハの字になった。
「そう。何というか、本当にそれでいいのかな?っていう思いがずっとあるんだよ。それが本当に大事なことなのかなって」
それを聞くと母は諭すような口調で言った。
「稔、もしかして勉強がしたくないんじゃないの? 勉強は確かに大変だけど、受験はみんなが通る道なのよ」
「それは違うよ」僕は少し苛立ちを覚えた。「勉強がしたくないとかそういう事じゃない。それにみんなが通る道って言っていたけど、八王子の悟くんは自閉症で学校に行かずに工場の仕事をしているんでしょう?」
「それは悟くんの家の話よ」母は少し語尾を強めた。「悟くんは悟くんで、稔は稔でしょう?」
「違うよ、母さん。僕が言いたいのはそういうことじゃないんだ。単純に疑問なんだよ。それに母さんの意見だと良い学校に行かないと幸せになれないような口ぶりじゃないか。でも自閉症の子が不幸せだとは僕は思わない」
その時母はとても悲しそうな表情を見せた。まるで神様に嘆願するような、そんな眼差しを宙に向けた。
「稔、お願いだから悪い気は起こさないで。お母さんは一時の感情で未来をつぶして欲しくないのよ。お願いだからもっと自分の未来を見て」
僕は一息ついた。どうしても心を整理したかったのだ。その一瞬はとてもとても長い沈黙のように思えた。僕は次の言葉を紡ぐ。
「母さん、それってどういうことなの?僕は感情的に言っているんじゃないんだ。でも…何かが不自然に感じるんだよ。僕が大きくなるにつれて僕の周囲が変わって行ってしまっているように感じるんだ。小さい時はもっと純粋な言葉を投げかけてくれたのに、大きくなるとみんなお金のことを言い出すんだ。みんながみんな。そうでしょう?だって母さんだって昔は心が大事だって言ってくれたじゃないか」
母は沈黙した。彼女は心の中で叫ぶ。『この自暴自棄に陥っている息子をどうすればいいんだろう?お願いだからもっと単純に考えて。あなたのために言っているの。これは理想じゃなくて現実の話なのよ!…お願いだから意固地にならないで』
「母さん、違うの?」
そう続けると母はとても大きな一息を吸って言った。
「心が大事じゃないなんて言ってないわ。心は人にとって一番大事なものだと思っているし、それは今でも変わらない。だから言っているのよ、稔。もっと寛容になって。世間に対しても、そして自分に対しても…。現実は完璧じゃないの」
僕はわからなかった。受け止めようとしたけど、僕には母の言っている事がどうしても絵に描いた餅のように思われた。イメージのようにふわふわとしてつかめない。
「現実って何なんだよ…。悟くんの作るスプーンは何なのさ。このれっきとしたスプーンは…?」
僕は指し示し尋ねたが母は答えなかった。吐き出した言葉は行く宛てもなく流れ、部屋の片隅に消えていった。


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