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クナリさん

小説が出版されました。 『黒手毬珈琲館に灯はともる 〜優しい雨と、オレンジ・カプチーノ〜』 マイナビ出版ファン文庫より発売中です(表紙:六七質 様)。 http://www.amazon.co.jp/dp/4839958211 twitterアカウント:@sawanokurakunar

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将来の夢 絵本作家
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吊るし雛

13/02/12 コンテスト(テーマ):第二十五回 時空モノガタリ文学賞【 雛祭り 】 コメント:5件 クナリ 閲覧数:2997

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ある日の夕方、中学二年生の私が母と二人暮らししているアパートに帰ってくると、ドアの下に小包が置いてあった。
母はパートからまだ戻っていなかったので、ドアの鍵を開けてから茶色の紙で包まれたそれを抱えて部屋に入る。
小包の不自然さに気づいたのは、ミニキッチンのテーブルにそれを置いた時だった。
送り状がなく、差出人の名前もない、のっぺらぼうだ。
危険物だったらどうしようと思いつつ、好奇心に負けて包みを開いてみた。中には白い厚紙の箱があり、その蓋もどかす。
中に収納されていたのは、天井から吊るして飾るモビールのようなオブジェだった。
確かどこかの地方では名物となっている、吊るし雛とかいう飾りだと思う。
何本もの垂れた赤い紐の途中に、いくつものオーナメントが干柿のようにくくりつけられている。
そういえば今日は雛祭りだったな、と思った。

少しすると母が帰ってきたので、吊るし雛を見せ、「これが家の前にあったんだけど、もらっていいのかな」と聞いてみた。
「いいよ、うちのだから。好きな所に飾りなさい」
「誰かがくれたの?」
「そう」
「誰?」
「お母さんの友達」
聞きながら私は、その『友達』というのが誰なのか、なんとなく見当がついてしまった。

父が母と別れて出て行ったのは、私が小学三年生の時だった。浮気などの理由ではなく、何かどうしようもない事情のためであり、決して家族に不誠実なことをしたわけではないということは、幼い私にもわかった。母は勿論、母方の祖父母も父を責めるような態度は一度も取らなかったからだ。
片親となった私は、そのせいで不良の道を歩む可能性もあったのだろうけど、母とかなり仲良しのまま今日まで来ているおかげで、今の所その気配もない。むしろ両親が揃っている同級生でも、ろくに家族内の交流もないような子が危なかった。
「うち、表面上は仲いいけど、内容のある会話なんてここ何年もした覚えがないの」とぼやいていた子が、数ヵ月後にはポーチの中から細身のメンソール煙草を覗かせて「吸ったことある?」とにやける光景も、何度か見ている。
それと比べると、生活は経済的には厳しいけど、自分はむしろ両親には恵まれているんじゃないかと思っていた。

キッチンの椅子に座りながら、私は自分のアパートの中を見回した。
隅に加湿器がある。テレビの下にはDVDプレーヤーと、あまり使わないけど新しい型のゲーム機。普段から使っているバスの化粧水は、結構高級品のはずのものだった。
自分が不良行為に走らないのは、母とのコミュニケーションが他の家庭よりも取れているせいだと思っていた。父親がいなくても別にいいやと思えるような関係を、母と築けているせいだと。
でも本当は、いつからか気づいていた。
私達の生活を陰ながら支えてくれている、『足長おじさん』の存在に。
誰かが母を外から支えていてくれるから、母は私と共に安定して生活していられるのだということに。
私達の生活をこっそり充実させてくれている誰かが、確かに存在するのだということに。
姿は決して、見せないけれど。
その誰かに応えたくて、私は道を踏み外すようなことをしない自分で居続けているのだ。
母より先に私が見つけるように置かれていた贈り物は、自分に気づいて欲しいというその人の想いなのではないだろうか。
――私は、あなたに気づいているよ。
そう、その人に伝えたかった。
恨んでなんていないよ、いっそ感謝しているくらいなんだから、と。


少し季節が進み、四月を迎え、私は始業式を終えて帰宅した。
アパートのドアの下に、雛祭り以来の小包が置かれていた。進級祝いなのだろうと思う。
代わりに、同じ場所に私が朝置いておいた封筒がなくなっていた。小包を置いた時に気づいて、持って帰ってくれたのだろう。宛名は『足長おじさんへ』としておいた。次に贈り物を持って来てくれるのは進級祝いの時だろう、という私の予想はばっちり当たったのだ。
封筒には私の制服姿の写真を入れ、「受験がんばる。ずっと私を忘れないでいてくれてありがとう」と端書しておいた。ちょっと卑屈な言葉かもしれないけど、端的に私の気持ちを表現できているとは思ったので、 これでいいと思った。
これ以上感謝の言葉などを並べるのは何だか気恥ずかしいし、まあ正直、書き直すのも面倒だったので……――ただこの感覚は、思春期の娘と父親との距離感としては正しいような気がした。

父には感謝しているし、恨んでもいない。それは本当ではある。
けれど当然私だって、寂しくないわけではないのだ。
いつか面と向かって会った時には、思い切り文句を言ってやるつもりでいる。
だから――

私はドアの鍵を開け、茶色い紙包みを抱えて家に入った。
まだ寒いせいか、鼻の奥がつんと痛む。

――だから、早く、会えるといいね。


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このストーリーに関するコメント

13/02/12 藤代成実

クナリさん

小道具を用いながら、主人公の感情の変化を
的確に表現されていてすばらしいなと感じました。

私見を申し上げますと、もう少し主人公の
感情を抑え気味にしてもニュアンスで
読者の側に伝わるかと思います。

寒い冬に読むにふさわしい、心温まる作品でした。

ありがとうございます。

13/02/12 泡沫恋歌

クナリ様。
拝読しました。

離れて暮らしている父親との交流をお雛様を小道具にして
描いていらっしゃるのは上手いと思いました。

最後にいつか会える予感を残しての〆は読む側に明るい展望として
伝わると思いました。

13/02/13 草愛やし美

クナリさん、拝読しました。

娘と父は、不思議な関係だと認識しています。見えない壁があるけれど、時々、その壁に扉や窓が出来るのではないかと。

このお話の娘さんにとって父親は、壁の向こうにいて、しかも姿も見えない、でも、ちゃんとお互いを感じあっている、いい感じですね。どちらにも思いやりという共通のものがあるからでしょう。とても素敵な父娘関係ですねえ。
最後の文の「まだ寒いせいか、鼻の奥が……」の言い回し、粋ですね。

13/02/13 石蕗亮

クナリさん
拝読いたしました。
人間模様の表現がいつも上手でうらやましく思っています。
私もこんな風に描いてみたい!
家庭内のレイアウトを考えて吊るし雛にしたんでしょうかね?
置く(吊るす)場所に制限かかりにくいですし、可愛いですからね。
とても良いモノガタリでした。

13/02/15 クナリ

藤代さん>
ありがとうございます。
どうもテーマになったものを正面から題材として扱うのが苦手で、つい脇役や小道具としていかに使うかを考えてしまうくせがあるのですけど、テーマがモノの場合は扱いやすくて助かります(?)。
そう、直接描写せずに、それこそニュアンスで伝えられるような筆力が自分にあればいいんですがッ…
表現の仕方って、程度とか範囲とか、難しいですね〜。

泡沫恋歌さん>
コメントありがとうございますッ。
父親の気持ちっていまいちわからないんですけどね、離れていても想い合えるといいなあと思います。
昔アルバイト先の先輩で、別れた奥さんのところで暮らしている子供たちにサプライズでクリスマスプレゼントを持っていったら、奥さんのご両親が玄関先に出てきて「子供や娘には会わせんしプレゼントもいらん。帰れ。今帰れ」と帰されたお父さんもいましたが…人生色々ッ…。

草藍さん>
>その壁に扉や窓が出来るのではないかと
いやなんですかちょっとこのイカスフレーズッ。
ていうかコメント全体が詩みたいなんですけど!
>最後の文
この書き方だとあざといかなあ、でも入れたいなあ、わざとらしいかなあ、でも入れたいなあ、えーい迷ったときには行動だーと思って書きました(^^;)
プラス評価いただけたようで、良かったです。
コメント、ありがとうございます!

石蕗さん>
お帰りなさいであります!
いやあ人間模様上手じゃないですよ。なんか登場人物がステレオタイプかなあっていつも自分で思っていますよ。
そしてその分、褒められるとうれしいのですよ(おい)。ありがとうございます。
あ、そうですそれで吊るし雛なんです。ひな段は母子二人暮らしの部屋では置くスペースがない(ていうかパパたぶんお金もない)ですし、手のひらサイズのインテリア風おしゃれお雛様が売っているような雑貨屋さんにはお父さん入れまい、と娘が思いを馳せる描写を当初は入れようとしてたんですが、字数が、ええ。ええ。ゲフゲフ。
気づいていただけてうれしいですッ。

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